流れ落ちた愛


兄様が  立案した作戦通りに虚を殲滅した部隊は 二つの穿界門を通って尸魂界に
怪我人から順番に撤退していった。


塔のような高台の崖の下で アジューカスと遺恨のあった破面と戦ったルキアは 
斬魄刀を支えに呆然と一人佇んでいた。
もう、倒した破面は 霊子の塵となって全て 消えてしまった。

何気なく見た視線の先に くっきりと足跡が 残っているのに気が付いた。
あれは さっきまで恋次が立っていた場所。

後方部隊の私達が アジューカスの襲撃を受けたために、最前線で戦っていた恋次が 
己の戦闘にケリをつけて、新人を助けに来てくれた。
恋次は アジューカスと交戦する私を 手を出さずにそこでただ見ていてくれた。

ーーー恋次が霊圧を抑えて見ていた所為で、風が渦巻いてあんなにはっきり痕が
   残ったのだろうか。 

ふと、その足跡の側のさらさらと乾いた大地に違和感のある濡れたような小さな滲みが 
点々とあるのを見つけて近づいて行く。
膝をついて そっと指先でその土を抓み取って、指先で擦り合わせてみる。 
指先に赤黒い痕が残った。




一陣の風が起きて 恋次の声が 頭上から降ってくる。

「おら、ルキア。  そんなとこに座り込んでねえで、帰るぞ。 
 もう部隊は 全部引き上げた。 
 後は 殿(しんがり)を任された俺と お前だけだ。」
「ーーー恋次。 手を貸せ、立てぬ。」
「へいへい。」

いつものように私に差し出された右手。  
掌には 出来たばかりの傷痕が 赤黒く残っていた。
指の間の皺に乾いた赤黒い筋が 幾筋もあった。

ーーー馬鹿恋次。  今回の虚討伐では 無傷だったのに。




差し出した俺の手を掴む事無くじっと見ていたルキアがゆっくりと俺を見上げてくる。 

ーーーなんでそんな辛そうな顔してやがんだよ。

俺は 慌てて 膝をついたまま動かないでいる小さな身体を抱き上げる。

「てめえ!! 立てねぇくらい辛いなら、素直にそう言え!!」

いつものルキアなら こんな風に抱き上げる俺に 
『子供みたいな扱いするのは、恥ずかしいからやめろ!!』 って
抵抗して暴れるくせに 今日は その細い腕を首に回して抱きついてきた。

ーーー相当疲れてるのか・・?!    
   そうだ、ルキア。 俺がいる時は頼れよ!
   無理するな。

   だいたい、子どもみたいだから、恥ずかしいってのは違うだろ!!  
   女だから、男に抱き上げられて恥ずかしいって、思えよ。
   ちきしょ!!

いつまでも『鈍いルキア』をしっかりと抱きかかえて俺は蝶歩*でその崖を翔け上がって、
穿界門に向かう。


ーーー恋次は 必ず私を左手で抱える。 
   共にいる時は、必ず 右手を空けている。
   空いた右手でいつでも蛇尾丸を構えられるように。
   こんな事だって、最近やっと気付けた事・・・・・・


「・・・・・恋次・・・・・」

小さく名前を呟くと、立ち止まって なんだ って 訝しげな顔で覗き込んでくる。

「恋次、手を貸せ。」

そう言って私は首に回していた腕を解いて、左掌を上にして恋次に差し出した。

「 ?  なんだよ!?」

怪訝な顔をしながらも、恋次は目の前に差し出された掌に素直に自分の手を乗せてきた。

ーーー ・・・・『 お手 』みたい・・・



私は その右手を返して、再び掌の傷を見る。 
くっきりと残る爪の食い込んだ痕。

「さっきから、なんだってんだ? 
 なんでお前は 俺のこんなカスリ傷を気にする?!」

ーーー何故こんな傷が出来たか 考えぬのか、 コヤツは・・・・  

「・・・・・・恋次、貴様は 身体が大き過ぎて感覚が鈍くなっておるのか?」
「!!  ルキア、てめえ!  何だと、こら!? 
 今の自分の立場 分かって言ってんのか?!  あぁ?
 ーーってか、『鈍い』って てめえにだきゃぁ、言われたくねえ!!」
「何を言っておる?! 
 よほど鈍くなければ、そんな刺青など入れられぬわ!」
「煩せえ、鈍いんじゃねえ! 
 こりゃぁ、強さの表れだっつうの!!」
「なに?  馬鹿の表れ?! 
 わざわざそんなのは 主張せずとも皆知っておる。」
「てめ、崖から落とすぞ!」
「ふん、落とせるものなら、落としてみるがいい!!」

「ーーー!!!  くそ!」

いつものように口喧嘩で負けて 恋次が乱暴に髪を撫で付けてくる。

ーーーむぅ! ・・・・・けど、たしかに私のほうが 鈍い・・・・  
   いつだって、大事な事に気付くのが 遅い・・・・

   今なら私にも分かる。
   虚と戦っている戦士に、手助けする事が どんなに無礼であるか・・・・
   海燕殿の時とは 違う。
   あの時は 手を出したくとも、出せなかった  出せるほどの実力などなかった

   今日だって恋次は 先陣を切って戦っていた
   戦場において誰よりも敵を求め、戦いに身をおきたいと思っているかのように
   そんな恋次が 己を抑えて、大人しくただ 私の戦いを見ていてくれた
   一切手を出さずに・・・・・ 
   自分もそのもどかしさ、胸の痛みは 知っている  
   戦える己を抑えて 後ろで心配するしかないという事が どれほど辛い事か・・・・ 

   長くもない爪が 食い込んで血が流れ落ちるくらい強く握り締めなければならないほど
   そうして 私の意地や自尊心を優先してくれた

   あの血の痕は 流れ落ちたのは 恋次のそんな想い




腕の中で俺の右の掌を再びじっと見つめるその顔はまるで泣くのを堪えている
かのように見える。

「・・・・・・・? なんだ、その顔は?! 馬鹿ルキア。 
 また余計な事を考えたか?」  
「・・・・すまぬ・・・・・。」  
そう小さく言うと ルキアは今まで見つめていた俺の掌を口元に運び、小さな赤い舌で
汚く血の乾いた傷痕を舐めやがった。 

「//////// ばっ!!  
 なっ!! 
 きったねえだろ!!」

慌てて俺は ルキアに預けていた右手を引き、熱くなった顔をルキアから逸らす。
掌に感じた妙な感覚に 脳内は翻弄されている。 

「・・・・・・恋次? 耳まで 真っ赤だぞ・・・・・。」
「うるせえ!!  てめえが 変な事するからだろ!!」

ーーーちきしょ!!  こいつって、こいつって、ホント、ルキアだ!!

「・・・・ありがとう・・・・。」
「ばーか・・・・、謝るとこでも、礼を言うとこでもねーよ。」

照れ隠しから わざと双極の時と同じ科白を言って振り向いた俺に ルキアは 
とても綺麗な笑顔を向けていた。 

けれど その笑顔から・・・
俺を見つめていたルキアの紫蒼の瞳から瞬きとともに大粒の涙が一つ流れ落ちた

「てめえは いつも考えすぎなんだよ。」

俺は そっと唇を寄せて 涙を受け止める。

ーー それが 不器用で意地っ張りなルキアの俺への気持ちなんだろう

閉じられた瞼にも口付けを落とす。

「・・・・・恋次・・・・・恋・・・次・・・・・れん・・・・。」

哀願するように 
縋るように
俺を呼ぶ唇を塞ぐ
ルキアの甘さを求めて、さらに深く口付ける。
霊力**も込めて・・・・

泣かせたくはないルキア。  



「ーーー恋次、もう良いから下ろせ。」

真っ赤な顔で下を向いたまま、ルキアがそう言った。

「やだね!  てめえの足に合わせてたら、穿界門が閉じちまう! 
 さっさと帰るぞ。  
 腹も減ったしな。」

ルキアが文句を言う前に 俺はさっさと走り出す。 

ルキアを強く抱きしめて・・・・。










*蝶歩*・・・サイト内で勝手に捏造した歩法の名前。 
      更木隊長を担いで建物の屋上に上がっていった
      やちるちゃんをイメージして下さい。


**霊力**・・このサイト内では 霊力の遣り取りが 一護にしたように
      斬魄刀を使う上級者用と
      性交(キスを含む。)初級、中級者用 
      勝手に捏造設定されています。


      あまりに霊力の消耗が激しかったので 
      勝手に補充されちゃったって事でしょうか?!





  恋ルキお題企画 『星に向かって吼えろ』 May.18〜Jun.22.2008  主催者 実様の 会わなさすぎだゴルァ…!(゚Д゚) この一言に惚れて 参加させていただきました。  素敵な企画ありがとうございました。
   おかえりなさい って事でサイトにUP。【Jun.22.2008〜】 『新人』に併せて 最初の方の説明文を少し削除しました。  内容に大きな変更はありません。 ここまで お付き合いいただいてありがとうございました。            月城はるか 『流れ落ちた愛』 イラスト