白哉と緋真



あの気難しい母が 調香師を雇い入れて 奥屋敷の離れに住まわせたらしい。
広い奥庭の夜風に甘い香りが 混ざって漂っている。 
白哉の部屋から離れは一番遠いというのに・・・・。

朽木という家の重圧だろうか・・・・
当主として起ってから白哉はなかなか眠りに就く事が出来ず、夜な夜な庭を散歩する
ようになっていた。

甘い香りとともに 儚く消え入りそうな声が 混ざっている事に気付き、
思わず足を向ける。 

白い相貌に長い艶やかな黒髪の若い女が 赤い折鶴の柄の小さな子供のため着物を
その胸に抱いて 今にも泣きそうな顔で細く消え入りそうな声で子守唄を唄っていた。 

「!    誰?!」

気配は完全に断てていたのに何故か、その娘には 気どられてしまった・・・・。

「ーーーここ奥向きは 男子禁制と聞いております。 
 警備の蜘蛛の方たちに見つからない内に早々にお立ち去りを。
 私も蜘蛛の方たちに不審者について聞かれれば、応えぬ訳にはいきませぬ・・・・。」

(あぁ、この娘は 私を知らぬのか。 そうだ。 まだ、目通り挨拶に来ていない。)

「わかった。」

そう応え、立ち去り際に振り向くと 娘は最早この私に関心を持っていなかった。
着物を胸に強く抱えて、先ほど唄っていた時のような切ない顔で遠い月を見上げていた。





次に密やかに歌う娘に近づいた時ーー気配に敏感なのかーー 娘は 私に気付き
目が合ったはずなのに口を小さく尖らせて拗ねたような顔を見せた後、 私から
顔を逸らせた。

「・・・・・・・・。」

今までそんな対応を誰にもされた事がなかった私は 戸惑いかける言葉を失った。

「・・・・この朽木の御当主だったのですね・・・・・・!?」

そう咎めるように言われてしまう。

「私、あの後、警備の蜘蛛の方々に貴方様の事をお知らせして、叱られてしまいました。」
「ーーーあの後、蜘蛛に通報したのか?」

ーー あんなに興味の無さそうな風情であったのに・・・・・。

「当たり前です。 
 ここに住んでいる以上は 私にも治安に対して責任があります・・・・
 私の家は たった一人の不審者を見逃した所為で滅びました・・・・・」

後姿だというのに 娘の痛々しいほどの悔恨の想いが言葉と共に伝わってくる。
こんな時何を言えばいいのかと逡巡している間に、娘はそれは可愛らしい悪戯っぽい笑顔で
振り返った。

「さぁ、唯一この奥向きに出入り出来る方、貴方様を待ってる方の所に早く行かれませ。」

言うなり、また私から興味を失ったように真直ぐに遠い月を見上げた。
先日同様に赤い折鶴柄の着物を強く胸に抱いたまま、白く美しい相貌は 月を見ている
はずなのに 視線は もっと違うものを追っていた。

そんな娘の様子に思わず、私は 「ーーー朽木白哉だ。」と名乗っていた。
突然の私の言葉に 驚いたような大きな瞳を向けてきた。
ーーだが、すぐに優しい温かみのある笑顔になって娘も名乗った。

「・・・・私は 緋真と申します。 朽木の御当主様。」



この時 私は自分の中に起こった感情に戸惑い、娘に背を向け立ち去る。
私の背に娘の視線があることを確認しながら・・・・・。






あの気難しい人を寄せ付けない母があの娘をかなり気に入っているのだろう 当主である私に挨拶に来させもせず、名もそのままにして置いているようだ (通常、この家に仕える全ての者は職種と主人に因んで名を付けられる。) 本来 私から名乗るなどありえない事・・・・・・ 私もどうかしている・・・・・  『朽木白哉』に興味・関心を持たない娘・・・・・ 私に媚びるような上辺だけの対応することのない娘・・・・ あの娘は何かに囚われているらしい    翌夜から、私は娘を捜して 足を向ける 娘は 最奥の庭で静かに唄っていた。 私に気付くと 困ったような顔を向けてくる。 だが、それより私は その娘の様子に目を見張ってしまった。 長く美しかった髪が 無残にも襟足で短く斬バラに切られていた。 「如何したのだ?」 私の驚いた様子に 頬を赤く染め、恥じらいながらも申し訳なさそうな顔で応えた。 「・・・・・・・ずっと出家を希望していたのですが、大奥様から反対され  果たせずにいたので、自ら切りました。」 「ーーーそなた、あの母に逆らったというのか?  はっ、ふはは・・・・」 ーーーなんて思い切った娘か・・・・    こんな小さく弱々しく見える華奢な容姿の内にそんな強さをどこに    秘めているのか・・・ 「は・・・・よく屋敷を追い出されなかったものだ。」 「ーーーむぅ、思っていたよりも失礼な方。   大奥様は こんな事を気にかける方ではありません。  それは・・・・・少しは・・・・・・・とても驚いて   呆れ怒っていらっしゃいましたけど。」 なんてありえぬ事を言うのだろう・・・・ あの母は 自分に逆らうものを赦さない。 勝手を赦したというのは 相当娘を気に入っているのか・・・・・。 思わず娘の顔をまじまじと見つめてしまう。 不可思議な娘だ 媚びず、諂わず、見下さず・・・・・・・この朽木家で人として対等の位置にいる 小柄で華奢で儚い様子なのに、芯の強い娘。 美しい大きな瞳、白い陶磁の肌に桃の花を描いたような生き生きとした頬 物怖じせず話をする紅も差さないのに美しい色を映す小さな唇。 その小さな唇を尖らせて 抗議するような眼差しで私を見ると 「失礼な御当主様、私は 明日の朝が早いのでこれで失礼させて頂きます。」 そう言って、背を向け立ち去ろうとした。 私は その華奢な怒りを含む肩を後ろから抱きしめた。 「すまなかった。」そう謝罪する。 突然のことに腕の中で娘は 身体を強張らせていた。 ーーー私は 当主になって初めて 声を出して笑い、謝罪した事に気付いた。    そんな普通の事すら随分久しくしていなかった。 「・・・・緋真。 すまぬが、立ち去る前に今一度歌ってはくれぬか?」 私の言葉に やっと娘の身体から強張っていた力がゆるやかに抜けていった。 「私が歌っていたのは 赤子に聞かせる子守唄だったのですが、そんなものを  所望されるのですか?」 「そうだ、何故か気が休まり、寝付きが良い気がするゆえ。」 緋真は 小さな着物を抱かぬ片手を私の腕にそっと添えると 静かに唄い始めた。 優しく甘い心休まる香りと共に・・・・・・・。 ーーー・・・・『緋真』と。     初めて名を口にした時、何かが胸の奥でざわめいた。
  白哉兄様と緋真様・・・・・。 ちょっと 兄様が 自分の感情に振り回され気味ですvvvvv 声に出して笑わせたら、なんとなく別人っぽいのは何故?でしょう 気のせいですか・・・。 皮肉っぽく 笑わせたかったんです・・・・けど。 Apr.17/2008