ー 朽木家 −  庭師



「ルキア様が 屋敷の敷地内を 色とりどりの花々を求めていらっしゃる
 そのお姿は さながら蝶のようですな・・・・・・ 」


朝食後 非番時の日課となっている庭師の手伝い(?)へと飛び出して行ったルキアの
後姿を見送る清家信恒が 目を細め 相好を崩しながら、そう言った。


その日、午前中は特に予定のない白哉も珍しく庭に出て 見事に咲いた花々を見ていると、 
その庭の手入れをしている庭師長の土師老人がおずおずと話しかけてきた。

「恐れ入ります。 御館様、少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「うむ。」

「実は 姫様。  ルキア様のことですが、あまり私どもに御近付けにならない
 ほうがよろしいのではないでしょうか?」

そう言われて、白哉は少し怪訝そうに眉を寄せた。

この土師老人のことは ルキアからよく話を聞かされていた。

「庭師の土師殿は 花の名前や特性、今の時期なら何処の庭のどの位置から見ると一番
 美しいとか 美味しい果樹や果実の場所なども教えてくださいます。
 少しですが、手伝いもさせてくださるのです。」

それは嬉しそうに報告するルキアの様子が思い浮かぶ・・・。
確か、瞬歩を会得していないルキアが広い庭のどこにでも行ける様にと庭師長の誇りとなる
『鍵』を渡していたほど この庭師長は ルキアを可愛がっていたはず・・・。

「兄様、土師殿が 私に庭師の親方しか持つ事ができない【繋地門】の予備の鍵を 
 預けて下さったのですが・・・・・・・・・・・・・・構わなかったでしょうか?

 ありがとうございます。
 これで 今まで遠すぎて行けなかった夏の離宮まで庭を見に行くことができます。」 



【繋地門】=朽木家の広大な庭を手入れする庭士達が移動するための固定型の
小型の『穿界門』のようなもの。
瞬歩より時間がかかるので蜘蛛達は 使うことはない。



その庭師長の老人の口から「ルキアを自分達に近付けてくれるな。」と 
聞かされる事になるとは 思いもしなかった。


「ふむ・・・・、そのほう等の邪魔であったか?」

「とんでもございません。     御館様もお人が悪い。  
 そのようなお方ではない事は 重々ご承知で そんな事をおっしゃる。
 あの方は 御自分が汚れるのも厭わず 手伝ってくださるほどです。」


「・・・・・・・」


「充分僭越な事と 恐れ多い事と承知しているのでございますが、私は あの方が 
 可愛くて仕方が無いのでございます。  
 持ったこともない孫のように愛しいのでございます。
 こんな爺の私の話などに 感心しながらよく聞いてくださり、 会う毎に親身になって 
 私のようなものの体調を気遣ってくださいます。  
 あの方が いらしたから 『管理する庭』から、『見て楽しんで頂くための庭』へと 
 取り組み方、考え方を改める事が出来たのです。 

 あの方が庭師として 張り合いと自信を 私にくださったのです。



 ・・・・ただ、私どもになど あまり関わってしまっては あの方のこれからに 将来に
 障りが出てしまっては 申し訳がございません。」
そう言ってうなだれる様に足下を見る老人の握る手が僅かに震えている。
誰かに何か言われでもしたのだろうか・・・。



庭師・土師老人は 肉親のようにルキアを愛しんで、僭越を承知で この朽木の当主である
私に直接 話に来たというのか・・・・。  あの侍女の『藤乃』のように。

あの清家信恒もルキアの行動に苦言を呈すどころか 相好を崩すほどにルキアを見守って
可愛がっている。

緋真もそうだった。

侍女達が 先代の庭師長・庭師達が その優しい笑顔と温かな人柄を愛しんだ。
あの気難しい母さえも。


不思議な姉妹だ。
周りのものを自然 魅了していく・・・・。



「差し出た口ぞ、土師。  
 だが、よい。   ルキアを思っての事ゆえ。

 が、 そのほう等の邪魔でないというなら アレの好きにさせよ。
 構わぬ。
 朽木家の 私の義妹であるルキアの将来に 障りなど何一つ 無い。 
 ルキアのしたいようにさせてやるがよい。
 


 今、東の庭にいる。
 任せる。」

「・・・・お館様。   ありがとうございます。」


土師老人は 深々と白哉に頭を下げると 御前を辞した。

ーー 決死の想いは主人に届き、なおかつ このままルキア様のお相手をしても構わぬと。
   任せるとまで 仰っていただけた。
   庭師長として この尸魂界で過ごす事のできる時間は そう多くはない。
   残りの時間をあの方と過ごせる喜び。  
   これで心おきなく尸魂界を去り、現世に転生できるだろう。





白哉は 美しく整えられた 妻の愛した姿そのままの変わらない中庭に目を移す。


変わらない。

変わらないことが 恨み、憎しみの感情を生んだ事もあった。
緋真がこの世界にいない
いなくなってしまったというのに 何故 何一つ
変わることなく その姿を私に 見せるのか?! 
愛しんだ女主人が居ないのに何故、花々は咲き誇れるのかと・・・。



今は 変わらない庭を穏やかな気持ちで見る事ができるようになっていた。
愛しい緋真の姿があちらこちらで想い出として現れ、穏やかな時間を 想いを
白哉にもたらしていた。

それは ルキアに対しても同じこと。
外見が似ているからこその 内面が全く違うことへの腹立たしさ、苛立ち。

今はあの性格だからこそ 愛しいと思い、外見さえ緋真とは違う『ルキア』なのだと
似てるとさえ 思わなくなっていた。

ただ、ふとした時に類似性を見つけ・・・・ 姉妹なのだと実感する。


 


そして、また庭師長から聞いた話を嬉しそうにルキアから 聞かされるでしょう。  白哉兄様。   庭師に「お人が悪い」って言わせたかったから出来た話 『ヤル気の元』でした。  ありがとうございます! Oct.21. 〜 Nov.23.2008 TOP