誕生日
隣の部屋から漏れ聞こえる衣摺れや人の気配で目が覚めるのと藤乃が
声をかけてくるのは同時だった。
「ルキア様。 入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、藤乃。
ちょうど目が覚めたところだ。」
襖を開けて入ってきて藤乃がゆっくりと頭を下げた。
「おはようございます、ルキア様。
お誕生日おめでとうございます。
せっかくの日を騒がしくお起してしまい 申し訳ございません。
ご覧いただけますか?
今年もたくさんのお祝いの品々が届いております。
これがお贈り下さった方々のご名簿とお品書きでございます。
個人の方からの物は ルキア様にまずご覧頂いて送り返すのか、受領されるのか
ご指示くださいませ。
中身の安全確認を致しますので まずは その名簿をご覧くださいまし。
商家からのものは 既に安全確認後、隣の部屋に運び込んで置きました。
そのまま品物にお目通り頂いてお気に召さなければ、大河内屋と駿河屋の物
以外は 侍女に下賜して構わないとのことです。」
業務連絡の後、ふんわりと微笑む。
「ふふふ・・、毎年の事ですからお分かりの事とは 思いましたが、
一応申し上げておきますね。」
「そうだな、ありがとう。」
「でも、今年は大変でございますよ。
個人の方からの贈り物が とても多うございましたから。」
その言葉にルキアが怪訝な顔をしたが、藤乃は気付ないのか、
襦袢や足袋の入った衣装箱を摺り寄せた。
「さぁ、それよりもルキア様。
今年も白哉様からルキア様にお似合いになるようなとても素敵なお召し物一式が
届いております。
白哉様をお待たせさせる訳には参りませんから、急いでお召し替え致しましょう。
夜半よりの雪が大分積もっておりましたから、お寒くないように致しましょうね。」
その言葉を聞いて、ルキアは急いで布団から出ると、明かり取りのための小窓に走る。
「すごい!
とてもよく降ったのだな!
一面真っ白ではないか!!」
ルキアの幼いとも思える無防備な愛らしい様子に藤乃は思わず微笑まずにいられない。
その間に侍女たち数人が 手際よく 寝ていた布団を片付ける。
「・・・あ、今朝は 緋真様の墓参りに一緒に行って頂く予定だったのだが、
雪がこのように積もってはどうなさるのだろう?
藤乃、兄様から何か託っていないか?」
「何も承っておりません。
ですが、たぶんご予定通りいらっしゃると思いますのでそういう事でしたら、
なおのことお支度を急いで致しましょう。」
「そうか・・・・。
このような天候に兄様のお手を煩わせて申し訳ないな・・・・。」
侍女の【あやめ】と【すみれ】が 湯の入った桶を持って入ってくる。
その桶で絞られた少し熱めのタオルで顔から首、胸元まで拭かれた後、基礎化粧や
色物などを丁寧に薄く施され、髪も二人の侍女の手によって整えられていった。
死神としてではなく、朽木家の者として過ごす日の朝のこういった作業は
いつまでも慣れる事が出来ないルキアの一番苦手な時間だった。
衣桁にかけられたまま着物や帯などが 侍女達によって部屋に運びまれて来ると、
部屋全体が ルキアのために調合された、着物に焚き込められた香で覆われる。
特別に調合された香は とても優しく甘く暖かくルキアを包み込んでくれる。
死覇装(死神)を着る時には無い、ゆったりした気持ちになれる瞬間だ。
今は 亡き姉・そして調香師であった緋真様が 幼いルキアを想って調香して
下さったのだと、ルキアに知らされたのは 最近の事。
白哉の見立てる着物は 基調となる地色は淡く 小柄なルキアに合わせて
柄の大きくない、図の色にメリハリのあるはっきりした物が選ばれる。
今年は細かい織模様の入った白地に 武家には珍しい「椿」の柄。
はっきりした濃い目の赤の花弁と黄の花芯に濃い緑の葉の間を銀糸で流れるような
模様が描かれた着物だった。
帯も同様に白地に織目と銀糸で椿と雪文様が描かれていた。
その濃い赤、緋色に恋次を思い出し、ルキアは小さく苦笑した。
「年明けの17日を空けておけよな。
何か旨いもんを食わせてやるから。」
随分前からそんな予定を決めて何度も確認してきたアヤツ。
朽木の家に来て、ルキアは 初めて自分の本当の誕生日を14日と知った。
それまでは 『てつじぃ』が 赤子の大きさと覚えやすさから勝手に決めた、
眞尋と同じ日付の1月17日がルキアの誕生日だった。
どう聞いてもいい加減に決めたようなのに当たらずも遠からずなところがすごい。
(眞尋の誕生日は 4月17日だった。)
今では 恋次だって本当の誕生日のことは 知っているだろうけれど、朽木家での
慣習を思って、17日に祝ってくれるというその心遣いと、今となっては二人だけの
記憶になってしまった思い出深い日。
だから余計に嬉しく、待ち遠しい事だと思う。
侍女と藤乃の手によって、複雑な形に帯と帯止めが結い上げられると厚めの肩掛けと
雨除けの長羽織が用意された。
「ふう〜っ、 さすがに白哉様のお見立て。
ルキア様に良く似合っていらっしゃってとてもお綺麗です。」
すると、その藤乃の声を合図にするかのように主人とその家族専用の内廊下より
「用意は 整ったか?」
と、良く通る声がした。
侍女二人が 慌てて襖を開けると、死覇装に隊長羽織を着た白哉が立っていた。
「おはようございます、白哉様。
はい、丁度整いましてございます。」
藤乃がルキアの傍らでそう言ってにっこりと微笑みながら頭を下げる。
ルキアも慌てて座り、頭を下げる。
「おはようございます。
兄様、とても素敵なお祝いの品 どうもありがとうございます。」
「良い。 それより立って見せてみよ。」
「はい。」
兄様の静かな視線が 自分の上に注がれていると思うとものすごく恥ずかしい。
自然に顔が俯き加減になり、頬が熱くなってくるのがわかる・・・。
その表情からは何も伺い知ることはできないと分かっていながらも
自分の姿が失望させていないか確認したくて つい盗み見てしまう。
可愛らしいルキアが 見せるその初々しい様子や、上気した頬と上目遣いに
白哉を見る潤んだ大きな瞳が 白哉のシスコン魂を煽っている事など、
その無表情からは 誰にも分からない事だった・・・・・・。
(うわ〜〜、緋真、緋真。
ルキアがとても可愛いぞ。
替襟をやはり緋色にして正解だったな。 うんうん。
帯も着物も銀糸と緋が ルキアの白い肌に映えてとてもよく似合っている。
双極の事があったから、ちょっと嫁に出す覚悟はしたが・・・・。
やっぱり無理無理! 無理だから!!
こんなに可愛いのに。
橙、赤狗なんか全く駄目駄目だし、ジジイとか他家の貴族の煩クラどもなど
問題外だ!!
私より格下や年長の者には 絶対渡せんな。
そうであろう、緋真?)
少し遠い目をしていた白哉が ほんの少し微笑む。
「うむ、良い出来だ。
では、出かける。
温かくして参るがよい。」
その言葉に思わずほっとして、ルキアも綺麗な笑みを返す。
当主は 周りに侍女達が居るのを思い出し、表情をなんとか元に戻すと、部屋を
横切り庭に続く廊下に歩を進めた。
庭には既に下足番が 用意を整えて控えていた。
ルキアが 雨除けを羽織り、肩掛けを頭から被って廊下に急いで出て行くと、
すでに草履を履き終えた白哉が立って待っていた。
「兄様、お待たせして申し訳ありません。
今すぐ私も草履を履きます。」
「必要ない。 雪故、瞬歩で参る。」
「・・・え、兄様、申し訳ありません。
瞬歩をまだ兄様のように会得しておりません。」
ルキアは 情け無さから思わず顔が暗く歪む。
「良い。」
白哉は 泣きそうになってしまったその小さな妹を抱きかかえると、
「しっかり掴まっておれ。」
そう言って、雪の上を滑るように歩きだし、徐々に速度を上げた。
今まで40年もこの兄と一つ屋根の下(大きな屋敷内で棟も違うのでこう
言って良いのかわからないが、)に暮らしていながら、ほとんど触れ合った
ことなどなく、ましてや抱きかかえられたことなど、双極とバウント戦の時に
助けて頂いた時だけ・・・・。
兄の整った白い相貌が 近くにあって、華奢に見えるその胸が逞しく、温かい。
その胸にしがみつくように抱えられる自分がなんだかとても気恥ずかしい。
いつも兄から視点、 朽木家の人間としてと恥ずかしくないようにと意識して
きたせいだろうか・・・・。
墓所の前は 既に雪かきがなされ、篝火が焚かれていた。
何処からとも無く現れた蜘蛛頭叢吾が ルキアの草履と花束を持って控えていた。
叢吾が ルキアに草履を履かせようとするのを押し留めて、片方だけ受け取ると
兄自らが 履かせてくれようとするのに気付き、ルキアは慌てる。
「////// に、にいさま!!
自分で、自分でいたします。」
恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいいっぱいで真っ赤になって叫ぶように
言ってしまう。
「良い。 ・・・・・・それにしても小さい。」
白哉は ルキアの慌てっぷりを軽くスルーして、そう呟くともう片方も履かせる。
そうして、ルキアを雪を払った後の少し濡れた石畳の上にそっと下ろした。
「////// ありがとうございます。 にいさま。」
真っ赤になって、そう言ったルキアの言葉は どこかたどたどしかった。
「雪は払いましたが、草履ですと石畳が滑るかも知れません。
お気を付けください。」
叢吾がそう注意してくれる。
「・・・・・ルキア。」
名を呼ばれ、見ると兄の手が 自分に差し出されていた。
途惑いながらも恐る恐る自分の手を乗せると、ルキアは 触れた兄の手の温かさから、
自分の手がいかに冷たいかを思い知らされた。
慌てて手を引こうとしたが、兄の手はそれを許さなかった。
兄が 驚いたように自分を見ていた。
ルキアは真っ赤になって今度こそ泣きそうになりながら、
「・・・・申し訳ありません。」
つい謝ってしまう。
そんなルキアに白哉はその静かな顔に珍しくはっきりと笑みを浮かべると
「姉妹というのは こんなところまで似るのか?
緋真も冬にはとても冷たい手をしていて、私が触れる度に同じ様にそう謝っていた。」
そんなルキアには 答えようの無い事を聞く。
「///// 申し訳ありません・・・・。」
「良い。
参るぞ。」
白哉は 叢吾から花束を受け取ると墓所の大きな建物に向かう。
密かに溺愛する小さな妹の手を繋いだまま・・・・。
ごめんなさい。
設定上で色々捏造してあるので、イメージの相違を感じた方は言いたい事が
たくさんあると思います!!
なにより兄様のインナーキャラが崩壊しているのでいっぱい文句はありますよね。
全て諦めて許してください。
兄様の今日の仕事は もちろん遅刻です。
この後、ルキアと一緒に緋真様との思い出の寒椿を見に行き思い出話をして、朝食も
一緒に摂ります。
その後、今年大量に送られた個人からの贈答について、よく知らない貴族や死神からの
贈り物をどうしたらいいのかと相談を受けます。
悉く「貰う謂れの無い」「害になりそうな」「下心のありそうな」
「男」からの贈り物を送り返すよう振り分ける手伝い(指示)をするからです。
予定では午後から勤務だったけれど、やっと夕方にちょっとだけ隊に顔を出してすぐに
帰宅してしまいます。
次の『おまけ』になります。
たぶん兄様が 今日を一番満喫します。
でもそんな満足そうな兄にルキアも嬉しくなるので総じて良い
誕生日になるでしょう。
誕生日おめでとう、ルキアvvvvv
Jan.10/2008