阿散井恋次と妓女




その日。
ーーー知ってるか? 花街にあの朽木の飼い猫のそっくりがいるって・・・
うちの若旦那が最近ちょっとその高級妓女にいれあげちゃってさ・・・。 

恋次は いつもの飲み屋のトイレで交わされていた他人が話している下世話な
噂話を聞くとはなしに聞いていた。 

今は朽木家の養女になった幼馴染ルキア。

出身地、四大貴族の朽木家、その若き当主、養女、その人目を惹く容姿。
それら全てが人々の噂の種となる要素を 充分すぎるほど持ち合わせていた。 
恋次も今まで本当にいろいろな噂を耳にしてきた。 
やっかみから生まれるためかルキアを貶めるものが多く、下世話であるほど、
広まり易かった。 

恋次も最初は 振り回されて、傷つき 生活を乱したこともあったが、
朽木のあの気位の高い当主を思い出した時 そんな噂が総て馬鹿馬鹿しい事だと
気付き、自分くらいはルキアを信じて認めてやらなければと思いいたり、
今ではどんな噂も軽く流せるようになっていた。

そんな今、ルキアに似た高級遊女がいる、なんて噂。

(へえ、世の中に似た人間が三人いるって聞いた事あるが、あのちびに
 似たヤツがよりによって花街とはねぇ・・・・
 笑わせてくれるぜ。 
 あんなツラがそうそうあるとは思えねえが、あるっていうなら ぜひとも 
 拝ましてもうらおうじゃないか・・・)

恋次は そんな軽い好奇心から精霊廷外の花街に足を向けていた。


基本的に恋次は付き合う相手に不自由した事がないので、“買い”に来た事は
なかった。 
だが、仲間内の遊びや接待で来た事があったので目当ての店はすぐに見つかった。 
他より一際大きな門構えの庇の飾りさえ派手な彩の花街一大きな豪奢な建物に入る。

「あー。
 この店にいるって聞いて来たんだが、朽」「お客様」

強い語調で恋次の言葉は遮られた。 
高級な着物を纏った主人は狡猾そうな笑顔を浮かべながら、穏やかに続けた。 

「ようこそ、いらっしゃいませ。」

そこで恋次は 初めて自分の迂濶さに内心で舌打ちする。

(こんな場所では言の葉にさえ挙げて良い名ではないのか・・・。)

精霊廷四大貴族の一家 朽木家。 
今更ながら幼馴染が養女となった家が この世界に住む人々に畏怖さえ
感じさせる程絶大な力持っていることを改めて実感する。 

(そうだ、このオレでさえ。 
 死神になり、護廷十三番隊最強を謳う 十一番隊席官にまでなったというのに、
 未だにその家の養女となった幼馴染にこちらから声をかけることも許されない。) 

「本日只今の時間でしたら、皆様が噂されている妓女の“らきあ”が 
 お相手が可能でございます。」  

(微妙な名前・・・。 フザケた主人だな。)

そのフザケた主人が勿体つけながら示すラキアの値段が通常の相場の十倍
だったことに 怒りを通り越し あきれながらも、
『ここまで来たのに噂の成否を確認もせずに帰れるものか!』
 などと半ば意地のような気持ちで その値段に敢えて異を唱えることもせず 
恋次は素直に支払いをした。

だが、店の階段を上る途中で急に不安になり、

「本っ当に似てるんだろうな?」

主人に凄みを利かせながら 確認をしてしまった。
そんな恋次に 怯んで引きつった微笑を浮かべながらも主人は告げた。

「さあ・・・、わたくし共下々ではお名前を口にすることさえ憚られる方。
 お姿なんてとんでもない・・・。
 似ていらっしゃるかどうかは噂をされているお客様達にしか確認しようが
 ないこと。
 お客様こそお姿をご存知だからこそいらしゃっているのでしょう!?」

(ちきしょ。
 するりと躱しやがった。
 だが、もっともな話だ・・・。)


最上階の奥の部屋を開けると、広い部屋に真ん中におよそ妓女らしからぬ品の
良い着物を纏った小さな少女が座っていた。
まるで六番隊隊長 朽木白哉の後ろをかしづいている時みたいにうつむいて。
寂しげな様子で。


伏せられていた大きな瞳が 艶やかな黒髪の間から 訪問者である恋次に
向けられた、その時。
もう長い間こんなに近くで見ることも禁じられていた白い相貌が正面から
自分だけに向けられた。
瞳を合わせたその時、恋次の中にあった興味本位からくるからかうような
表面上の気持ちが 霧散して消えた。 

胸の一番奥から湧き上がる胸を締め付ける痛みから逃れる様に、
乾いた心が探していた何かを求める様に

「・・・ルキア・・・・」

喉の奥から搾り出すように 呟きが漏れる。


一瞬良く似たように見える顔から大きな瞳が 自分に向けられた時、
恋次は 突然襲われた自分自身の気持ちに戸惑っていた。

偽者だと分かっていてここに来た!  
なのに・・なんで、今さら何を期待していたというのか・・・。
こんなに胸が苦しい。
何がこんなにオレを苦しめる。

そうだ。
あいつはこんなところにいる訳が無い。
それは最初から分かっていたこと。
そう、確かによく似ているかもしれない。 

だが、恋次の目を誤魔化すには恋次自身がルキアを知りすぎていた。
どんなに遠目でもどんなに弱い霊圧になってしまったとしてもほんの少しの
気配だけでも 恋次にルキアを間違うなんてことができる訳がなかった。


それなのにーーー。
その偽者の瞳にこんなに動揺するなんて・・・。 

ルキアじゃないのに・・・。

それほどまでにオレは ルキアに会いたかったのか・・・。
否、オレは ルキアに会いたいのだ!!

今まで漠然と自分を誤魔化していた気持ち。 
ルキアに対する自分の正直な気持ちに気付いた瞬間だった。 

そうだ!! 
オレは、ルキアに会いたかったのだ。 
すぐ傍で会って話をしたいのだ。

昔みたいに・・・・。 
髪をくしゃくしゃにかきまぜた時のあいつの怒った顔や、オレをやり込めようと
生意気な口をきいて、楽しく笑う顔が見たかったのだ。

今のオレの立ち位置は ルキアからはるかに遠い。 
手が届くどころか、声さえ届かない。

同じ精霊廷内に暮らしているというのに・・・。
同じ死神になったというのに・・・。

ルキアは 十三番隊の隊舎からほとんど出てくることはない。 
隊舎に来る時は 義兄の後ろを俯きながら歩いて来る。 

帰りは前後左右に護衛が付いていたので、あの小さい体のルキアを顔を見るどころか
姿を捉えることすら不可能だった。 

唯一の救いは恋次の霊圧に気付いた時、普段伏せられ俯いていた瞳がやや意思を持って、
恋次に向けられ、硬く閉じられていた小さな口元が白い顔を縁取る黒髪に隠される前に
小さく微笑むのが一瞬見えることだ。

だが、今となっては それさえ恋次には幻だったように感じる・・・。
自分の都合のいい思い込みだったのではないか・・・と。


ラキアは 部屋に入って来た大柄な緋い髪をしたヤクザな感じの男が
自分と目を合わせた後、切なく顔を歪めて目元を片手で覆って立ち
尽くしたことに驚いた。
今まで多数の男たちの好奇の、蔑みの目に曝されてきたが、こんな
苦しげな表情を向けられた事はなかった。 
ラキアは最初に感じた怖い気持ちを忘れたが、かけられる言葉もなく
ただ男を黙って見つめ続けるしかなかった。


やがて、男は何かを決意したかのように正面を見詰めた後、
ラキアに穏やかな笑みを向け

「邪魔したな。」

一声かけるとその場から踵を返して去って行った。


09/23/2007


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