氷雨 3 

『清家信恒 5』『TRICK』の話とリンクしています。



先に風呂を出た俺は 暖炉の前で胡坐をかいて、茶を飲みながらルキアが風呂から
出てくるのを待った。 
しばらくすると脱衣室の戸が開いて 頭にタオルを被り俺のデカイ浴衣を不器用に着た
ルキアが おずおずと顔を覗かせた。
だが、俺の方を向いた時、何かを見つけたかの様に瞳を輝かせて小走りで寄って来た。

(・・・・・なんだぁ?・・・)

俺のすぐ傍らに正座すると、嬉しそうに暖炉を覗き込む。

「恋次。 なんだ、これは?  囲炉裏?ではない・・・・な!
 なんというのだ?」

(−−あぁ、そういうこと・・・。 こういうところはホント、変わらねぇ・・・。)

「これは暖炉っていうんだ。
 とりあえず、茶を飲め。 
 あまり熱くないからすぐ飲めるぞ。」

淹れておいた茶をルキアに手渡した。 
頭に巻いていたタオルを解いてみると 案の定、濡れそぼった髪がはらりと肩に落ちた。 

両手で湯飲みを持って茶をゆっくりと飲んで 赤々と燃える暖炉の中の薪を夢中で見つめる
俺にされるがまま 大人しく髪を拭かれるルキアに苦笑いするしかない。

(ホントにコイツは 俺には 無防備だ・・・・。)

「俺のオヤジは こういう洋風なもんが大好きだったって、前に話したことがあったろ。
 不思議なもんだな・・・・。
 死神になったら、現世での親の顔や住んでた処なんかの名前の記憶はほとんど失くして
 しまったっていうのに こんなどうでもいいことは憶えている。
 そのうえ、俺がいつか持つ自分の家にそれを欲しいなんて思うようになっちまうなんてよ。 
 今回は まぁ、試しに作らせてみたんだ・・・。」 

「そうか・・・。 
 部屋全体を明るく照らした上に 暖めてくれるとても良いものだな。
 なんだか私も欲しくなったぞ。」
「そいつぁ、良かった。
 俺が考えている俺の未来の家には お前も住んでもらうつもりでいたからよ。」
「//////////!!?  恋次?・・・・」

今まで話している最中も パチパチと火中の薪が爆ぜるのを子供のように瞳を煌めかせて
夢中で見ていたルキアが その瞳を一際大きく見開いて初めて俺を振り返る。
今度はきちんと意味が伝わったらしい、その顔は真っ赤だ。

俺は空の湯飲みをルキアから奪い取ると手を強く引いて、正座していた姿勢を崩した。 
バランスを保てず 倒れ込んできた小さな頭を左手に抱え 右手を素早く膝の後ろに
差込むと胡坐を掻いた自分の上にルキアの小さな身体を抱き込んだ。

「///////恋次--!?  な・何?!」
「何ってなぁなんだよ、ルキア。
 俺はプロポーズしたのに、返事はねぇのかよ?!
 文句はそれからだ。」

腕の中で真っ赤な顔で怒ったように俺を睨み上げるルキアは すごくかわいい。

「そんな大事な事、突然言われて即答など出来るか、馬鹿!!」

そう怒鳴った後、すぐにその顔は伏せられて力ない消え入りそうな声が搾り出された。

「馬鹿・・もの・・
 ーーー大体婚姻となれば、家同士の事だ。
『朽木の家』の事となり、私の一存などではどうにもならぬ。」

伏せた額を俺の胸に押し当てる 両手で俺の浴衣の掴むルキアの手が 指先が 
小刻みに震えているのに気付く。
その震える手を上から握って ルキアの憂慮を抑えてやる。

「馬鹿はてめぇだ、ルキア・・・。
 養子に入る時、お前の意思を尊重するって言われたのじゃねぇのかよ!?
 隊長はお前の事を本当に大事に思ってる。
 いい加減に信じたらどうだ、あの人のことを・・・・。」

その言葉に恋次と離れている間は忘れたかったのにずっと忘れられなくて辛かった
あの日の記憶が胸の痛みと共に鮮やかに甦る。
恋次が側に居てくれるようになってから・・・ いつの間にか忘れていた苦い記憶。



ーー 奥様は 志(こころざし)半ばで逝かれてしまいました。
   我等が主は とても似ていらっしゃる貴方様の志を叶えて差し上げたいと
   考えておいでです。 
   その代わり、養子となって共にこの屋敷に住み、『 兄 』と呼んで下されば
   良いのです。ーーー
    ーー  それだけのことです。



「ーーー 『亡き奥様 緋真様が 志半ばで逝かれた・・・』と。
 『よく似た私の志を叶えたい・・』と仰って下さったのだ。
 そのかわりに『兄』と呼ぶだけでよいと。

 そう・・・白哉義兄様は・・私に『兄』と呼ぶ事以外何も希まれなかった。
 清家信恒やその他の者達が 朽木家の掟、理、責などを私に教えたのだ。
 ーーー 何も希まれない事が私への失望の表れだと勝手に思っていた時期も
 あった程に 兄様は私に・・何かを希まれる事などなかった・・・・。」

そう言って唇を噛締めると瞳を伏せて俺の胸に顔を深く埋め隠した。
俺はそんなルキアの小さく震える肩を引き寄せて強く抱き締めて 髪を撫でる。

(そうだ、あの人は『お前の志、意思を尊重するだけだ。』と言った。
 本当にお前は大事に想われているんだって。

 俺は隊首室での行われたルキアの『品定め/見合い』を見せつけられた後日、
 意を決して朽木隊長に『ルキアとの交際を正式に認めてくれるよう』
 頼みに行った。
 この時の俺には 朽木隊長、朽木家の真意が全く分からなかった。
 だが、明らかに俺に『見せ付けた』事に何らかの『意図』があった筈で。
 何より、またあんな風に見合いさせられて俺の知らねぇ内に勝手にどこかに
 嫁にやられては堪らねぇ!!と、思っての行動だった。



 ーーー察するにどうやらあれは清家の爺さんの差し金だったようだ。

 目の前で頭を下げる俺に隊長は露骨に渋い顔を見せた後、傍らで満足げに
 微笑む清家の爺さんに鋭い眼差しを投げていたから。
 あんな風に俺に『見せ付ける』事で明らかにルキアと付き合っている俺の動向を 
 意思をはっきり確認したかったんじゃねぇのか・・・。

 ったく、あの爺さんはよ!
 食えねえ爺さんだぜ。


 正直に本心を言うなら、俺はルキアと今すぐにでも一緒に暮らしたい!
 
 だが! 
 統学院で あの朽木隊長が馬鹿貴族ドモに絡まれていたルキアを守るために
 隊長本人が表立って動く事で ーー統学院女子生徒暴行未遂ーーではなく
 朽木家当主暗殺未遂とした事で世間の噂や悪評からルキア本人とその名誉を
 護ったのだと、その上で朽木家にルキアを養子にしたのだと知った時、
 俺はあの人の持つ力と政治力、度量の大きさを理解した。
 何故 朽木隊長が初めて会った筈の俺に擦れ違い様にあんなに挑発的に霊圧を
 かけてきたのかーー。
 ルキアの傍に居ながら『何も気付けない』俺に対する怒り、『力量の無さ』を
 思い知らせたのだとーー。

 だからどうしても隊長を超えなければ、ルキアとは暮らせないっていう手前勝手な
 想い、意地がずっと俺にはある。

 それにルキアの中で『死神の仕事へのこだわり』があるのは分かっていたし、
 アイツ自身に『結婚』の意思が見えなかったので 流石に時期尚早な『結婚の許可』
 ではなく、『結婚』を前提とした『交際』を認めてくれるよう頼みに行ったのだ。
 要はルキアに他の男と『見合いさせたり』、『嫁にやる』のは止めてくれって事だ。

 そんな俺に隊長は冷ややかな視線を投げると・・・
「他の事など知らぬ。 
 養子の折の約束どおり ルキアの志、意思を尊重するのみ。」
 そう言い残して部屋を退出してしまった。

 ーー ちきしょ!  俺は無視かよ・・・・。

 まぁ いいけどよ。  
 俺はルキアのために筋を通しておきたかっただけだ。
 いつか、俺はルキアと絶対に一緒に暮らす。
 その時期は俺とルキアで決める。
 最悪の場合 もし朽木家の 隊長から許可が取れなかったとしてもこの件に関して
 俺は一切譲る気はない!  
 相応に覚悟してーー  腹は括っている。
 だが・・・・、ルキアは?
 それなりの覚悟はしてきたらしいが・・・ 何にも知らずにいるなら
 ちょっとは説明しなけりゃフェアじゃねえよな・・・。)



想定外の難問に思わず深い溜息が漏れた。
そんな俺を胸に顔を押し当てていたルキアが怪訝な顔で見上げてくる。
「恋次?」
心配そうな声で名を呼んできたルキアに俺はとりあえず再度同じ問いする。

「んで・・・。
 お前はどうしたい?」
「ーーー 恋次、貴様は馬鹿だ・・・。
 そんな大事な事 即答出来るわけあるまい。」
「・・・・ふ・・ん そうかよ。
 じゃあ、ルキア、てめぇ他に結婚したいヤツがいるってぇのか?」

「はぁっ?!」って 思いっきり呆れた様な顔をしたくせに、それでも真剣に
しばらく考えた後、俺から視線を反らして、唇を尖らせてルキアが応えた。 

「・・・・・・・その様な者はおらぬ。」

(ちきしょ!   しばらく考えるところが 真面目なコイツらしいっちゃらしいが
 かなり不安にさせてくれるぜ!)

「 ーーーじゃぁ、お前は俺の気持ちが知りたいか?
 その心で身体でその魂で知る事になる永遠の誓いだ。
 結婚にも等しい事。
 知れば、他の男との結婚はできなくなるし、俺が絶対にさせない!」
「・・・・・それは 恋次もか?」
「・・・はぁっ!?  ぁは・あはは・・・」
「な、何故笑うのだ?」 
「ははっ・・・・ いや、悪ぃ。  
 だってよぉ・・、そんな事考えたこともなかったなぁって思ってよ・・・。
 俺が他の女と結婚する・・・ねぇ・・・」
「馬鹿モノ!! 何を言っておる!?
 たった今、貴様 永遠の誓いと言ったではないか?!
 他の者との結婚などできぬと!
 私だとてそんなこと絶対にさせぬぞ!!」

俺の言葉に怒って ルキアが俺の思った以上の言葉を吐いた。

ーー 意地っ張りで頑固で強がってばかりのコイツから そんな
   嫉妬じみた言葉が出ただけでこんなに嬉しいとは思わなかった。
   俺だけが必死に 追いかけて愛しているのだと思っていた。

「・・・ ルキア。
 お前に俺の全てをやるよ。
 この命も 身体もこの魂魄も・・・全てお前だけに・・・。
 俺の望みはお前だけだ。
 お前以外は何もいらない。」
「・・・ 恋次、私も
 お前に私の全てーーこの命も 身体もこの魂魄も・・・全てお前だけに・・・」

俺はルキアの顎に右手を添えて、顔中に唇を寄せた。 
瞼、眉、額、鼻先、頬、顎、顔の全てに、優しく口付けた。 

身体を支えていた左手を腰から脇腹、脇へ滑らせると細い身体がビクンと撥ねた。
小さな唇に啄ばむように口吻て、そっと舌先で撫添った。
甘い吐息が緩んだ口元より漏れる その隙にぬるりと舌を押し込む
ルキアの小さな舌に触れる感触の気持ち良さにもっとを求めて絡めて貪る。
霊力が絡み合い 魂魄が混ざり合い、深く濃く陶酔させていく。
ルキアの鼻に抜ける喘ぐような吐息に俺の熱情が煽られる。


顎から耳元になぞらせていた俺の右手の動きを阻むその小さな手を掴んで、
邪魔できないようにすると さっき反応の良かった首筋に唇で啄ばみ 舌を這わせ
舐めて 吸って 白雪の肌を ルキアの感覚を俺の占有とする。
普段は聞く事は出来無い『甘く切ない女の声』と共に。

身八つ口から左手を差入れて 陶磁器のような肌の滑らかさを指先で確かめる。

「ぁあぁぁあぁ・・・どこから手を入れて・・・やだやだやだ!!
 恋次! もう、我慢できな・・・・
 止めて止めて!!  くすぐったい!!」

そう言いながらコイツは 身体を丸めて、身を捩って逃げようとする。 
逃がすかよ!

「やめねぇよ!  さっき言ったよな、身も心も恋人になってもらうって。
 ・・・・だし、そんなにいや・じゃねえはずだ。」

そう言って俺は わざと目の前で ルキアの細い指を一本ずつ口に含んで
舌をべろりと絡ませた。
指先から付け根まで・・・ 

「あ・・ぁあ・・・・なに・?  れん・・やめ・・れんじ・・・」
「そう、ルキア。 その声で俺を、甘い声でもっと呼んで・・・・・」

上気した顔で俺を見上げる泣きそうに潤んだ瞳にそう言って再び口吻けた。

(・・・くぅ・・・可愛いなぁ・・・。
 こんなに穏やかに ただ愛おしいと思って抱く事が出来るとは思わなかった。
 ルキアに対する自分自身の思いに改めて驚く。  
 きっと俺がルキアを抱くなら、もっともっと貪るように自分の激情をぶつける様に
 抱き潰すのだと ただ壊すように荒々しく抱くだろうと自分自身思っていたし、
 そんな事態を恐れていた。 
 だが、俺の与える刺激一つ一つに 顕著に反応をするルキアが、今まで見たことも
 無い表情を見せて声を上げるルキアが ただただ愛おしかった・・・。)





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