蜘蛛頭叢吾
私は 毎朝 出来るだけ 娘と朝食を共に摂るようにしていた
ーー 生前の緋真と決めた通りに
小さなその娘は 食が細く食べるのも早くない。
だが、食べる所作は美しかった。
それは 緋真も同様であった。
ーー この頃の私は 娘の向うに遠く緋真を見ていた。
そこで清家信恒から 娘のその日の予定を共に聞く。
[斬 拳 走 鬼]それぞれの専門家から、今日は どのような鍛練を受けるのかと。
そうして『死神』としての必要な力を付けさせていった。
新年の挨拶時には 一門、系累、商家などへの披露目も済ませた。
4月には 統学院を卒業した新人が入隊してくる。
その前に精霊廷、護廷十三番隊内を あの娘の所属先を決めるまでの間、慣れさせるためと
朽木の者だと知らしめるために連れて歩くことにした。
護廷十三番隊に連れて行く事、三日目の朝。
私が 表玄関で下足番・傍師 鷹尚(ほうじ たかなお)に草履の紐を結ばせていると娘は
門のところで既に待っていた。
娘と蜘蛛頭と警護の蜘蛛を従えて門を出ようとすると、後ろを歩く娘の足運びが 屋敷内とは
違う事に気付き、蜘蛛頭にルキアの草履を確認させた。
突然のことに戸惑うルキアを蜘蛛頭が抱き上げ、その小さな足に履いた草履を確認する。
足首に巻かれた草履の紐の下の白い足袋には うっすらと赤い血が 滲んでいた。
「・・・・あの、兄様・・・。」
困ったように見上げるルキアの袖の下に ふと違う色を見た私は、その袖を捲くり上げた。
細い腕には 鍛練の時に受けた打撲の痣の他に、腕を強く掴まれてできた赤いくっきりとした
女の手の形と強く抓まれた所為で出来た欝血の痕が 爪痕と共にその白い肌に幾つか刻まれていた。
それを見た途端に 言い表し様の無い怒りの感情が湧き上がり、一部の霊圧がコントロールを失い
私の周りに吹き荒れた。
「叢悟に ルキアを四番隊へ連れて行かせよ。」
「ーーはっ、 直ちに。
ーーー白哉様−−ー申し訳もございません。」
私の怒りの原因に責任を感じて その場に大きな身体を縮ませて蜘蛛頭が土下座する。
ルキアは いつになく怒りの感情を露わにする私に怯え、震えていた。
そんなルキアを気付いても私は自分の激怒する感情の抑制に追われ、どうすることも出来なかった。
お庭番の仮面をつけた叢悟が現れ、震えるルキアを抱き上げると直ちに消えた。
私が霊圧の一部を制御できずに表に出すほど怒りを露わにしていたので 清家信恒と傍師が慌てて
家人用の玄関から飛び出して来た。
蜘蛛頭が 清家信恒に事のあらましを伝えていた。
だが、私はそんな彼等に構う事無く、ルキアの下足番・傍士のいる家族用の玄関に向かう。
ーーーもう一月も前に侍女見習いの一人から
『お願いいたします。 ルキア様にもう少しお目をおかけくださいまし。』
そんな直談判があったのを思い出す。
朽木家では 侍女見習いが直接私に声をかける事が禁じられていた。
この時は 差し出た事と 解雇して実家に戻した。
ーー あれは この事を伝えていたのか・・・・・?!
私の到着を待たずしてルキアの下足番・傍士は 既に玄関の外に震えながら土下座して控えていた。
蜘蛛頭がその傍士の娘の目の前にルキアの血の滲んだ足袋を投げるように置く。
「申し開きの余地はあるまい。 即刻 屋敷を立ち去るが良い。」
「申し訳もございません。
畏れながら、 あの・・・・ルキア様の御身足があまりに御小さくいらっしゃって・・・・
ーーーあの、お願いでございます!
今後このような事がないように 致します。
その・・・このように屋敷を追い出されては この後何処にも行けませぬ。
どうかお慈悲を持ちましてこのまま置いて頂け」
言葉を遮るように 白哉様から一直線に土煙が舞い上がり、傍士のすぐ横の土を斬り
一瞬で線上となる後ろの建物から 爆発音を上がる。
驚いた様に娘が 振り向いて何が起きたか確認するーーーと
家族用の玄関のある建物が 壊滅的に崩壊していた。
白哉様から無言で鬼道が 一直線に放たれたのだ。
「・・・・・・あぁ・・・・あ・・・・・・・」
下足番の娘は蒼白となり、震えていた。
正面に立つ 無表情な白哉様の周りを怒りを含んだ霊圧が小さな風を起こし、渦巻いていた。
「事の重大さが分かっておらぬようだな。
あれは 死神なのだ。 死神にとって足は 命も同然。
それを傷付けた貴様は あれを殺そうとしたも同然だと。
何より失念しているようだが、貴様が傷を負わせたのは この朽木の私の義妹だと。」
白哉様が 静かに告げられる。
「今すぐ、 この者をここから放逐せよ。
そして出入りの商家にこの者と この者に連なる者に一切の売買を禁ずると伝えよ。
また、叢悟が戻り次第、この件に関わった全ての者に同様の処罰を与えよ。」
(これは事実上精霊廷内で暮らしていけない事を意味していた。)
「御意。」
そう返事した清家信恒は 白哉様の怒りに同罪の責任を感じていた。
白哉様はご自分に腹をたてていらっしゃるのだ。
今まで ルキア様を見ていなかったご自分に。
こんな風に自分の屋敷内でルキア様が 無体に傷付けられていた事に。
ご自分の手落ちに・・・・・。
それは 清家信恒も同様だった。
表向きの事が 自分の管理の範疇であるため 奥向きの事は侍女頭達に全て任せていた。
ーー それが このようなことにーー
あの方は 何も仰らなかったので 気付けなかった・・・・・。
そう、あの方は ご自分から仰るような方ではない。
白哉様は 更に鬼道を放たれると 少し原型を留めていた建物の柱を砕いた。
「もうこの忌まわしい玄関は要らぬ。
今よりルキアに表玄関を使わせよ。
傍師よ。 そなたにルキアも任せる。 良いな。」
「御意。」
「畏まりました。」
白哉様は 我等の返事を聞くと 瞬歩で消えてしまわれた。
たぶん、緋真様の墓所に行かれたのだろう。
清家信恒は 伝令神機を懐より取り出すと、六番隊副隊長・銀殿に連絡する。
本日、朽木白哉様は そちらには 行かれないと。
「よう、姫様。 久しぶり、統学院の医務室であった日以来だな。」
私を兄様の前から攫うように、抱かかえた【蜘蛛】は四番隊に着くと 被っていた仮面を
取るとそう言った。
「・・・・あっ・・・・、え、えぇ??」
そこには 蜘蛛頭叢吾の顔があった。
「白哉様が 『叢悟』を呼べって言ったろ。
姫に朽木家の蜘蛛頭の秘密を明かして、俺に貴方様付きの警護にあたれってことだ。
貴方様も気付かなかったけれど、俺と兄貴・蜘蛛頭叢吾は 双子の兄弟なんだよ。
顔も声も魂魄も同じ。
外観的には 誰も気付かない。
白哉様と清家様は 見分けるけどな。
さて、治療の前に問題の傷を見せて貰おうか・・・・。 脱いで。」
ルキアは 黙って死覇装を脱いだ。
(他人とずっと暮らしてきたせいなのか・・・・、他意のない相手に肌を曝す事に抵抗や
羞恥の気持ちがあまりなかった。)
叢悟は その白い肌のアチコチに残る傷痕に手を翳して、微かに残る霊圧を探ると紙に
侍女達の名を書き記していく。
「俺は 貴方様の沈黙は高貴で好きだが、ここまでされて何故、黙っていられるかは
理解を超えるな。」
そう言った叢悟の顔が 歪む。
背中や腕、腿など着物の下の目立たないところに新旧 赤や紫、青黒くなった欝血した爪痕が
無数にあった。
「すぐに謝まられるし、理由が分からぬ故・・・・仕方あるまい。」
「仕方あるまいって・・・・。 はぁ〜〜。 もういいから、着て下さい。」
「少なくとも私が 清家殿に言えば、その結果だけは分かる。 だからだ。」
「だが こうしてバレた場合、こちらのほうが 結果が悪いと思うがね。」
「ならば、蜘蛛頭叢悟殿も沈黙してくだされば良いのです。 その紙を私に下さい。」
「・・・ぷっ・ふははは・・・命令に背いて 俺にまで沈黙しろってか?
そりゃぁ、どう考えても無理だろ?!
貴方様もここに来る前に感じただろう。
白哉様のお怒りのほどを・・・・・。
あの方があれだけ怒りを露わにされるのは 本当に珍しい事。
ここで何も無かったと言えば、必ず俺の首が飛ぶね。
それに貴方様をこうも色付けた連中に 俺自身の首を賭けて庇ってやる必要は
ないと思うけどな。
そいつ等が処分される事を憂えるなら、今後は 貴方様が付け入られないように
するんだな。」
「・・・・全ては私が 弱いせいなのか・・・・?」
「・・・・ん、まぁそういうことです、姫様。
ーーーって、そんな泣きそうになる話じゃーーー。」
養子に入る際に清家信恒様と姫君との間で交わされた話を知らなかった俺は この時
「弱い」って地雷を踏んだ事に気が付かなかった。
「ーーーこの先は俺が 貴方様の護衛に付くんで、こんな事にはさせないから!」
俺は 泣きそうな顔で唇を噛締めている朽木の幼い姫君の前に跪くと、その小さな手を取る。
「私、蜘蛛頭叢悟は 今より後、何時如何なる時にもこの『朽木ルキア』を守る事を誓います。」
手にそっと口付けた・・・・・。
白哉様が 「娘」から「ルキア」と呼んだところに やっと
「ルキア」に目を向けるようになったって思ってやってくださいまし。
すいません。 前半は兄様による独白的文章なので かなり説明が
割愛されています。
兄様にあまり説明させたら、兄様じゃなくなっちゃうから・・・
<うそ臭い後書きですね。
ブログ予告通り、『跪きの誓い』を書きましたvvvvv
勝手に捏造したオリキャラの 蜘蛛頭叢吾(生真面目キャラ)と
叢悟(砕けたラフキャラ)の双子っていう設定について書けて
ちょっと満足です。
それと大河ドラマ『篤姫』の島津藩別邸に先日行ったら、
玄関が 主人と客人 家族、家人用の三箇所。
廊下も 主人と家族、 家人用に 各部屋の表と裏に別々にあったので『朽木家』
も採用してみました。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
Apr.14/2008