養父二人



養父二人



ルキアの記憶の中で一番古いのは たぶん一歳くらいで昼寝を
していたところを二人の養父の一人ふんわりとした長い銀髪の實時さねとき、
「てつじぃ」に起こされたというものだった。

「ルキアー ルキアー さあ、仕事が 終わったぞ!
 遊ぶぞ! ルキアー、ん〜〜〜。」
「實時様 ルキアは今 お昼寝中ーーー。」

もう一人の養父である眞尋が追いついた時には すでに遅く 
寝ていた小さな体が抱き上げられ頬擦りされて、ルキアは 實時の
大柄な体の中で大暴れをしながら泣きじゃくっていた。

「てちゅ、やぁ・・ ぅええ・・
 まひろ〜 ま、ひっ・・ ぅえっ・・・」

追いかけて来て、諌めた緋い髪の細身の若い男に 小さなルキアが
顔をくちゃくちゃにして大泣きしながら 両手を伸ばして助けを求める。
實時は ものすごく面白くなさそうな顔をすると、やっと歩けるように
なったルキアを眞尋のもとに行くことができるようにそっと置いて 
手放すと、拗ねたように言う。

「ルキアは 女の子で泣き虫だ。」 
「ーーー實時様!!」

途端に美しい眉を歪めて眞尋が 咎める。

「////////・・眞尋・・・・。 
 悪かった、そう睨むな。 
 ーそうだ、おやつに しよう。 
 な、たしか桃が あったであろう!?
 ルキア 私が ももを 剥いてやる、な。」

 「っく、  ・・もも? しゅき  てちゅ もも もも・・・」 

単純な私はすぐ食べ物で誤魔化されて、今度は實時殿の膝に
移動して二人に 爆笑されるのだ。
私は本当に二人の養父が大好きだった。 
大柄で私に対する扱いもぞんざいだが、いつも私を驚かせ、
楽しませてくれていたのは「てつじぃ」
(他の者が實時殿と呼んでいたのに何故私だけがそう呼んでいたのか
解らない・・・・・)だった。
見かけ通りの繊細さと優しさで包み込むように愛情を示してくれ
たのは眞尋だった。 

今、思い起こしてみても あの二人は 「てつじぃ」のほうが 
「實時様」と眞尋に呼ばれていたのだし、道場で合気道の組み手を
教えていた師範は 「てつじぃ」だったから「てつじぃ」の方が
偉くて強いということになるはずだが、私と居る三人の私生活では 
いつも眞尋のほうが 強くて大人だった。

私達の生活は 實時殿が午後の何時間か教えている合気道で支えら
れていた。
   それ以外の時間は 朝のかなり早い時間から二人は剣舞の稽古をしていた。
(私は寝ていたので4歳ころまでこの事を知らずにいた。)
起きてきた私と一緒に食事を摂る以外と午後の護身術を教える時間帯
以外は 道場で私も交えて剣舞の稽古をした。 
二人の養父の一日のほとんどの時間は剣舞の稽古をすることに費や
されていた。 
今考えてみれば、一般的な日常生活とはかなり懸け離れた生活だったようだ。

(後に恋次に「お前ってホント何も知らないのな・・・いったい
 どういう生活してたんだよ。」って呆れたように言われた・・・・。)

私は 二人から剣舞の稽古をやれとかやるなとか一切言われた記憶がない。 
だから たぶん一人になりたくなかった私が自然と稽古に加わったのだと思う。

普段私に対してすごく甘く優しい二人だった。 
養父同士もお互いに信頼し常に仲良く甘い関係だったが、稽古中は
全くの別人で、全くの他人のようだった。 

ただ、心を虚無にして繰り返し繰り返し舞い、気を発し、時に戦う
ように挑むように剣を交えて舞い合うのだ。
私に対しても教えるというよりは二人の剣舞を見せて同じ事をさせて 
うまく動けるようになると褒めて次に進むという淡々とした稽古をした。
 
子供心にも道場内の凛とした空気が 私にこれは真剣な稽古なのだと伝え、
集中して覚える事を余儀なくさせ 甘える気持ちを許さず稽古に没頭させた。 
そして、上手くいった時の二人の嬉しそうな誇らしげな表情が見たいが
ために私は稽古を頑張ったのだと思う。 

二人から教わったこの剣舞は 時に迅く動き、時に悠然とした動きのもの。
幻想的な優美さと荘厳な中での勇烈さとを対比させるような緩慢のある
大胆な動作と細かい所作含まれるとても難解なものであった。
それでも不思議なことに毎日毎日 二人の完璧な舞を見せられ、真似して
習うことで いつしか私は 實時殿に
「動きは完璧!上手になったな!」と、
褒めてもらって ものすごく嬉しかった事を昨日の事のように憶えている。

 

剣舞以外にも二人からは たくさんの事を学んだ。 

日常の中の立ち居振る舞い(食べ方や歩き方、これは特に眞尋の日々の
動きを真似することが多かったので自然に身に付いた事)
言葉遣いは てつじぃが わざわざ教えてくれた。 
(まさか、この時は通常女の子が使わない言葉とは思いもしなかった。
 道理で練習中 眞尋がとても変な顔をしていた筈だ・・・・。)
遊びの中では「かくれんぼ」をよくした。
 まずは室内で気配を消して隠れて、それから屋外で庭の高い木に
素早く登って隠れた。
(これは真央霊術院で習って分かった事だが、歩法の初級の一つで
 蝶花だった。 )

合気道の護身術で出来るだけ相手に組ませない事。
腕を掴ませない事。そして急所を攻撃する事。
人の顔や姿ではなく 発する霊気で殺気や嫌な思惑を感じる事。 
この練習は 幼い私にとって 本当に怖かった。
ある日ある時 突然にこやかないつもと変わらぬ笑顔の「てつじぃ」が、
背中をぞくぞくとさせるような ちくちくと刺すような冷たい汗が
流れるような 嫌な気を発してくるのだ。

私は 訳が分からず 慌てて眞尋のところに泣きながら逃げ込むのだ。
すると、眞尋は 私を抱き上げ、優しく背中を撫でながら言う。

「ルキアは女の子だからね。
 気を配って自分の身を守るって事を学んでおいたほうがいいんだよ。 
 君のために今、「てつじぃ」が 悪者になっているんだよ。 
 ーーーいいかい、どんなに親しい人でもあの嫌な霊気を感じたら 
 少しの躊躇ためらいもなく、
 すぐ今みたいに自分が一番安全だと思ったところに逃げるんだ。 
 いいね。 早くだよ。 
 君は女の子で強くはないのだから。 
 わかった?」
「・・・・っく、 じゃあ、・・・いつも まひろの・・・
 とこに逃げ・て・・参るぞ!」 
「・・ダメだよ。 いつも僕のところが 安全とは限らないからね。」

眞尋はそう言って、寂しそうに微笑みながら 首を振る。 
そうして 私は 二人を喪う日を迎える・・・・・。
てつじぃと眞尋は まるで「その日」が 来るのを知っていたかの
ように、私にいろいろな事を教えた・・・。
そう、たぶん てつじぃも眞尋も知っていたのだと思う。
だから、私に日々の中に一人でも生き残っていける術を教えていった。



そんな日々が6・7年続いたあの冬、雪のそぼ降る夜中に私たちの住む
道場がたくさんの賊に襲われた。
只ならぬ気配に起きた私を眞尋が連れ出した。
眞尋や家全体に漂う異様な殺気だった雰囲気に泣きそうだった。
だが、声を立ててはいけないのだと思って耐えた・・・。 
眞尋の羽織に包まれて ただ体を強張らせて小さくなって震える事しか
できずにいた私を抱いて、眞尋は闇に白く光る雪の中を瞬歩で運んで行った。 

その速さと風と闇がますます私を不安にした。 
そうして、暗い森の高い木の上に私を置くと眞尋は

「ルキア、ごめんね。 
 こんなところに一人置いていく僕を赦して・・・。 
 僕は實時様の所に行くよ・・・・。
 もう戻れる限界みたいだから。」
「眞尋!  危険じゃないのか!? 
 眞尋が戻るなら私も戻るぞ!」
「だめだ! 君は女の子だから・・・。
 僕たちにとって君は ほんとに 希望なんだ・・・・。 
 僕たちと共に居なくなったとしても・・・どうか僕たちが 
 教えたことを覚えていて。 
 お願いだ・・・・。
 ・・・行かなくちゃ・・・。
 僕にとって實時様が全てだから・・・・。
 ほんとにごめんね。
 ルキア。 僕たちの大切な娘。
 僕達は君を心から愛していたよ。」

そう言うと瞬く間もなく眞尋は 去って行った。 

そこで 私は眞尋の居た場所に血溜りが出来ていたのに初めて
気がついた。
無力な私は ただただ、眞尋の消えていった闇に向かって
眞尋の羽織を掴んだまま、泣きながら、名を呼ぶこと
しか出来なかった。

未だになぜ、あの日私たちの家が襲われなければ、ならなかった
のか分からない・・・。 
てつじぃと眞尋がその後どうなったのかも分からない。
瞬歩で連れて来られたの私は 家への戻り方が分からなかった。
ただ、木の上でずっと迎えに来てくれるのを待っていた、
二人が現れるのを・・・・。

ーーだが、いくら待っても現れなかった。 

そうしてある日 私は 眞尋と同じあの緋色の髪を見つけたの。
凶暴そうな男に鎌を持って追われる子供達の中にあの目立つ
緋色の髪を・・・・・。



繰り返される暮らしの中で、私ですら気付かぬ内に私の心の奥底に
おりのように溜まった言葉があった。

『・・・・ルキアは女の子だから・・・』 

恋次達と出会ってから、その言葉の意味する事をはっきり実感する
ことになる・・・。



☆挿絵



  完全捏造妄想話です。 ルキアのあの言葉遣いが ちょっと変わった家に 育ったのかなぁ・・・と。 制服姿で虚相手に暴れまわっていた姿とは裏腹に  一護からもらったブリックパックを飲む時は 両手で可愛く飲んでいたり、一護のベットで 正座してる姿を見せられては 本当は行儀作法の 厳しいお家に育ったのかなぁ・・・・って。 (恋次も戌吊時代から既にどこと無く品が  あったって言っていたしねvvv) 妄想は果てしなく広がって行っちゃったんです・・・・。 12/10/2007