氷雨 2 

 


「・・・最初は・・・私が 勝手に・・・・・・嫉妬した・・・。」 

消え入りそうな小さな声でルキアがぼそぼそと話をした。
その言葉で俺は やっと我に返る。

「??あぁ?  てめえがなんに嫉妬するってんだよ?!」

「・・・・15日前の唐戸屋の前・・・恋次が長い亜麻色の髪の女といた・・・」

(あぁ・・・・。 あれのことか・・・。)

ルキアに避けられている間にさんざん考えた原因の一つをルキアがやっと口にした。




藍染の起した反乱後しばらくたった頃から、何故か俺は昔の女達や初めて
会う女達から言い寄られる事が 多くなっていた。  

乱菊さん曰く、俺は
『幼馴染の女の為にさえ全てを棄てた次期隊長候補のフリーの超買い男』
なんだそうだ。
(俺には全く意味不明・・・)
 

そんな悪評とか女達との事は 俺にとっちゃぁ迷惑なだけだったが、
それでも俺がこの先もルキアのためなら何度でも全てを棄てるだろうってのは
事実だったし、隊長候補かどうかはさて置き、『朽木家』に遠慮して 
『朽木』の名から不必要な騒ぎになる事を恐れて 俺たちの付き合いを
公表していなかったので『フリー』ってところも否定出来ないでいた。
 
「・・・・あのな、ルキア。 あの女のことは」
「そのことはもういい。 松本副隊長より伺った・・・・・・。」

「 ? 」





『あのねぇ、朽木。
 あんたさぁ、もう少し自分に自信を持たないでどうするの? 
 恋次がいろいろ言い寄られてるは 私も知ってるけど、アイツがそんなの相手に
 するかも・・・な〜んて思っているのは アイツの周りではあんたぐらいよ。 
 そりゃあ、昔は恋次もいろいろ付き合ってたのは 事実みたいだけど、あんたへ
 の気持ちに気付いてからのアイツは こっちが赤面するくらい本当に朽木一筋
 なんだから・・・・。 
 それを肝心のあんたが 信じてあげなくてどうするの。
 わかった?』

『・・・でも、私は・・・・・その、口も悪く、性格的にも肉体的にも
 女らしいとは・・・その・・・』

『・・・・あんた、 ちょっと・・・まさかとは思うけど、
 あんたの体について 抱いた時にでも 恋次が 何かを言ったの?
 ・・・・・あ!!
 でも、ちょっと・・・・立ち入った事を聞くけど、あんた達って 
 その・・・体の関係はどうなの?』

『? ・・・・体の・・・関係ですか?
 ・・・・・・?・あの・・・たとえば、どういう・・・・?』

『−−いい。 止めて!  お願い聞かないで。 
 聞いた私が馬鹿だった。』

そう言うと、松本殿は 頭痛がするのかこめかみを揉んでいた。

(馬鹿恋次。
 何をやってるのかしら・・・。
 あんたがそんなだから、周りが無駄に苦労するのよ。
 さっさと抱いちゃえば、こんな事にはならないと私は思うのよね。)

乱菊の心中の乱暴な思考を知らず、自分を心配そうに見上げる蒼菫の
大きな瞳を見詰め返して 聞いてみる。

『ねえ、朽木。
 あんたさぁ、本当に本気で恋次が好き? 
 ・・・・そう。 
 だったら、身も心も その不安も全て曝け出して恋次に受け止めて
 もらいなさい。
 そうすれば、今よりもっと恋次の事が分かるようになるから・・・。 
 いいわね?』

そう言って乱菊が魅惑的ににっこりと微笑んだ。

『 あ!!  でも、私がこんな事を言ったって 朽木隊長にだけは
 絶対言っちゃダメよ。 
 恋次には言ってもいいけど、絶対に隊長には言っちゃダメよ!
 いい、わかった?』

『・・・・?  はい・・・。』


正直・・・・私には松本殿が言われた事の意味は理解できたが、具体的に
どうすればいいのか、どう切り出せばいいのか、分からなかったので
伺いたかったのだけれど・・・、 松本殿は

『後は恋次に聞きなさい。』

そう言って ひらひらと手を振りながら仕事に戻られてしまった。
(十番隊舎とは反対の方向だったけれど・・・。)



『全てを曝け出す』 なんて、意地っ張りな私にはとても難しい事。 
だから、ついなんとなく恋次と顔を会わせ難くて避けて逃げていたのだ。
だが、昨日恋次の腕を振り解いて逃げた時の苦しそうな恋次の顔が 
ずっと忘れられず、そんな顔をさせたどうしようもない自分を許せずに、
雨の中をどう謝ろうかなどと考えていたら、目の前を恋次が
通り過ぎていった。

ただでさえ怖い顔を さらに気難しく機嫌の悪そうな極悪顔にして。
考え事でもしているのか まさに目の前を真直ぐに通り過ぎて行った。 

ーーーーー私に気付きもせずーーーーー

(・・・・・馬鹿恋次!! 
 いや、馬鹿は私だ。
 こんなに近くに居ながら、言葉も交わさずに別れる事が 目の前を通り過ぎ
 去られる事がこんなに心が痛い事だとは思いもしなかったのだから。)





「・・・・ルキア?・・・・」 

恋次が心配そうに不安を含んだ声で私の名を呼んだ・・・・。

その心配そうな声に私は 意を決して。
ゆっくりと恋次に向き直り 正座すると、私の不安を素直に言葉にした。

「・・・・・・恋次、私が好きか?
 こんなにも・・・・女らしくなどなく・・・ 
 その・・・未熟であるのに・・・」

「・・・ほぶっ・・!!」

ルキアの思わぬ言葉に俺は 驚きのあまり訳の分からない声を発した。

だが、咽るように咳込む俺を見上げるルキアの顔は必死で。 
その大きく綺麗な紫蒼の瞳は 揺らぎ不安を映していた。
その揺らぎと必死な様子が 俺を冷静にさせる。

(・・・・ルキアも普通に女だったんだな・・・・・。)


ーーー『女は言葉。 千の愛情を態度で示すより一つの言葉が大事で
    必要とする生き物なんだよ。』ーーー

酒に溺れながら、女ったらしの先輩の漏らした言葉が 頭をよぎる。


そうして 今まで大事に大切に守ってきた神聖なモノが 血の通った女として、
初めて目の前に見えたような気がした。
  
俺の気持ちなんてとっくに伝えてあるから
こんなにも態度で示しているから
何よりルキアに対する俺自身の気持ちがはっきりしていたから
当然ルキアも そんな俺を信じて、嫉妬なんてするはずがないとさえ、
勝手に思い込んでいた。  

そのくせ、ずっとルキアを神聖視して、触れれば壊れてしまうモノのように
少し距離をおいて接していた大馬鹿な俺。 

それでは 伝わるものも伝わっている訳が無い。 
本当のルキアはこんなにも近くで俺を見上げていたのに。

 

「・・・・てめぇ、なに馬鹿なことを言ってるんだよ。」

俺はルキアの腕を取り己の肩に乗せて、華奢な身体を包むように腕の中に抱いた。
その細い肩に顎を乗せるように 頬を合わせるように顔を寄せて耳元で囁いた。

「姿形とか性格とかは 今更関係無えんだよ。
 ルキアはルキア。 それ以外無えんだよ。
 俺にとって何より大事なもの。
 何より愛してるもの。
 それが お前だ・・・。 ルキア。」

「//////・・・・恋次・・・。」

掠れた艶やかな声でそう名を呼んでルキアは 細くしなやかな腕を俺の首に
巻き付けてくる。
堪らない・・・・女。

「ルキア。  俺こそ聞きたい。
 お前は・・・? ・・・・・本当に好きなのは 誰なんだ?」

「!? 恋次? 何故そんな戯けた事を聞く?
 今、私はここにいるのに・・・。 誰でもないお前と・・・。」 

ーー そうだな・・・、ルキア、お前は  俺の手の内に居る。
   他の誰でもない俺の!
   抱き支えていた左手でその細い腰を軽く撫添る。

 
「!!  ちょ、恋次、どこを触っている?!
 くすぐったいから止めろ。」

「ダメだ。 ルキア・・・。 俺は聞きたい・・・・・。」

けれど、俺は返事を待たずに右手でルキアの顎を反らせると唇を塞いだ。 
何度も角度を変えて、唇を啄ばみ。
刺激して、漏れる甘い吐息の隙に舌を滑らせ、ルキアの舌を捕らえ絡ませ
貪るように吸い寄せる・・・・・。

ルキアの顎に添えていた俺の右手を掴むルキアの手に力が入り、息苦しいのか 
首が振られた。 

ーー 足りねぇが仕方がない・・・・・。

「はぁはぁ、・・・れ、恋次・・・!! 
 ・・貴様ぁ・・・・・」

指先で紅潮しているルキアの顔に張り付いていた髪をそっと掻きあげると
ルキアが抗議してくる前に再びその唇を塞ぎ、その甘さを再び貪る・・・・。

仰けの顎のラインから細い喉を右手の指先で軽く撫でる。 
塞いだ唇から鼻に抜けた吐息が甘えて俺をねだるかの様に風呂場に響く。 
俺の右手を動きを抑えにきたその小さいな手を逆に握り、抵抗を許さず
唇をから耳元、耳たぶ、白い首筋へと唇を移して啄ばみ、吸って舌を這わせる。

「!!! 恋・・・何 ゃぁ・・・・んっ・・・ 止め・・・・! 
 恋次、恋次が好き。 誰よりも好き。
 だから、止め・・・・・ゃあ・・・・ ちゃんと言うから・・・やめ
 ・・・・んくっ・・」



(・・・ん、ちょっと待て。 そういう話じゃ・・・・)

俺はルキアを刺激するのを止めて確かめる。

「ルキア・・・お前さぁ、俺の気持ちの全てを受け止めてくれるか?
 ・・・・お前の全てを俺にくれるか?」

突然、いつになく真剣な声で話をした俺に ルキアは 大きな瞳を更に
大きくして真直ぐに俺を見返す紫蒼色の潤んだ瞳。
質問の意味を理解したのか はにかんだ様に下を向きその瞳が伏せられた。

(・・・・ちきしょう・・・・かわいいなぁ・・・
 俺はどうして今更 馬鹿みたいに言葉なんて欲しがる?
 このままさっさと組み敷いて 抱いてしまやぁいいものを・・・・・)

だが、次の瞬間 再び綺麗な 何の邪心もないような無垢な瞳で
真直ぐに俺の瞳を捉えて ルキアが言った。

「・・・それって乱菊さんから聞いた『互いに全てを曝け出す』って事だな。
 恋次。 わかった。
 今日は素直に何でも答えるぞ。
 こんな風に変にくすぐられて言わされるのでは適わないからな。」

(真剣に俺を真直ぐ見返すルキアの澄んだ瞳は 本当に綺麗だ。
 なんとも言えねえ俺の間抜けな面が映っている・・・。
 俺は何故馬鹿みたいに言葉を欲しがったか、はっきりと理解した。

 ・・・・・・・以前からまさかとは思っていた。
 思ってはいたが、ルキアもいい年だ。
 そんなはずはねぇと・・・・ありえないと・・。
 隊長、朽木家では性教育はしなかったんでしょうか!? 
 いや、教育は不味い・・・・だが、ともかく知識として・・・
 とりあえず、知識くらい・・・ 四大貴族なんだから・・・いや関係ねぇ 
 俺の思考がまたオカシクなってる・・・・。 落ち着け。俺!)

「・・えー・・・ルキア? ・・・・その、乱菊さんがなんて言ってたって?」

「・・・・身も心も不安も全部曝け出して、恋次に受け止めてもらえって。」

「ーーーそれだけ?」

「ああ、具体的な事は恋次に聞きなさいって。」

(うわぁおぅ。 乱菊さん、何すか、その中途半端さは。
 俺に丸投げー。 
 ーーーーいやいやーーーー俺らのことっスから・・・・。
 むしろ、変な知識や余計な情報を入れ込まないでいてくれた事を感謝すべき
 なんスよね・・・・・!?)

ーーーーー!! 俺は 相当変な顔をしていたのだろう・・・・

ルキアが 腕を強く俺の首に巻きつけ、頬を摺り寄せてきた・・・。

「恋次、そんな顔をするな。
 お前の私に対する気持ちを信じられなくて悪かった。
 これからは 絶対に信じるから。
 だから、お前も私の気持ちを信じてくれ・・・・。  
 乱菊さんに『身も心も曝け出す』って言われてから、えっと
 ・・・その、具体的にどうすればいいのか分からなくて、

 だから・・・・とりあえず 素直になって恋次と向き合うって決めたのだ。 
 だが、・・・その・・・素直になるって・・・・・覚悟を決めるまでに
 ・・・その・・・こんなに時間がかかってしまって・・・
 その間、お前を避けていて・・本当にすまなかった。」

真面目なルキアらしい言葉が俺に告げられた。
温かい吐息とともに 首筋にルキアの濡れた髪があたり、
抱きついてきた、体に触れる濡れた肌着を通してルキアの温まったしなやかな
身体と柔らかな感触が 俺に伝わる。

(!! ふーん、覚悟は決めて来たのか・・・・・。)

ルキアの耳にかかっていた髪を掻き揚げ、耳元で囁く。

「ルキア。  あのな、さっきのは 別にくすぐってたわけじゃねえよ。
 身も心も曝け出してもらうための恋人としての行為だ。 
 だから、抵抗するな。
 俺の為すがままに 身も心も恋人になってもらうぞ。
 俺を信じるんだろう?!」

ルキアに反論される前に唇を塞ぎ、抱き上げる。 

「恋次?! 何をする!!」

「何って 逆上せちまうだろ。 とりあえず 出るぞ。」

抱きかかえたまま、浴槽を出ると、ルキアを下ろして聞く。 

「着替えを手伝うか、お嬢様?」

「いらん!!」

やっぱ、即答却下か・・・・。




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