戌吊 2 


出会ってから二週間ほど経ったその晩。 
いつもならとっくに寝ているはずのルキアがまだ起きていた。
基本的にルキアは早寝遅起きで、慣れない生活で疲れるのかよく眠った。 
だが、その晩は何故か起きていた上にそわそわと何か様子が変だった。 

「恋次、総、良平、大吾 頼みがある。 
 このまま静かにここを出て 黙って共に上流に行って欲しい。」
「ルキアちゃん、どうしたの? 外は真っ暗だよ。 
 こんな時間に外に出て行くなんて危ないよ。」

良平が言い、大吾が続けて言った。

「そうだよ。 何か要る物があるなら、明日の朝に皆で採りに行こうよ。」
「ダメだ、今すぐだ。 頼む。 私の言う事を聞いてくれ。
 なにか嫌な感じがするんだ。 今すぐ行こう。  頼む。」

その真剣で只ならない様子に気付いた俺と総は目配せをして頷く。

「分かった。 出よう。」
「え〜〜、総ちゃん、なんだよ。 
 俺はもう眠たいからヤダよ〜〜。」
「煩せぇぞ。 いいから早く出ろよ。」
「何だよ、恋ちゃんまで。」 

良平が ルキアの手を繋いで小屋を出て行くのを横目で見ながら、
俺は愚図る大吾のケツを蹴って小屋から押し出した。



小屋の明かりが 小さくなる上流まで歩いて行った時、俺たちの
小屋から食器の割れる大きな音が響いたのが聞こえた。  

「おい、餓鬼共が居ねえじゃねえか?!」
「ウルセエ!! この小屋が赤髪とその仲間の根城なのは間違いねえんだ!! 
 小屋ん中、隠れてるかも知れねぇ、捜せ!!!」
「見つけたら、確実に殺れ!!  奴らに思い知らせてやれ!!」
「ひゃーはっはっはっは、 出て来いよ!! 可愛がってやるぜ〜〜!!
 おい、アイツ等が連れ歩いてる黒髪のチビは オレにくれよ。」

「おめえ、趣味悪りぃな。 あんな餓鬼で遊ぶのかよ!! 
 オイ、あっぶねえな!! 鉈を振り回すな!!」

「煩せえな!! おりゃあ、小せえガキを痛ぶるのが好きなんだよ!! 
 ちきしょー!!  どこにもいねえじゃねえか!!
 どこ行きやがった!!!」 

3人の男達の叫ぶ声と小屋の中を派手に叩き壊す音が響いた。




「くそ!!! あいつら!!」

そう言って来た道を戻ろうと駆け出そうとした恋次の胸に何かが当たった。 
見るとルキアが俺の胸にしがみ付いていた。

「ダメだ! 恋次、行くな!! 夜はダメだ!!  絶対行くな!!」
「てめえ、何やってる?! 放しやがれ!!
 俺達の家が荒らされてるんだぞ!!
 遣られっ放しのままでいいわけねえだろ!!」

肩を掴んで引き剥がそうとして、触れた肩の細さに内心驚く。 
いつも俺に対等に立ち向かって来るヤツがこんなに細く力を入れれば
簡単に折れそうな肩だとは俺はこの時まで知らなかった。

「ヤダ!!  
 てつじぃだって、眞尋だって強かったのに、夜戦うために出て行って
 戻らなかった!!  
 どうしても行くなら私が行く!!」

そう言うとルキアは 走り出そうとする。 

「馬鹿!! 止めろ、てめえになんとかできるわきゃぁ、ねえだろ!!」
「そうだよ、ルキちゃん。
 それに恋ちゃんだって、もう行ったりしないから・・・・。 ね、恋ちゃん。」

総十郎が、そう言って俺の袖を引っ張った。
ルキアも俺の襟を掴んだまま、確認するかのように大きな濡れた瞳で俺を
見上げている。

「////// 分かったよ!  行かなきゃいいんだろ!! 
 よく考えたら、ヤツ等が 壊したものなんか、別に大した物じゃ
 ないからな!!」

俺は 訳の分からない照れくささから、ルキアに背を向けてそう言い放った。
後ろでは 総と良平が何かルキアに言って慰めているようだ。  
ふと気付くと 大吾もルキアに何か言いたかったのだろう。
だが、ただ三人の様子を悔しそうな顔をして見ていた。 
きっと俺もあんな顔をしているに違いない。



それから俺たちはこれからの事を話し合った。 
どうも俺の髪の所為で俺たちは 目立ってしまい ここいらの大人達に
目を付けられたらしい。
もう、この家もバレてしまった事だし、ルキアが もしかしたら 
森の中の木の上に置いてきた荷物の中に金があるかもしれないと言うので、
明日それを確認して、あれば、戌吊の中心部の大きな町に、
無ければ、山の中でとりあえず自給自足しようという事になった。 
ルキア曰く善い事をして、または悪い事をしないで普通に暮らしていけば
(徳を積むっていうらしい。)、もっと治安のいい区域に移動できるように
なれるらしい。  
つまり、盗みをしないで暮らそうって事だ。

その晩、俺たちは そのまま川原で寝た。 
家を荒らした男たちが散々暴れていた音が止んで去った時、ルキアが 良平に
寄りかかって総十郎に手を握られたまま安心したようにうとうとしていたからだ。






翌朝の早く、俺たちは ルキアの叫び声で目を覚ました。 
朝靄煙る中、ルキアは俺たちから少し離れた川原に立って 土手を見上げていた。
そこには 全身傷だらけで顔の判別もつかない程、誰かに殴られた大吾が
よろよろと降りて来ていた。 
大吾は ルキアに気付き、笑ったみたいに顔をゆがめるとその場に倒れた。


「・・・・ごめんね、ルキちゃん。
 へへへ・・・俺、失敗しちゃ・・た・・。
 ・・・・ここを離れる前に・・ルキちゃんに・・・を食べ・・・させ・・・・。」

駆け寄った俺達、いや、ルキアにそう言うと大吾は目を閉じた。  
大吾は ルキアに何かを食べさせるために一人で盗みに行ったが 失敗して
半殺しの目にあったようだった。

「ばか者!! 何を言っているのだ?! いったいどうしたを言うのだ?」

もう動かなくなった大吾に縋ってルキアは 呼びかけている。
悲痛な声で・・・・。 

「大吾、何で目を覚まさぬのだ?!  寝てる場合ではないぞ!! 
 何があったのか、きちんと話せ!!  
 大吾!!  どうしたのだ? 大吾? 大吾?!」
「もう、止めろ。 ルキア。 大吾は死んだんだ。 静かに送ってやれ。」

俺はその悲痛な声を聞いている事に堪えられず ルキアに引導を渡した。

「何を言っている、恋次・・・・・・。 
 だって・・・・ だって・・・・大吾は私と約束したのだぞ。 
 春になったら、花輪の作り方を教えてくれるって。 
 花の名前も虫の名前も・・・たくさん教えてくれるって・・・・言った!
 約束した!! ・・・・約束は ・・・守るも・・・のだって・・・
 教え・・・くれたの・・・だい・ご・・・・・・」 

大粒の涙が後から後から頬を伝い、もう言葉を続ける事もできない・・・。


大吾の体がさぁっと霊子の塵となって消えてしまっても、アイツの着物を
抱いて泣いていた。
わあわあと 声を上げて、まるで小さな子供のように。

この時まで、戌吊での俺等の命なんて虫けらと一緒で殺されても
ただ その場に打ち捨てられるだけだと思っていた。  
俺達の死にこんなに悲しんでくれる人が いるなんて・・・・・、
俺たちとの他愛の無い約束(未来)をこんなに大事に信じてくれる者がいる
なんて・・・・・思いもしなかった。  
約束なんて俺は信じちゃいなかった。  
そんなもん信じるなんて馬鹿な事だと思っていた。  
だが、コイツに何か約束してしまったなら、守ってやるか・・・・
俺は 大吾の死で思考が 呆然しているのに 頭の片隅ではそんな関係の
無い事を考えていた。

俺たちはかける言葉も無く、ただルキアの傍らに泣き止むまで佇んでいた。


俺たちは ルキアの荷物を取りに行き、その中に金があるのを確認すると
大きな町に行く事に決めた・・・。



山越えをして、途中の崖から俺たちがこれから向かう町が 丁度見下ろせる
場所で休んでいると 突然 良平がここに大吾の墓を作ろうと言い出した。

ーー俺は 墓なんかここ[尸魂界]じゃ、何の意味も無えだろーー
そう言おうとしたが、止めた。

たぶん、良平はルキアのためにそう言い出したと気付いたからだ。  
ここに来るまでずっと大吾のぼろぼろで泥と血だらけの着物を抱きしめたまま
ルキアは無言で歩き続けていた・・。
途中、俺達の誰が 話しかけても気の無い返事しかしなかった・・・。

そんなルキアが 初めて反応した。

「・・・大吾の・・・墓って・・・?」
「墓っていうのは・・・・う〜んとそうだなぁ、死んだ人に生きている人が
 話をしに来る場所って事かな。
 ここに大吾の着物を埋めるんだ。 すると、ここが大吾の墓になる。 
 だから、これから大吾に何か話をしたくなったらここに花を持って来ればいい。
 そうするとね、大吾からも俺たちのこれからの暮らし振りが見てもらえる
 ようになる・・・。」
「・・・そうか・・・・。  ここは見晴らしの良い場所だな・・・・。」

そう言ってルキアがすこしだけ微笑んだ。
その微笑を見た途端、それまではすっげえ冷ややかな顔で良平の話を聞いていた総が

「なんか掘れるような物を捜してくる。」

と言って駆け出した。 

俺達は自分達がそんなに知識も無えくせにルキアに埋葬や葬儀について
話して聞かせながら、墓を作り、花を供えて手を合わせた。
その頃にはすっかり空は夕焼けに赤く染まっていた。


意を決して、俺はルキアの前にしゃがむと 今まで気付かない振りをして
言わないでいた事を言う。

「おら、背負って行ってやる。 お前に合わせて歩いていたら、
 夜中になっちまう。」

俺の予想に反して、意外に素直にルキアは 俺の首に手を回して、 
大人しく背負われた。
前の養父の家ではほとんど外に出た事は無かったと言っていた。
それが裸足でこんなに長い距離を歩いたために、その小さな白い足から
血を滲ませていた。
限界だったのかもしれない。

「恋次、すまぬ。 世話をかける・・・。  ありがとう。」
「・・・うるせぇ。 俺は早く町に着きたいんだよ。」
「・・・ふふ・・。 恋次は優しくて、暖かいな。 
 この夕焼けみたいだ。
 お前の髪みたいに綺麗だ・・・。 
 てつじぃが教えてくれた。
 緋色って言うんだって。  
  火色が・・・燃える火の色っていうのが語源なんだって・・・。  
 私の大好きな色・・・・。  
  恋次・・・いつも傍にいてくれて、ありがとう・・・・。」

俺にだけ聞こえるような小さな声で 訳の分からない事を俺の返事なんか
関係無く言うだけ言ってしまうと、規則正しい寝息が 俺の背中から
聞こえてきた・・・・。

(バッカ野郎!!!  何でコイツは今この時にそんな事を言うんだ!? 
俺のこの髪の所為で俺たちは ねぐらを追われた。  
俺はこの髪の所為でガキの頃からからかわれたり、無視されてきた。  
今まで誰一人褒めたヤツなんか居なかった。 
これ見よがしに伸ばしちゃぁいるが、これは俺の劣等感の裏返しだ・・・。
それをこいつは・・・・!!)

俺は 言い様の無い感情に泣きそうになっているのを他のヤツラに
悟られたくなくて、足早に歩いた。








  恋次の緋い髪について妄想したら、ハーフかなぁって。  だから、体躯がたいも いいのかなぁって。  ちょっと妄想しちゃいました。 本編のお顔はモロ日本人、ちょっとサル系・・・・。 いやいや、そんな・・・。 恋次大好きです。 余談ですが、いや余興ですけど。恋次好き度チェック!で 2問間違いの13位でした。  良かったらお試しくださいね。 色についてはLe moineauさんのー色ものがたりーの 赤系の色を参照しました。 色に関してとても詳しく参考になります。 12/17/2007