清家信恒 3


    
出身: [戌吊]  名前: [余目ルキア] 

確かに統学院から取り寄せた資料には そう書かれていた。
名前が違っていた。
緋真様は [瑠璃奈]様だと仰っていた。


清家信恒が 朽木家お庭番衆の蜘蛛の持って来た資料を見ていると

「!!! てつじぃ!!」

目を覚ました少女が驚いたように大きく瞳を輝かせて 私 清家信恒を
そう呼びながら走り寄り その背中にしがみついたのは あっという間の
出来事だった。
長年朽木家に仕えていながら、初めて背中を獲られる形となった清家と 
それを許してしまった蜘蛛頭の心中は複雑だった。
だが、普段の彼等が 相手にしている刺客のような殺意や取り入ろうという
邪心が 全く感じられなかったので 無理からぬ事と苦笑するしかなかった。 

ただただ、純粋に再会を喜び、懐かしさで清家の着物を掴んだまま泣き
じゃくる少女に清家は ゆっくりと向き直ると、

「お嬢さん、どうやらお人違いをされているようですが・・・
 ・・大丈夫ですかな。」

先ほどの好々爺然とした穏やかな顔で宥めた。

「−−−!! ////////   ・・・・・・す、すまぬ。
 ・・・・ずっと安否不明だった養親の魂魄に 
 とても似ていたゆえ・・・・非礼をお詫びする。
 ・・・・・申し訳ない!!」

すごく驚いた顔をした後、感情を無理やり押し殺したような痛々しい
様子で慌てて清家にそう告げ、少女は頭を下げると足早にその場から
離れようとした。
だが、動揺したまま慌てて離れようとしたために、少女の足は縺れ
尻餅をつきそうになる。
清家は その老齢な姿からは似合わぬ素早さで少女の腕を捕らえ支えた。 
見上げられた濡れた大きな瞳は、混乱と驚愕を伝え、掴んだ腕は 
小刻みに震え なおさら少女の動揺を露わにする。

(・・・・・本当に戌吊で育った方なのだろうか。 
 異性も知らず どう見てもスレたところも見受けられない。
 だがあんな過酷な地区を生き抜ける程の力強さを持っているとも
 思えない。
 今のこの行動さえ、我々の素性を知っていて、取り入るための演技とは
 とても思えぬ・・・。) 


ルキアは 今の動きで身体に衝撃が走り、腹を押さえて苦悶の表情を
浮かべて 自分に起こった事を思い出す。

(意識を失っていた間に自分はどうなってしまったのだろう。
 あの馬鹿ドモは 自分に何を求めていたのだろう。)

清家は 腹を両手で押さえて、真っ青な顔で震え出した少女を 
ゆっくりと椅子に促すと 温かなお茶を差し出した。

「大丈夫ですよ。
 貴方が気を失ってすぐに我が主人が 貴方を連れて行こうと
 していた者達を教室に追い払いましたから。
 貴方はその打ち身以外は何もされてはいませんよ。」
「そうですか・・・・・、すみません。
 ありがとうございます。
 ぜひ、助けて頂いた方にもお礼申し・・・上げ・・・・・。」

みるみる涙が溢れてくる。 

強くなるためにここに来たのに・・・・・。 私はまだ弱いままだ。 
戌吊出身の『女』で『弱い』まま だから、あんな輩に目を付けられたのだ。

「・・・・申し訳ありません。
 お見苦しいところをお見せてして・・・・・。」 
「私は 清家信恒と申します。
 ある方に仕えている侍従ではございますが、もしよろしければ
 この爺めに話をしてみては 下さらんかな?
 伊達に長くは 生き永らえては おりませぬゆえ。」

そう言って微笑みを浮かべる人の良さそうな信頼できそうな人、
何よりとても『てつじぃ』に良く似た魂魄につい重い口を開く気になる。 
ルキアは 何より一人抱えていたその重荷を下ろしてしまいたかった。 
たとえ解決しなくとも・・・・・。

「はい、私は 死神統学院二年の余目ルキアと申します。
 実は どうしたらいいのか分からないのです。 
 同級生の中に貴族の者達がいるのですが、彼等は 私を戌吊出身者だと
 見下しているのに 流魂街出の私が何か特別な事が出来ると思い込んでいて
 何かをやらせたがっているのです。 
 ・・・・ただ、その・・・・・頼み方があまりに その、・・・
 ・・こんな言い方をしては 失礼かもしれませぬが なんとなく気持ちが
 良くないので 今までよく話も聞かずに逃げていたら、このような
 強引な方法をとってきたのです。」

幼い少女のこの話を聞いて、清家信恒も 部屋の隅にいた蜘蛛頭も 
ものすごく驚いた顔をしてしまった。
特に朽木家の遣り手の侍従・清家信恒は 予想外の少女の言葉に返す言葉を
失い、普段の彼からは あり得ない程、しどろもどろに言葉を繋ぐ。

「・・・・・そ、そう・・・ですか・・・・・。 
 え・・・・っと それは その甚だ、困った・・・・状況に
 いらっしゃいますな・・・・・。」

そんな清家の困った様子に ルキアは自分の話の仕方では あまりに内容が
漠然としている事に気付き、謝った。

「申し訳ありませぬ。
 このような話では返答に困りますよね・・・・・。 
 そうですね。
 明日にでも、彼等に直接 どうしたいのか よく話を聞いてみます。」

清家は 部屋の隅で笑いを堪えて肩を震わせている蜘蛛頭を一睨みすると、

「いえいえ、そのような事は ありませんよ。
 それに彼等に聞くというのは どうも得策ではない気がいたしますな。
 よろしければ、戌吊出身だから特別だと思い込んでいるようなので戌吊の
 話をしてくださいますかな?」

ルキアは 實時と眞尋の養親の事。 
恋次や総十郎、良平、大吾との暮らした戌吊の話をした。


清家信恒は ルキアが語る話の中で この少女を理解する。
この方は 戌吊という過酷な環境の中にいながら、それを不満とせず
受け入れ、常に周りの人々に感謝して、守ろうとしてきたのだ。 
それゆえに周りの者に愛され、守られて来たのだと。
朽木家が あの戌吊で法外な報奨金を付けて尚、何故 見つけ出せな
かったのかを理解した。
生前の緋真様に この少女を会わせてさし上げたかったと 悔恨の念が
胸を締め付けた。 
あんな過酷な環境でも緋真様の瑠璃奈様は こんなにも心美しくお育ち
だったのだと お知らせしたかった。

今更、此処で下衆なモノドモに渡す訳にはいかないと清家信恒は決意した。  



すっかり清家に心許してイロイロな話をして、一人抱えていた悩みを
吐露した事でルキアは 少し気持ちが軽くなった。 
何度も辞退したが、結局彼等に寮まで送ってもらい 久しぶりに
ゆっくりと眠りにつく。 
あの馬鹿ドモの嫌がらせは あの老人に話したところで止みはしない
だろうが、また明日から今までのようには 諦めずに頑張れる気がした。



ルキアを送っていった清家信恒と蜘蛛頭は 見せつけるようにルキアの
いる寮の周りに朽木家の警護の『蜘蛛』を置き、ルキアから聞いた話の
裏づけを取るために更に戌吊に『蜘蛛』を散らせた。
清家信恒は 当主朽木白哉様に ルキア様から聞いた話と医者の見解、
四人組についての『蜘蛛』からの報告をお伝えした。
そうして、清家は 念の為 阿散井恋次に会いに行った。


彼は 丁度、統学院の医務室から早退したルキア様を案じて、統学院の門を
慌てて走り出るところだった。
ルキア様が 仰った通り緋い髪を後頭部で派手に括り上げ、眉に変な刺青を
入れていたのですぐにわかった。 
呼び止めると、いかにも流魂街・戌吊出身の品のない口調で 目つきの悪い
怪訝な顔を向けられた。

「はぁ、確かに俺が 阿散井恋次っすけど。
 何か?  俺急いでるんスけど・・・・手短に願えませんかね?」
「申し訳ありません。
 余目ルキアさんのことで少しお話があります。
 お時間いただけないでしょうか?」

『余目ルキア』の名を聞いた途端に彼の顔色が変わり、警戒と保護者然とした
強い顔になる。
それだけ大事な存在なのだ。 
ルキア様から聞いた話以上にあの少女は 大事に守られていたのだと思う。

さて、この金では動かないだろう男の琴線に触れる泣き所は何処だろうか。 
好々爺とした顔で清家は 考えていた。




  ルキアと清家信恒は 少し仲良・・・いやいや、 信頼関係が 築けたのではないでしょうか・・・・。 緋真様激似の容姿で予想外の言動をとるルキア相手だと、 流石の清家信恒もいつものように冷静な対処できないようです。 幼いルキアに庇護欲をかきたてられたっぽい清家信恒。  もうちょっと続きます。 Mar.09/2008