藤 乃 1



主家となる朽木家に新しく養女を迎えられたので 侍女が必要になり、一門係累の
中級貴族の我が家にも声がかがり、三女の私は 父の命で行儀見習いに出された。

精霊廷内でも 一際大きな敷地を持つ朽木家。
その屋敷も大きく、主人の暮らす主邸は 書院造りで長い渡り廊下で棟と棟が 
幾重にも連なっていて、まるで迷路のようだった。

奥屋敷の東の対屋の一角にその姫の居室はあった。
私は 行儀見習いとしてこの屋敷に来てすぐにその一角に部屋と【名前】を与えられた。


この屋敷では【名前】は 役職や役割を表しているのだと案内をしながら
ルキア様付きの侍女の蒼華様が 教えてくださった。

「【清家】様は 代々の侍従頭が 襲名する苗字なの。
(この朽木家では一門係累から優秀な子供を募り、その者達が 侍従、近習、御庭番になる。 
 私のような侍女を一門から募るのと同じだ。)

 この屋敷では【蜘蛛】といえば、仮面をした警備の者達、俗に言う御庭番のこと。
 奥の院でも警備をしてらっしゃるから【蜘蛛】の方々に会うのは 別に普通の事よ。  
 そうね、一つだけ忠告して差し上げるわ。
 朽木家で暮らすならとても大事なことよ。
 お庭番の頭・【蜘蛛頭】は 仮面をしていないと聞いているわ。
 【蜘蛛頭】には今いる人達は誰も会ったことがないのよ。
 だってもし万が一、仮面を付けていない【蜘蛛頭】に会ってしまったら、それは
 貴女を制裁に来たって事なのよ。
 この朽木の家で貴方が何か不正をして それが 露見した時。  
 秘密裏に処理されてしまうのですって。
 この屋敷で【蜘蛛頭】に会うっていうのはそういう事。

 せいぜいお気を付けあそばせ。   ほほほほほ・・・・・・」

そんな怖い話までそれは楽しそうな笑顔で蒼華様に聞かされた。



侍女は 御仕えする方に因んだ名になるのだと言う。

白哉様付きの方々は 侍女頭の黒耀様を始め、名前に『黒』か『影』を持ち、
母君付侍女だった方々は 侍女頭の雪那様のように名前に『雪』が
奥方の緋真様付侍女だった方々は 侍女頭の紅緒様のように名前に『紅』が入る。

新しく養女となられたルキア様付きの侍女は『蒼華』『蒼音』『紫蘭』『紫織』の
4人しかおらず、皆『蒼』か『紫』の文字を拝していた。
残念ながら(?)侍女見習いの私にはそんな文字を頂ける筈もなく「藤乃」と
名付けられた。

見習いの私がルキア様への目通りを許されて、仕事に就くことが出来たのは 広い母屋の
奥周りと朽木家の細かい決まり事と改めて行儀作法を叩き込まれた一週間後の事だった。

襖が 侍女達の手で開かれ、雪那様、紅緒様の後から静々と現れたルキア様は、
優雅な所作で上座にゆっくりと座られた。
思っていたよりも小柄で とても幼く見えるけれど 綺麗で優美な方だった。
侍女の中には あの方は 『戌吊で生まれ育った下賎な者だ』と、
『亡くなった奥様によく似ていると言われるけれど、緋真様の方が何千倍もお綺麗で
 優しく優雅だった』と蔑んだように言う者もいた。

けれども、私には自分達よりはるかに優美で幼く見えるのに 時折憂いを帯びた表情や
可愛らしい微笑を持つルキア様に まるで一目惚れのように魅了された。
大家の姫にありがちな我侭なところがなく、むしろあまり多くを望まず、ちょっとした
ことさえ 「ありがとう。」 と はにかみながら感謝されるこの方なら、嫌々来た
行儀見習いも悪くないと思えた。


ルキア様にお仕えしてしばらくすると、二人の侍女頭 紅緒様、雪那様のいらっしゃる
その室内にどうしようもない居心地の悪さを感じるようになった。
すると、蒼華様が そっと教えて下さった。

「実は私ね。 
 この間まで「紅桜」という名前だったの。
 ある日突然、白哉様が まるで猫の子を拾うみたいに あの方を連れて来られて、
 雪那様と紅緒様にお世話をお命じになったの。
 『養女』にするからって。

 通常 この屋敷では、全ての物事は 計画的に大抵 一・二年かけて準備万端整えられて
 動くから 今回のこのルキア様の事は本当に異例な事なの。

 ーー本当に猫の仔を拾ったみたいに養女のなったの。

 そこで急遽、緋真様付だった私と蒼音が ルキア様付きになり、あちらも同じ様に
 大奥様付だった方達から『紫蘭』『紫織』の二人が ルキア様付きになったの。
 仕事的には、もう既に他界された方のお部屋と遺品の管理って名義でお掃除だけの日々
 だったから今のほうが楽しく過ごせていいのよ。

 ただ、二人の次女頭にお命じになったために・・・・・その、分かるでしょ。
 一人の主人に対等のお立場の侍女頭が 二人もいたら・・・いろいろとね・・・・。
 ここだけの話、ホントは すごく困っているのよ。 

 それに 貴方もお会いになったから分かるでしょう。 
 ルキア様は 幼くあまり物を知っている方じゃないから、奥向きの全ての事を二人の
 侍女頭の言いなりなの。

 そうすると、だんだんと上のお二人は ルキア様からどちらかだけが専任されるように
 なりたくなってしまったらしいの。
 そうよね、白哉様の奥様がいらっしゃらない今、実質朽木家の女主人の様なお立場
 ですもの。

 最近ではお二人とも相手を蹴落とすような言動や 歓心を惹こうとする事に躍起に
 なるようになってしまって・・・・・。
 私もね、紅緒様側の侍女だから、協力しない訳はいかなくて・・・・・・。
 とにかく上の二人は ぴりぴりしてしまって大変なのよ。」
 
そう言って、溜息を吐かれた。

(あぁ・・と、私は納得した。 
 裏では 下賎だ、品がないと 嘲笑うような話をよく耳にしていたのに、ご本人を前に
 した際の侍女達は さすがに朽木の姫に仕える者達と感心するほど、至れり尽くせりの
 恭しさで仕えていた。
 その実、二派の侍女達がその仕える様を 朽木の奥向きの覇権を争っていたのだ。
 何をするにも先を争って仕える様が 部屋全体に息苦しいほどの緊張感で満たして
 いたのだ。)

最初は 二人の侍女頭に幼く御し易いと思われていたルキア様だったが、結局どちらの
侍女頭にも与する事無く、常に対等としていた。

そのためこの二人の侍女頭は 傍目に我々侍女見習いの眼にも判るほどにだんだんと
焦れていった。

ーー こんな下賎な出の者にこんなに尽くしたのに・・・・・、
   この女は気付きもしないのか・・・・・?!
   報いようともしないのか・・・・・?! 




それは 年末の事。

雪那様と 紅緒様は それぞれが ルキア様に新年にお召しになるお着物と帯を選び出して、
ルキア様にどちらをお召しになるか、選択を迫っていた。

衣桁に掛けられた二振りの着物は 朽木家当主・白哉様が ルキア様の為に特別に誂えた物の
中から特に選び出された着物だったので どちらも地織に細かく模様の入った生地も 染めも 
施された刺繍も それは見事なもので 私たちが一生手を通す事の出来ない、溜息しか出ない
ようなとても美しい着物と帯だった。

だが、黒い死覇装をお召しになったルキア様は それらを軽く一瞥されると、

「・・・・・あの、私は どちらも綺麗だと思うゆえ、どちらでも構わぬ。
 雪那殿と紅緒殿に万事お任せ致します。  
 悪いが、それよりも鍛練せねばならぬ時間ゆえ、失礼する。」

そう仰って、戦いに望むような毅然とした態度で早々に部屋を出て行かれてしまった。



雪那様と紅緒様は 気付いてしまった・・・・・・。
ルキア様は 幼いのではなく 女であれば、誰しも憧れて手に入れたいと思う豪奢な着物
高価な調度、宝石ーー 名門朽木家という名誉ある家名
精霊廷内で殆どの人を屈服させることのできる大きな権勢
それら全てに対して全く興味・関心が無い と言う事を。

『鍛練して強い死神になる事』ーーそれが全てなのだと・・・・。

このことは 二人の侍女頭の癇に障り、権威ある朽木家に敬意を持って仕えている二人を
侮蔑・嘲笑していると映ったようだった。

この当時 行儀見習いであった私は とても無力だった。
侍女頭・仕える侍女達からだんだんと理不尽な扱いを受けるようになったルキア様を
目のあたりにしながら、何も出来なかった。

ある日とうとう我慢できなくなって 白哉様に直接 訴えた。

けれども、それは 「朽木家の禁」を破っただけで何も変えることはできなかった。
ルキア様をお守りするどころか お助けすることすら叶わなかった。
私は 朽木家を放逐された。
訳が分からず困惑したまま何も仰らずに一人耐えるルキア様を 朽木の家に残して。

「私のためにこのような事になってしまい、あいすまぬ・・・・・。
 ありがとう、藤乃。」

哀しそうに謝って、私を送ってくださったルキア様の最後に見せられた寂しそうな微笑が
今でも 私の胸を締め付ける。




  名門朽木家についていろいろ勝手に捏造設定されています。 養子に入ったばかりのルキア。 こんな価値観の違いが、憎悪と嫌悪を生む事があると思います。 「井の中の蛙」のように 同じ価値観が 当たり前の狭い世界の中にいると 相手の事を自分達より格下だと卑下していたら 尚更、 イジメても理不尽な扱いをしても良いと思う人々がいるようです。 多勢に無勢 価値観が違う事 = 異質で異端者 = 攻撃していい なんて こんなテロリストみたいな考えが罷り通ることはオカシイと思って下さると 嬉しいです。 Apr.14/2008