理吉 2 



その日、オレは 恋次さんに見聞きした事を報告して、そのまま恋次さんの
病室に泊まった。
夜中に用を足すために起きて病室に戻ると、同じ様に恋次さんの病室の方に
壁伝いによろよろと歩いていく小さな人影を見つけた。

オレは そのあまりに危うい様子に思わず駆け寄り、声をかけた。

「大丈夫ですか? どこに行くんですか? 手を貸しますよ?」
「有り難い申し出なれど、気遣いは 無用だ。」
「ーーあの・・・すごく顔色が 悪いですよ。 倒れそう・・・・」
「ふ・・む、大事無い。 たぶん、まだ薬が効いている所為だ。 
 ・・・・・それに 恋次だとて 怪我を負っていたのにも関わらず、
 双極まで助けに来てくれたのだ。 
 怪我一つ負っていない私が たかだかこれしきの距離を他の者の手を
 借りて行く訳にはいかぬ!  
 お気遣いだけは有難くいただく。 すまぬな。 
 ーーー蜘蛛の頭もだ! 頼む。 手出しは 無用に願いたい。」


どこからともなく 現れたその大きな影に 

(うわぁぁぁあああ。 昼間の御庭番!!!)

オレは 夜中の4番隊舎なのを思い出して、口を押さえて辛うじて
大声を出すのだけは 避けられた。
蜘蛛の頭と言われたお庭番は 少女の傍に片膝を付いて頭を下げた。 
一瞬見えたその表情は 苦しそうだった。

この少女が 『朽木ルキア』様だ!!
 
小柄で青白い相貌の華奢な少女
苦しそうに口で、肩を震わせてまで息をして 今にも倒れそうに廊下の
壁に寄りかかるように 歩いているのに・・・・。 
その猫を思わせるような大きな瞳は 毅然とした強い意思を持って輝いて
前を見据えている。

色々と噂の流れている『女の人』っていう印象の『ルキア』様と 
目の前を弱々しく歩く華奢で幼ささえ感じてしまう小さな少女の姿と
気高いプライドを持って恋次さんに向かう『ルキア』様が 
まるでイメージが合わない。

オレ達は よろよろと倒れそうに歩く癖に放たれた毅然とした言葉に
なす術も無く彼女の後ろを黙って追いていくしかなかった・・・・。

恋次さんの病室の扉の前に来ると ルキア様は息を整えて背筋を伸ばし、
今までの歩いていた姿が 嘘のように綺麗にまっすぐ立つと 
両手で自分の頬を叩いた。

「・・・・・蜘蛛の頭。 私は 病室内では 絶対倒れたりせぬ。
 必ずこの扉に戻る。 だから、病室内に立入らずにここで待っていてくれ。
 そして、すまぬが、病室を出てからは、手を貸してくれ。  頼む。」 

そう言って蜘蛛の頭に柔らかな微笑みを向けた後、毅然と顎を上げて 
まっすぐに歩き出した。

(なんて人だろう。  あの小さな身体のどこの そんな力が・・・・
 そして、なんていうプライドの高さ だろう・・・・・・。)

「−−−−あれは 万が一にも阿散井殿に心配をかけないための配慮です。」

ぼそって お庭番が 誰にとも無く そう言った。
オレには その真意は分からないけれど
この御庭番もルキア様に命をかけているのかもしれない
そんな事を思う。

ルキア様は ゆっくりと、真直ぐ恋次さんに近づいていった。
窓から漏れるぼんやりとした月明かりに 白くくっきりと浮かぶ全身に巻かれた
包帯と金具が とても痛々しい。
近づいていくと白い包帯にまだ赤い血がところどころ滲んでいるのが見えた。

寝ているから、起さないように
『生きている恋次の姿を見るまで不安で仕方がない。  一目でいいから』と
私が立ち歩くことに渋い顔した蜘蛛頭叢吾を説き伏せて来たのだ。 
すぐ戻るからと・・・・・。 

 
蜘蛛頭叢吾は 開け放れた病室の扉の向こうに歩き出したルキア様の姿を
ただ見送るしかない自分に苦渋の表情を浮かべる。  
普段 この方は何も望まれない。  
しかし、一度 こうと希望されるともう誰にも止められぬ。 
この方はご自分の身体を労う事にあまり頓着されない。
自分からすれば、あのように弱った身体で人の身体の心配などしている
ような場合ではないと思うのに。  

双極より助けられたルキア様の警護をするためにここに来て 久々にお姿を
拝見して愕然とした。  
長い間、現世に 殺気石の牢などに居たために、驚くほど霊力が削られて
あまりに弱々しく変わり果てていらっしゃった。

無理矢理 薬で身体を休ませてもらったのに、薬の効き目の弱くなった夜中に
どうしても一目確認したいとせがまれた・・・。  
断れば、鬼道を使ってでも無理をして行かれるのが 分かっていたので 
是と言って 早々にお連れして休ませたほうが 良いと判断した。 
だが、まさか自力で行かれるとは・・・・。

開けたままの扉から、阿散井副隊長の傍らに座っているルキア様の後ろ姿を 
先ほどの理吉とか言う隊士と廊下から見守る。 
微かに肩を震わせ、阿散井殿に触れようと手が何度も伸ばされては戻される。 
・・・だが、最後に手で顔を擦る(多分、涙をぬぐったのだろう。)仕種の後に
伸ばされた両手が 阿散井殿の身体に翳されると治療の鬼道を使おうと
しているのだと気付いた。 
あれは今のルキア様には 命に関わる!! 
そう思って禁を破って、部屋に踏み込もうとした瞬間。

「てめえ! 何してやがんだ、こら!」

夜中の静かな病室に突然、響いた罵声に全員が驚いた。

(うわぁ〜〜 最悪。
 恋次さん、寝起きの機嫌悪いんだよな〜〜、どうしよ。)

理吉は オロオロとそんな事を思った。






「・・・・恋次、すまぬ。 起してしまったか?」
「起してしまったかじゃねえ!!
 おめぇ、こんなところで何をしてやがんのかって、聞いてんだよ!
 そんな 弱っちい霊力の癖に 出歩きやがって・・
 おめえこそ寝てねえと拙いだろう!!」
「・・・恋次・・・・・、恋・・・・次・・」

泣きたくなど無いのに
こんなはずではなかったのに
肩が 手が 指先が 震えて、涙が止まらない
俯いて両手を強く握り締めて感情の高ぶりを抑えようとした
理屈で 気持ちの高ぶりを 抑えようとしているのに
涙を押さえようと思えば、思うほど気持ちが高ぶって
涙が後から後から溢れてくる。

ーー ショックだったのだ。
   これまで恋次が虚退治で大怪我をした事は 何度もあった。 
   けれど、私にその話が伝わる頃には もう出歩けるほどに
   回復して歩き回っていた。 
   目の前であんな風に斬られて、血を流している姿を実際に
   見た事はなかった。 
   平和暈けしているのか、私は。 
   『死神』なのだ、私達は。
   虚と戦って死んでしまう事も 別段珍しいことではないと 
   頭では理解出来ていたはずだった。 
   なのに・・・・嫌だ。 
   自分が死ぬのは怖くなど無かった。 
   だが、恋次を目の前で喪うかと思ったら 本当に怖かった・・・・。

涙を止めたいそう思うほど、止まらない。 
こんな子供みたいに泣きじゃくる自分なんて嫌なのに

「!!うあぁ!」

不意に恋次に抱え上げられた。
寝具の上にいつの間にか座っていた恋次の膝の上に抱き締められていた。 
  
「・・・・恋次・・・・」
「−−−何を泣く? 馬鹿ルキア。
 何余計な事を考えてやがる?! あぁ。」
「馬鹿とはなんだ 馬鹿とは?! 
 貴様が目の前でーーーあ、あんな風に切られるから、死、死んじゃうかと
 思って・・・・・嫌、嫌だった。 
 ・・・恋次! 駄目だからな! 絶対に!」

そう最後には 叫ぶように言って 俺を見上げるルキアの瞳からまた、
涙が溢れた 
抱き締めた小さな身体が小刻みに震えている
『ーー怖かった』
そう言うルキアに愛しさで胸が 締め付けられる。

(馬鹿やろう、喪いそうでずっと怖かったのはこっちだっつーの。) 

「バーカ、目の前で生きてっだろうが・・・・。  
 もしかして お前、俺が好きって事か?」

茶化すように聞いてやる。 
きっとルキアは怒り出すだろう ーーもう、泣くなーー

「///////恋次、 何を言っているのだ!
 そんな事私に分かる訳ないであろう!?」

(ーーーコイツ!  じゃぁ、誰が分かるっていうんだよ!!) 

真っ赤な顔で口を尖らせているルキア。 
聞いた俺が 馬鹿だった気になる。

縋るように掴んだ袷から消毒薬と血液独特の鉄の臭いに混じって
恋次の臭いがして少し安心する。

「・・・でも・・・・恋次がいなくなるのは 絶対嫌・・・・。」

やっとそう伝えられた。
でもまた何故だか涙が頬を伝う。

「俺は お前を置いて死なねえよ!  約束する。」
 
そう言って恋次が強く抱き締めて頬の涙を指先で拭いながら、
顔を寄せて来た。  そっと口付けられた。

口付けた照れ臭さから、俺はルキアの頭を胸の中に抱いて、
髪を撫でつける。
静かに泣き続けるルキアが 落ち着くのを待って、俺はずっと
聞きたかったことを聞いた。

「−−−お前さ、一護に霊力を譲渡する時、斬魂刀を胸に刺すって
 いう上級者用の方法使っただろ・・・。」
「−−−何を言っておるのだ、上級者用って。
 もっと他に初級者用の方法があるのか・・・?」

ルキアが 怪訝な顔で俺を見上げる。

(・・・・・やっぱりな・・・・・・。
 あの方法は一護に霊力がもともとあったから成功したけれど、
 普通の人間なら死んでたぜ。)

「あるぜ、知りたいか?」

好奇心から瞳を輝かせて頷くルキア。 
変わらねえな、こんなところはよ。

再び、口付ける。 
今度は深く、唇を割って舌を絡ませて霊力を少し込める。

「・・・・んぅ・・・。」

吐息さえも甘い・・・・・。

「//////  恋次!! 貴様、今、舌!  舌を入れただろ!?」

さっきまでの甘い唇の持ち主は 真っ赤な顔をして甘くないことを叫ぶ。
ぶち壊しだが、あまりにルキアらしい反応に顔が嬉しく歪む。

「お前、知りたいって言ったろ。」
「////// 言ったけど、こんな方法なんて・・・・。
 だいたい、知っても恥ずかしくって誰にもできないじゃないか!!」
「てめ、待て!  他の誰かになんてぜってぇしちゃダメだからな!!
 それにそのうちもっと他の方法も教えてやるよ。
 元気になったらな・・・・。」


廊下では 理吉が泣いていた・・・・。

「れ、恋次さん。 もうそれくらいで止めてください。 
 ホント勘弁してください。  
 もう、ホントに分かりましたから!! 
 それよりオレの命が・・・・・、
 オレの命・・・・・。」

お庭番・蜘蛛頭叢吾が 理吉をギリギリと羽交い絞めにしていた・・・・。
薄れゆく意識の中で理吉は 噂なんていい加減なモノだと思った・・・・・。






  付き合い始めのキッカケが 書かれる筈だったんですけど・・・。 なんっか違くね?!  もしかして分かり難いかも・・・ですが。 このサイトでは 霊力の譲渡は 斬魂刀を使う方法【上級編】(本編で一護にした様に)と 性交による方法【初級・中級編】って捏造設定があります。 ありがとうございました。 Feb.03/2008