氷雨 5



混ざり合った魂魄ーー絡み合った霊力に
うまく自分を引き戻せずいた私はふわふわとした居ごこちの良さに
自分を見失って茫然としていたらしい

優しく頬を撫でながら髪をかき上げる指先
背を優しく抱く腕
耳元に聞こえる早い鼓動と馴染んだ香り
そんな心地よさに 
とろとろとまた睡魔に引き込まれそうになる。

ぱちぱちと薪の爆ぜる音に気付いて
いつの間にか恋次の胸の上に頬を寄せて眠っていたのだと気付く



「・・・ルキア・・大丈夫か?・・」

優しく心配そうな声音でそう聞かれた。
まだ少し火照りの残る身体が気怠く・・・ ともすると再び意識を失って
しまいそうに疲れていて眠たかった。
だが・・・ このまま眠るわけにはいかないと身体を起そうと動くと
腰のあたりが 足の付け根が強張ったように軋む。
先ほどの痛みのあった身体の中には異物感が残っている。

「・・・・・ 大丈夫な訳・・あるまい・・・。
 身体中が軋んで 上手く動かせぬ。」

思わず衝いて出た悪態。
恋次の申し訳無さそうな狼狽した顔に内心しまったと思うがもう遅い。

「・・・・・・・ルキア、ごめ」「馬鹿! 
 悪いことをしていないのに謝るな!」

またそんな顔をさせてしまった自分の口の悪さに呆れ、心配そうな瞳から
逃れて、再び胸の上に頬寄せて横たわる。
どうしようもないほど間の悪い静寂・・・・いや・・・・
降り続く雨と薪の爆ぜる音がいやに大きく耳に響く・・・・。




ちゃんと向き合うって決めたのだ。

途切れ途切れに、気持ちを素直に伝えた。

「・・・すまぬ、気に病むな・・・・恋次・・・・・私は・・・・・・
 恋次の気持ちや今まで見えていなかった事がよく分かった気がする。
 ・・・・こんな風に抱かれてとても心地よいよ・・・
 胸の中は 温かいものでいっぱいに満たされている・・・
 こういうのを幸せっていうのだろう・・・?
 ・・その・・生きていて本当に良かったと、
 恋次に会えて良かったとそう思えた。
 ・・・・ありがとう、恋次。」
「/////・・・ば・・かやろ・・・」

そう言って恋次が両腕で私を包むようにきつく抱き締めた。

ーー 馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!

そう思っていたのに

「・・・愛してる・・・ルキア・・・てめぇだけだ・・・
 もう絶対に離さない・・・・。」

切なく苦しげな声音で恋次が耳元で囁いた。
小さく擦れた声で言われた言葉にこんなに威力があるとは思わなかった。
胸に漣がたって・・嬉しくて苦しくて苦しくて涙が零れる・・・・。

「・・・ばか・・・・」
「・・はっ・・・ルキア・・、馬鹿はてめぇだ・・・。」

そんないつもの言い合いに小さく笑い合った・・・。









ーーー  長い長い夢を見ていた・・・・

温かく力強い腕の中
・・・気付けば・・・風呂の中にいた・・・
素肌に触れる湯の感触がくすぐったくて
全裸の自分に心許無い感じがしたが、
恋次の魂魄の素肌に触れる感覚が気持ち良くて・・・
目覚めてもそのまま広い胸に頭を 身体を預けて寄りかかっていた。
胸の黒い刺青に指先でそっと触れた。

「ルキア・・・ 大丈夫か?
 もう少し眠っていてもいいんだぞ。」

優しい言葉が降ってくる。


「・・・・ありがとう・・・大丈夫・・・・。


 ・・・・・・・遠い昔の夢を見ていた・・・・
 私は幼い頃・・・2人の養父と暮らしていたって話を憶えているか?」
「・・あぁ・・・ てつじぃと眞尋さんだろ?」
「・・・私はその・・・ 大きくなったら私も男になるのだと・・・
 ずっと思いこんでいて・・・ある日、てつじぃに
 『ルキアはいつ、てつじぃやまひろみたいになれる?
  いくつねたらはえてくるの?』って聞いた事がある。」
「・・・はぁ?!・・・・そりゃ・・なんつーか・・・おまえらしい発想だな。」
「煩い!  私は本当に幼い子供の頃の話なのだから仕方あるまい。
 それに私はそんな風に同化したいほど養親に憧れていたのだと思う。
 だから・・・自分がてつじぃや眞尋のような『男』にはなれないってはっきり
 言われた時はショックで大泣きした。」

俺は話に聞いていた大柄で強くて面白いてつじぃと華奢でとても綺麗だったという
眞尋さんが幼く可愛いいルキアが大泣きしている傍らでおろおろと当惑する姿が
容易に想像できて笑ってしまう。
昔聞いたルキアの話の2人はルキアをとても可愛がっていたから。

「笑うな、馬鹿!」
「いや・・・、 そんな事で大泣きされては2人ともすごく困っただろう・・・。」
「・・ふふっ・・・、そうだな・・・ ホントにそうだ。」

俺に笑うなって言ったルキアが綻んだように笑った。
コイツにとってとても幸福だった時間が確かにあったのだとわかる・・・。

「その時、てつじぃが一生懸命説明しくれていたのを思い出したのだ。
 幼い当時の私には難しすぎて良く分からなかったが、たしかこんなーーー
 人は皆、現世でも尸魂界でも変わらない 誰しも欠けた存在なのだと。
 男でも女でも姿形に関係なく、いつか自分だけを愛してくれるものが現れて
 その欠けて部分を満たしてくれると。
 ルキアは女の子だからその身に受け入れる事になるだろうって・・・
 あれはこのことを言っていたのだなって・・・・。」


しみじみと感慨深げなルキアには悪いが、俺は困惑していた。

ーー とんでもない親爺だな・・・・。
   幼い娘になんちゅーことを説明してるんだ?!
   性教育には、早過ぎだろ!  
   しかも肝心の娘は思い出すの遅すぎだって。
   こういうところはホントにルキアだ・・・・・。

   だが、まあいい。
   幸せそうに微笑むルキアは俺の腕の中にいるーー
   この幸せは間違いなく今ここにあるのだから。

華奢な首筋に手を差し入れて細い髪を指に絡めて 上向けた小さな唇に口吻る。



これから立ち向かう保護者がてつじぃや眞尋さんみたいな人だったら俺も
もっと気が楽だったんじゃね?!
そんな想像するだけ無駄なことを思う。
いや、二人が健在だったなら 俺達は出会えなかったーー
あんな戌吊の暮らしでさえ・・・ 苦しくて哀しい事も多かったけれど 
ルキアと・・・仲間達との楽しい想い出も確かにあった。
絶望的な双極の丘の事でさえ 無ければ良かったと思うことは出来ねぇ!
あの事件が無ければ、俺はルキアがどれほど大事かって気付けずにいたかも
しれない。

過去が現在に確かに繋がって・・・ 今の俺達になっている・・・。
未来はどう繋がっているのかはわからねぇが・・・
コイツを離さずいるなら 何も問題ねぇよ。

とりあえず手強いコイツの兄貴と侍従の爺さんに会うってのが 俺達ーいや
俺の当面の問題だ。





あとがき ここまで読んで頂いてありがとうございました。