白哉と緋真


その夜から緋真は 庭に現れなくなった。
離れの部屋の中に閉じ篭っているようだった。
眠れない私はますます歩き回るようになり、朝方まで散歩することもあった。

そんなある朝早く緋真が通用門から黒い、まるで死覇装のような恰好をして
出掛けるのを見かけた私は 思わずその異様なナリの緋真の後を追った。

「緋真様、おはようございます。」

死覇装を着た男の隊士が 門の前で待っていた。

「守坂様。  おはようございます。
 今回もお世話になります。
 どうぞよろしくお願いいたします。」

緋真が 深く頭を下げる。
出家と証した短い艶やかな髪が 肩口で揺れる。

「緋真様、お顔の色が優れない様ですが、大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。
 大丈夫です、最近ちょっと眠れないだけですから。」
 
緋真が、見る者を思わずほっとさせる心和ませる笑顔をその隊士に向ける。

「では、参りましょう。 ご無礼を。」

そう言って守坂と言われた死神が緋真を抱きかかえようとした。
私は二人の間に割ってはいる。
突然の私の出現に大きな瞳を見開いて見上げた緋真の顔が みるみる赤くなった。

「・・・・・ご当主様・・・・・。 
 どうして・・・・・・。」

私は問いには応えず、真っ赤に困惑した顔の緋真の手を取ると抱き上げた。

「戌吊に行くのだろう。  私も参る。」
「・・・・・・あの・・・・・・」

私は 緋真の返事を待たずに守坂に向き直ると

「同道しても構わぬであろう?」
「ーーは、はい、もちろんです。」

朽木家当主に否やと言える者などいない。





大奥様のご好意に甘えて朽木の屋敷に寝食させて頂いて 二年になっていました。
死神の守坂様がご尽力下さり、駿河屋からこちらの奥様をご紹介頂いた。

とてもお綺麗だけれど、その下に寂しさと悲しみを押し隠していらっしゃる方。  

ーー多分 わらわは 強欲なのじゃ・・・・。
  それゆへ上手くゆかぬ。
  欲しいもの全ては手に入れたのに本当に大事なものは擦り抜けてしまった。

自嘲するようにそう微笑まれた。

ーーそなたの大事なものは まだ失われていないのだろう。 
   信じておるのだろう、緋真。
  わらわの元に来たのは 何かの縁じゃ。
  せめて わらわにそなたの大事なものを取り戻す手伝いをさせてたも。

眠れないと仰って 私の子守唄を毎晩のように所望されるご当主・白哉様。 
大奥様のように美しい、けれど険しい相貌をされた方。

最初は瑠璃奈の無事を祈る時間を邪魔しないで欲しい、一人にして欲しいと思い、
この方を避けるために 場所や時間を変えていました。 
けれども、いつどこにいようともこの方は静かに現れ、拙い子守唄を望まれる。

諦めて何度もお会いするうちに いつしか私はこのご当主・白哉様が現れるのを
待つようになっていました。
他愛のない話をして、子守唄を唄って差し上げるだけでしたが、現れた時の険の
ある表情が少し穏やかに変わったように見えたので・・・・・・。
こんな些少な事で お慰みになるのなら・・・・と。

必要以上の関わりを避けるために 白哉様のされた最初の質問をはぐらかして以来、
私の事情について宿下がりをして瑠璃奈を捜している事について ご当主様が 
深くお尋ねにならないのにずっと甘えて何もお話しないでいました。
けれどもそれが 逆にだんだんと苦しく辛くなっていました。
私自身について知って欲しいと思ってしまうほど 私は いつしか白哉様に
心惹かれてたのです。

あの方は この尸魂界でとても身分ある大家のご当主様だというのに・・・。  
何より私は 幼い瑠璃奈を捜しださねばならないというのに・・・・。

私は この屋敷で大奥様に甘やかされて、白哉様に心惹かれ、己の大事を忘れて
しまいそうになる自分が怖かったのです。 
けれど、自から白哉様を避ける事もできずにいたのです・・・・。

だから、私は 白哉様が 呆れてもう二度と私などに関わり合わぬように 
瑠璃奈の事を 自身のことをお伝えしました。
心が 鉛のように重く冷たくなっていく 痛みに耐えて。
 
何故・・・・・、棄て置いて下さらぬのか・・・・・・・。

すごい速さで戌吊に向かう白哉様の胸に抱かれながら、私は自身の感情に
白哉様の突然の同道に戸惑っていました。



以前に守坂様が あの当時、赤っぽい髪の女性が瑠璃奈らしき赤子を連れていたのを
見たという話を聞き込んで下さっていたので その話を元に事前に調べられた名簿の
明るい髪・赤い髪の女性のいる地域を北から南へと戌吊中訪ね歩いていました。
私だけが知る瑠璃奈の魂魄ともう一振の懐刀『陽の羽衣』の霊絡を探したのです。

何の修練もしていない私の霊力では 探査範囲が狭いため何度も何度も少しづつ
移動しては探す。
そんな繰り返しでしらみ潰しに瑠璃奈を捜していました。

探査している間は、無防備になってしまう私を白哉様と守坂様が黙って見守って
下さいました。


緋真しかその赤子の魂魄を知らぬゆえ仕方ない事だが、修練をしていない緋真が 
何度も何度も繰り返し探査していた。  
これで屋敷に戻った時のあの憔悴が 理解できる。
そのあまりに真剣に必死に探す様に どうみても疲弊、憔悴している緋真を何度も
止めさせようとした言葉を飲み込まざるをえない。

守坂も緋真を気遣い何度も 休むように勧めたり、言葉を尽くしている。
だが、昼を少し過ぎた頃、私は緋真の顔色の悪さ その悄然とした様子に見ている事が
耐えられなくなり、緋真を無理矢理抱かかえると、屋敷に連れて戻る。


「これ以上の探査は認められぬ。 緋真。
 自身の身体を壊しては何もならぬであろう。」

そう言って 緋真の居室となっていた離れに結界を張って 閉じ込めた。
その結界の内で緋真は必死に扉を叩いて抗議し、嘆願していた。

急に帰った私達を追ってきた守坂が 私に会見を申し入れていたので緋真を
そのままにして、受ける事とした。

そこで初めて私は緋真の全てを知る事となる。

死して百年魂魄のまま現世にいた 西京極家(尸魂界でも名家)の娘である事。 
命を賭してまで生まれて間もない妹を護る事に執着していた事。
その妹の預けた先が襲撃されて行方不明となり、その事にさえ責任を感じている事。

尸魂界の西京極家で、遠い祖先にあたる、誰も近しい者などいない緋真は 五年間も
幽閉されていた事。
(多分、勝手に戌吊に捜しに出てしまうのを防ぐ為と政略結婚をさせる為に)
守坂と駿河屋と母(朽木の蜘蛛)が謀って、其処から勝手に連れ出した事。
 
事前に調べられたあの名簿は 朽木の独自の紙に 見覚えのある蹟で書かれており、
その男を動かせるのは やはり『母』だけであり 事情など知らぬという嘘を私に
知らしめていた。

守坂から語られた話は 母が緋真の事情を知っていた事以外の全てが私を
驚かせる話だった。
何より愕然とさせられたのは 緋真が懐剣(斬魄刀)を創り出していた事だった。
緋真と出会ってから この二年間に緋真の霊力があれほど急激に低下していた理由を
ここに知る事となる。
通常、斬魄刀は持ち主と共のあらねばならぬもの。  
それを無理に二つに分かち、その一振りを遠く自分以外の者の元にあれば、持ち主の
霊力の削ぎ方は 通常の何倍にもなる。
命を削るような、致命的な霊力の消失の早さだ。

守坂は それゆえ緋真を救うためにも妹の瑠璃奈、もう一振りの斬魄刀(陽の羽衣)を
探すのを止めさせないで欲しいと嘆願しに来たのだ。  
最後は 泣きながら請う様が守坂の緋真に対する気持ちを私に知らしめ、私の中の何かが 
熱く揺らいだ。

「もう良い。 分かった。」

そう言って私は この守坂との会見の終わりを告げた。 
重ねて緋真を連れて戌吊に向かわせて欲しいという守坂の言葉を無視して、その部屋を
退出する。


私は 緋真の居室に向かった。
置き捨てられたそのままに 緋真はその場に泣き崩れていた。 

私は 中から再び結界を張ると、最早抵抗する気力もないほど 消耗していた緋真を
無理矢理抱いた。

ただ 静かに涙する緋真を 自分でも驚くほどの荒々しさで

全ての事情を知っていた守坂に嫉妬していたのか
そんな守坂と戌吊で毎月何日か過ごしていた緋真を赦せなかったのか
実の母でさえ、子供に愛情を持たぬ者がいるのに、赤子とはいえ妹を
命を賭してまで護る事を決めた緋真を 壊したかったのか

いつしか私の心の中で大きな位置にいた緋真が 私にはきちんとした
真実ではなく、誤解するような言葉でしか事情を伝えなかった
緋真に対する怒りをぶつけたかったのか

後に何度も自問した
それら全ての感情に翻弄されていたのやもしれぬ

だが、間違いなく私は 緋真を無理矢理抱いてでも、霊力*を与えて
自分の手の内にとどめておきたいほど 緋真を失いたくなかった!
それほどに心惹かれていた





  注* このサイト内では 霊力の譲渡に 斬魄刀を使う方法 (ルキアが一護に使用した)と  性交(キスも含む)によっても霊力の譲渡ができるという 設定が勝手に捏造されてます。       参照:『理吉2』『流れ落ちた愛』