亡 失 



四十六室からの指令を受けて 西流魂街十一区「鬼婁野(おろの)」に
あるその村に六番隊の隊長・副隊長 隊士十名ほどが着いた時、あまりの
惨状に全員が言葉を失い、半数の者は 隊列を離れ、嘔吐した。

辺り一面に広がる鼻を衝く悪臭は 鉄臭さと破られた内臓から発する生臭さと
アンモニア臭だった。  
飛び散ったどす黒い赤い塊と液体。  
その中にところどころ浮かぶ白い肉片。  
苦悶に歪んだ顔と悲鳴と呻き声。

高く悲鳴が響くその中に一人血にまみれたその男は傍の女の胎から
取り出した腸を手に持って哂いながら立っていた。  

その周りをカラスと犬達が 内臓を 目を引きづり出して喰いちぎっていく。

この惨状が作り出されてからそれほど時間は 経っていないのだろう。  

数十に及ぶその元人間達は そんな状態なのにも関わらず、生き永らえて
いたために霊子の塵として消える事も出来ず、ただ苦痛に身悶え、呻いていた。

「・・・・酷え・・・・・・。」

恋次は 眉を顰めて ただそう呟いた・・・・・。
いつもその表情を変えることのない朽木隊長もさすがに 顔を歪めていた。
その中央に立つ男は 同じ六番隊の七席であった。  
確かに少し短気なところのある男ではあったが、愛妻家で 義理・情に厚く 
涙もろい人望のある漢だった。

手に持っていた腸を投げ、何かを呪文のように呟く男の目は すでに虚ろに
狂気を帯びて、自分を遠巻きに見ている元同僚達の姿は 映っていなかった。

この村は 彼の妻の居た村であった。 
その村に彼の妻が届け物をしたまま、帰らないので迎えに行くのだと、
隊首室に流魂街への外出許可証を取りに来た男が、照れくさそうに、けれど、
嬉しそうに朽木隊長と恋次に問わず語りに告げたのは 今朝の事だった。


高らかに狂気を帯びた哂い声を上げた後、持っていた血塗れの斬魄刀を
スラリと 天高く掲げると、男はまっすぐに自分の隊の隊長に向かっていく。

「隊長!!」

恋次が叫んで、前に出ようとするのを 軽く手を振って抑えると、
朽木隊長の姿が 隊士達の前から消えた。

元居た場所に何事もなかったように隊長が現れた時には 切りかかって
いった男は 自分の作った血溜りの中に倒れていた。     


恋次がその倒れた男に走り寄った時、一瞬の正気の目には 涙が浮かび、

「・・・・隊長、ありがとうございました。 
 これで久野と行ける・・・・・・。」

そう言って、霊子の塵となって消えた。
今際の言葉を隊長に報告すると、
「恋次、貴様と何人かでこの後の事を頼めるか?」と、聞かれた。
俺は 隊長の中に逡巡する様子を見て、意を汲み取って応えた。
「はい。 俺と犀川でいいっすか?」
「構わぬ。 ーーー悪いが頼む。」


俺は隊長の短い言葉の中にこの惨状を俺に事後処理させる申し訳なさを感じる。
だが、隊長はこれから四十六室に自分の部下の凶行を報告に行かなければ
ならないのだ。
どちらも辛い嫌な仕事になりそうだ。 
犀川を残して、他の隊士達に隊長と帰るように伝える。

「ワリィな、犀川。 嫌な役回りにお前を残しちまった。  
 お前は 何か適当な袋に土を詰めて来い。
 血の跡に土をかけてくれ。」
「・・・・・恋次さん・・・・・・。 
 ・・・どうして・・・・・・こんな・・・・・
 こんな人じゃ・・・・
 なかったのに・・・・・・。」

犀川は二人になって気が抜けたのだろう、
泣きながら恋次にそんな事を問いかけてくる。

「ーーーーさあな。
 俺にもわからねえよ。 
 もしかしたら、虚に呑まれてこんなふうに正気を失うような
  変わり方しちまったのかもな。」

同じ隊でずっと俺よりあの男を知り、あの男の凶行を信じたくない犀川は
何でもいい、何か縋るような理由が欲しいのだろう。
そう思った恋次は とりあえずな理由を犀川に伝える。    

「そうですよね。
 きっと、そうです・・・・。」

俺が 言った理由を本気で信じたわけじゃないだろうが、犀川は 
涙を拭うとそう言って 家の中に走って消えた。


俺は どう見ても全員助からないこの惨状に、犀川が戻らない
その一瞬に全員に引導を渡して霊子の塵と化してやる。
肉体が霊子の塵と消えても どうしても残る血だらけの着物や土の上の
赤黒さを犀川の持って来た土で覆う。
感情を無理矢理押し殺して、その単調な作業を犀川と無言で繰り返しながら、
俺は 頭で違う事を考えていた。



ーーーたしか、久野さんていうのは 彼の奥さんの名前だった
   『・・・・隊長 ありがとうございました。 
    これで久野と行ける・・・・・・。』

あの男は 最後にそう言った
何らかの事情で彼の奥さんは この村人の所為で亡くなったのか
または、殺されるようなことにでもなったのだろうか
たぶん、尋常ではない死に方だったのではないか
あの 愛妻家だった男を こうまで狂わせるほど
今となっては 誰からも真相を聞くことは出来ない

ーーきりきりと 胸が締め付けられる


その日、俺は十三番隊・隊舎から帰宅の為に出てきたルキアを何も言わず
言わせもせず、一瞬で抱きかかえて攫った。

人気のない丘の上でやっと立ち止まった俺に、それまでは瞬歩で
移動中であったため、しかたなく抗議の声を抑えていたルキアが
怒りを爆発させて暴れた。

「恋次!! 貴様、離せ!!
 いったい全体どういうつもりだ!! 
 離せ!と言っているのだ!!」

だが、そんなルキアに対してさえ ただ無言でルキアを抱きしめて
その肩口に顔を寄せたまま、一言も発しない俺にさすがのルキアも 
心配して様子を伺うように、訊いてくる

「・・・・・恋次、どうしたのだ?
 貴様、様子がおかしいぞ。
 何かあったのか・・・・?」

冷静になってみると、恋次が纏う黒い死覇装には鉄臭い
血生臭さを濃く含んでいた。

何も応えないまま ただ佇む恋次に 

「言わなくては何も分からぬではないか・・・。」

諦めたように優しくそう言うと、ルキアは恋次の頭を軟らかく抱きしめ、
そっと撫でた・・・・・。


ーーールキアを無情に 理不尽な失い方をするような事があればーーー
   俺もあんな風になってしまう事があるのだろうか・・・?

   狂気の渕にどっぷりと浸り、原因となったものを全て破壊するまで、
   止まらないのだろうか・・・・・・?

   ・・・・・ルキアを失う・・・・
   想像すら出来ないこと



今。 ルキアは ココにいる。  

この俺の腕の中に
失ってはいない  

腕に少し力を入れてだきしめる
絶対に失くしはしないと 存在を再確認する






ちょっと殺戮描写が 気持ち悪いかな・・・・、 やり過ぎたかな・・・って思って、『裏サイト』に UPしようかと思いましたが・・・・。  やっぱり恋ルキだから。 ありがとうございました。 Mar.22/2008