戌吊



俺たちが 初めてルキアに逢ったのは戌吊でも最も治安の良くない地域だった。 
この地域ではたとえ子供でも・・いや、むしろ子供だからこそ弱いものは嬲られて
殺されても誰も助けないし、そんな事に感心を持ってくれる様な「人」など
いなかった。 
ただ弱いものは蹂躙され痛めつけられて、半殺しのまま生き延びるか息絶えて、
霊子の塵となり輪廻の輪の中に取り込まれていくかしかなかった。

こんな糞みてぇなこの地に暮らす俺らの心は荒んでいた。 

そんな場所で誰がまともに生きていこうと思うだろう。 
俺らは どーせいつか殺られちまうんなら、と欲するがままに奪い、糞みてぇな
大人どもを遣り込め、出し抜いてスリルを楽しみ、強がる事で自分の中の
【いつか また必ず訪れる死】への恐怖を覆い隠して暮らしていた。

仲間の話を纏め、裁定権を持っていた俺がいわゆる頭で、慎重派で計画を練るのが
好きな総十郎が参謀役。 
どこからとも無く面白い情報を聞き込んで来る目端の利く良平と自分の食欲のために
俺らを焚付けるお調子者の大吾。
この四人の計画に今までに失敗は無く、だからこそ生き延びてきた。

あの時までは・・・・・・。

あの日、水不足だからといって水をすっげえ高い値段で売っていた水屋から水を
盗むという俺等の計画は、本来あんなに必死で逃げ回る筈じゃぁはなかった。 
俺等の調べでは あの時間帯にいつも店番をしていたのは愚鈍な太った男一人
だったからだ。 
だが、何の因果かあの日に限ってあの身軽そうで凶悪なヤツも店の奥にいたのだ。
あの時、ルキアが 手(実際は足だったがな・・・。)を貸してくれなければ、
大吾か仲間全員が 確実に
半殺しか殺されていただろう。


俺等とルキアは ヤツを完全に撒いたのを確認すると街外れの川に架かる橋の下の
俺等の塒まで来ていた。  
着いた途端に誰からとも無く笑い出して、しばらく何がおかしいのか俺たちは 
息を切らせながら、馬鹿みたいに笑い続けていた。 
笑いながら、俺は抱えていた水瓶を置こうとして、指が強張って動かない事に
気が付いた。 

(無意識に水甕をそんなに強く掴んでしまうほど、久々に 目の当りにした
「死の恐怖」に動揺しているのか・・。
 安全な場所の今が その安心感が 俺達を笑わせているのか・・・。)

途端に俺の笑いは 苦いものに変わり、咽喉がカラカラに渇いていることに気付く。 

「さあ、せっかくだ! 戦利品でも飲もうぜ!! あんなに走らされたからな!!」

俺は 皆に動揺を知られたくなくて わざと明るく、大声で言った。 

そして戦利品の水を適当な容器に入れて配っていたところ、普段俺達の間で
聞いたことの無い言葉を耳にした。 

「ありがとう。」

良平に水を手渡されたルキアが そう言って微笑んでいた。 

今だに忘れられねぇ、その笑顔。  ここに来て初めて人として綺麗なものを
見たと思った・・・。
カサカサに乾き、ひび割れ欠けていた俺達の心に この感謝の言葉は 
潤いと欠片を埋める何かがあった。 
この糞みてぇな戌吊で初めて聞いた感謝の言葉と綺麗な笑顔が 俺らの心に
強く響いた。



正直、女を仲間に入れるってのは 元来、俺は気がすすまなかった。  
足手纏いにしかならないし、面倒くせぇ事をあれこれと言いやがるし、
大体が騒乱の素になる。 そう思っていた。
実際、俺がいた現世ではそうだったから。

だが、ルキアと名乗ったこの少女は 女らしさの欠片もなければ、仲間内で
初めて俺に逆らい、力が弱えぇくせに
合気道ってヤツを教わっていたとかで組み合わせずに人の急所を突くという
変わった戦い方を知っていた。  
そのくせ、今までどんな生活していたんだってくらい日常生活については 
知らねぇ事だらけの変なヤツだった。

金の事 つまり買うことや、店、専門店があるって事 井戸の使い方、 
町の地理、 果ては 川には魚がいるってそんな当たり前の事すら 
知らなかった。 
そんな馬鹿を一人で放置する事も出来なかったし、何より俺達は 
ルキアの笑顔と『ありがとう』の言葉が聞きたいがために追い出さなかった。


ルキアが仲間になってからも俺たちは 食料なんかの必要な物の
盗みはした。 
けれど、性質の良くねえ危険なヤツがいる時間や場所を避けたり、
今までみたいなスリルを楽しむための盗みはしなくなっていた。 
俺たちは 何も知らないルキアに いろいろ話して聞かせて、
いろいろ教える事で、ルキアが大きな瞳を輝かせながら素直に驚いたり、
笑ったりする そんな一緒に過ごす時間の方が 楽しかったし、誰も口には 
出さなかったが、誰もがそんなルキアを危険に曝したくないと思っていた。

そんなある晩、尸魂界に来る前の前世の話になった事があった。 
俺は寒い港町の密輸出入を仕切る外国カブレしたヤクザの総領の次男坊
だったし、総十郎は偉い役人武士の末っ子で、良平は大きな商家の一人息子、
大吾は 農家の長男だった。  
俺たちに共通するのは 皆 我侭放題で傍若無人に暮らしていたって事。  
ある意味戌吊に連れて来られたのも仕方が無いよな・・・・なんて、
俺たちが前世でした悪さの数々を言い合って 
笑い合っていると一人 ルキアが怪訝な顔をしていた。 

「でさぁ、ルキアちゃんは 前世ではどうだったの?」
「すまぬが、私は 尸魂界に来た時、赤子だったそうだから 前世の
 記憶が無いのだ・・・。  
 皆は 本当の家族の記憶があるのだな・・・・・。」

そう言っていつに無く寂しそうに微笑った。

「てめぇは、尸魂界で優しい養親 てつじいと眞尋ってのに育てられたって
 言ってたじゃねぇか・・・・。」
「そうだな・・・・。 
 今はお前達が居てくれる。 私は恵まれている・・・。」

そう言って 静かに幸せそうな微笑みを俺たちに向けた。  
この瞬間、俺達は家族になったのだと思う。 ルキアを中心にした家族に。







  12/10/2007