新人 7
朽木ルキアが破面の胸に斬魄刀を刺すと ひび割れていた破面は見る見る間に
内側から凍りつき、ばらばらと砕け 甲高い金属音を響かせて飛び散った。
その瞬間 私たちの前に守護するように立っていた阿散井副隊長は 遠く
朽木ルキアの傍にあっという間に跳んでいってしまった。
それを合図と計ったかのように八月朔日(ほづみ)七席が現れた。
開口一番 八月朔日七席は 勝手な行動を取った私たちを怒鳴りつけた。
その後、よそよそしい異様な雰囲気の私たちに気付いて怪訝な顔を一瞬
浮かべたけれど、早々に私たちを促して穿界門に向かった。
本心では 七席も薫君も 朽木ルキアの傍に跳んで行きたかったのだと思う。
少なくとも薫君は穿界門に真直ぐ向かう事にかなり不満そうな表情を見せ、
未練たっぷりな視線を朽木さんと阿散井副隊長に向けていた。
けれど、既に命令違反で結界を飛び出していた私たちは これ以上の勝手な
行動をとって隊律を乱せば、七席を怒らせるだけでは済まない。
離隊させられると困る薫君は仕方なく穿界門に足を向ける。
薫君は 一人興奮して七席に向かって 滔々としゃべっていた。
「朽木の姫が どんなに強かったか、
尸魂界で一番美しいと言われている姫の斬魄刀の目映いほどの
白さや霊圧の強さ。
何故アレほどの霊力を 普段は抑えて暮らしているのか・・・・。」
もう 私のことなど 見てさえくれない。
新春剣術大会の褒章授与者として現れた美しいあの小柄で華奢な朽木ルキアが
コネで死神になったから内勤ばかりの平隊士なんだと思われていた
大貴族の令嬢の彼女が 本当は上位席官クラスくらい強いって事を彼は
知ってしまった。
まさに彼の理想の女性。
けれど、それまでずっと押し黙っていた八月朔日七席がぼそりと言った。
「・・・言い広めるなよ・・・。」
「何でだよ!?」
薫君は 戦場にいた興奮冷めやらぬまま、七席に噛み付いた。
そんな薫君を見もしないで七席は冷静に話しだした。
「それが 姫の御為だからだ。
・・・・・・・・・・密やかな噂がある。
本当は実力があるにも拘らず、席官でない理由はご実家、朽木家からの
圧力によるものだと。」
「何でそんな・・・!?
おかしいだろ、死神なら誰しも席官になってこそじゃないか?!」
「馬鹿! 姫を守る為だ!!」
「だけど、あの姫はそんなの望んでないだろう!?」
「阿呆ガキだな、お前は!!
間近で戦いを見ながら、何も感じなかったのか?!
お前達を庇って・・・・・
あんな・・・・ ご自分を盾にされるような
捨て駒にされるような無茶な戦い方をされて・・・、
俺は崖の上から見ていて、自身が生きた心地がしなかった。」
見上げるほど大きな体格の七席が 顔を 声を 苦し気に歪ませ、立ち止まると
両手でその顔を覆った。
「・・・あれでは 命がいくつあっても足りない。
出来れば、戦場になど出て欲しくない。
ーーーーそうだ、あの姫の望んだ事ではないだろう。
頼む! 姫のお立場もある、言い広めたりしないでくれ。」
そう言って、深く頭を下げられた。
これには薫君も不承不承頷くしかない。
たぶん、納得はしていない・・・・・・。
彼は 今『朽木ルキア』に夢中だから。
彼女の気持ちを自分に向けさせるために 攻略するために考え、努力も惜しまない。
『彼女』が ますます自分の理想通りの『凛々しく強い女』だった事が嬉しくて
八月朔日七席の言葉の意味がわからないのだ。
彼のそんな一途で 努力家のところ 負けず嫌いのところも 大好きだった。
目標を決めると そのために一生懸命になれる そのためになりふり構わず努力する。
統学院に入学した時の薫君は 今とは違って とても小柄で華奢だった。
明るい色の長い髪、白い肌にはっきりした大きめの瞳がまるで可愛らしい
女の子のようだった。
通常、制服で判別つくはずなのに 彼はよく女の子に間違われ、
からかわれたりしていた。
そんな時 彼は可愛いらしい見かけを裏切る向っ気の強さで 人数、上級生
相手構わずによく大喧嘩していた。
けれど そのうち『生意気なクソ餓鬼』『気の強い男女』として揶揄されても全く
相手をしなくなり、『剣、鬼、走、体』を相当鍛練してとうとう首席になった。
そうして 自分を馬鹿にしてた人たちをはっきりと実力で一番効果的に見返した。
3年の半ばには、今くらい堂々とした体躯になって、顔にあんな刺青まで入れて、
薫君の見かけが変わると 周りの見る目も随分変わったけれど。
「兼平達だけだ。
俺の見かけに関係なく、普通に接してくれたのは。」
きゃぁきゃぁと騒ぐ取り巻き女の子達を無視して 皮肉っぽく、照れくさそうな
笑顔でそう言ってくれた。
ーー もう薫君は忘れてしまったみたいだけれど。
私にとっては いつまでも胸の奥の宝物の笑顔と言葉だったんだよ。
薫君は まだ気付いていない・・・・・
よく知りもしない第三者を守ろうと勝てる見込みなんて
わからない強い敵に
普通は あんな風に立ち向かっていくことなんて出来ない
口にするのは容易けれど 実際は 身体が竦んでしまう
自分を守ろうと恐怖して 身体が動くことを拒否する
ーー自己防衛本能
誰だって自分が 可愛くて大事だから
自分を棄てられないから
潔いといえば綺麗だけれど、もしかしたら 朽木ルキアは
『自己と他者』『本当に大事なモノとそうじゃないモノ』の境界が
曖昧なのかもしれない
自分の命や体に頓着しない・・・・・・
大事なモノ 失いたくないモノを 身の内に持っていないのか
まだ知らないのかもしれない
その危さが その強さと脆さが 朽木ルキアの回りの人々を魅了して
やまない
いつか 本当に『大事なモノ』『失いたくないモノ』あるって事を
彼女が気付く。
それを気付かせた者が 彼女の心を得た人になる。
薫君は 気付いていない
まだ 自分の気持ちに夢中だから
理想の女性 『朽木ルキア』に夢中だから
彼女の気持ちを自分に向けさせると 攻略することしか考えていないから
私は
絶対言わない
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
Aug.21.2008