蛇尾丸(鵺)
「恋次、居るだろう? 入るぞ。
ーーーー。 すまぬ、それはそこに置いてくれ。
ありがとう。」
玄関先でルキアの声が響いていた。
あれ?っと 思って俺は報告書類から頭を切り替えて記憶を洗いなおす。
非番の今日、ルキアと会う約束をしていたのだが、六番隊地区内で大物の虚の討伐遠征が一昨日から
昼夜と併せて5件も立て続けにあったために俺は急いで月末の明日までに報告書を仕上げなくては
ならなかった。
仕方なく (泣く泣く) 昨日のうちにルキアには 「明日は会えなくなった。」と連絡を入れておいた・・・・。
自身の記憶を確信して、書類から目を上げて勝手に居間に入ってきたルキアを訝しく見つめた。
いや、正直どんな形でアレ、ルキアに会えるのは嬉しいのだが、ルキアとの約束を反故にしてまで
休みの日にわざわざ家に持ち帰るほど 書類に追われていた俺は気持ちに余裕がなかった。
「・・・・・ルキア・・・・ 悪りぃが俺はーー」
「恋次、そのような顔をせずとも、貴様はそのまま仕事を続けて構わぬ。
今日は蛇尾丸に用があって来ただけだ。
それにしても酷い顔をしている・・・・・相当忙しいのだな。」
ーーはぁっ 酷い顔? ヒドイ顔ってなぁ・・なんだよ!!
そう切り返す前に飄々とした涼しい顔でルキアはどんどんと奥の部屋に歩いていってしまった。
その部屋の箪笥の横に蛇尾丸がいつも立掛けられているをアイツは知っていた。
そう言えば、先月末も約束を急遽反故にしていた。
その時も ルキアは突然現れて、奥の部屋で蛇尾丸と話したり、猫の仔みたいにジャレてふざけて
しばらく遊んでから帰っていった・・・・・・。
突然予定を反故にされて暇を持余したルキアが他の男と遊び歩いているかもしれないと悶々と思い
煩うことなく、所在のわかるここで蛇尾丸と遊んでいってくれるってのは正直俺の精神衛生上とても
助かる。
だが、俺の斬魄刀も”鵺”とはいえ あれも雄。
ジャレ合うほど仲良くなられるのはあまり・・・・・嬉しくない。
ーーそう己の狭量さを再確認させられたばかりだ。
「蛇尾丸、先月 少し話をした ”ブラシ” を持ってきた。
これで梳くと毛艶がよくなるらしい。
せっかく手に入れたのでだ、すまぬが試させてくれぬか?」
「やれやれ、そなたも存外酔狂な姫君だな。
我らの元にそのような用でまた来られるとは。」
「まぁ、そう言うな。
ふさふさと美しい毛並みが気に入っているのだ。
暫し、相手をいたせ。」
「ふ・・・む まぁ、なかなか梳かれるのは気持ちが良い。」
「ふんっ、それは猿の貴様だけで 儂は何も気持ちよくはないぞ。」
「蛇の 貴様には毛などないから仕方あるまい。」
そんな楽しそうなやり取りを耳にしたのを最後に俺はまた集中して書類を書き始める。
こうなったら 意地でも早く終わらせてルキアと食事に行くくらいの時間を作ってやる!!
4件目の書類が書き上がった時、ふと気付けば、あまりに隣の部屋が静かなので気になって息抜きがてら
覗いて見た。
一瞬 息を呑んで、苦痛で胸が締め上がった。
よく見れば、胡坐をかいた蛇尾丸の膝の上にすっぽりと埋まるように抱かれてルキアがしどけない寝顔を
見せて眠っているーーそれだけなのに。
一瞬、まるでルキアが白い布団で他の男に抱かれて幸せを甘受しているように見えてしまったから。
自分の斬魄刀に抱かれて無防備に穏やかな寝顔を見せるルキアに 苛っとした感情が湧き上がる。
完全に俺はどうかしている。
俺のそんな感情を即、感応した蛇尾丸が 苦い顔を見せる。
「主よ、我らに嫉妬するほど愛しい娘ならを己が胸に抱いていけ。
それこそがこの娘の望みだ。
我らと主の魂魄の様が似ていようが、娘が欲するのは我らではない。
それは主こそが、よく知っているだろう。
最近の貴様は余裕がなさ過ぎて一人空転して醜悪と思うほどの間抜けぶりだ。
娘が作った弁当が玄関にあることさえ気付けず、慣れぬ弁当作りなどのために娘が早起きしたこと
さえ分からぬほどに。」
「けっ、迷惑なんだよ、てめーらは。
貴様が要らぬというなら、儂がこの娘を貰い受けてもよいぞ。」
蛇がぺろりと舌を伸ばしてルキアの頬を舐めた。
「てめ、フザケルな!!」
ルキアを蛇尾丸から奪うように抱き上げた途端に 忽然と鵺は消えた。
そうだ、来てすぐに見せたルキアの顔は飄々としていたわけじゃなかった。
弁当を持ってきたことさえ伝えられないほど、ヒドイ顔を俺はルキアに向けていたのか。
「悪かった、ルキア。」
ぼそりと謝罪をつぶやいて、額に口付ける。
幸いルキアはまだ夢の中。
このまま膝の上に抱えて 残りの書類を早々に片付けてしまおう。
こんな可愛らしい褒美が目の前にあるのだ。
集中すれば、処理速度が上がることも過去経験済み。
どちらから食べるかは起きたルキアと相談してきめればいい・・・・・。
もう一度額に口づけを落として、とりあえずやる気の補充を。
何を必要以上に気負っていたのだろう。
俺は俺。
ルキアがいれば、それでよかったはずだ。
来年、早々に行われる 『隊長資格審査』 などルキアと居ることと比べれば大したことではない。
今更、気負う必要などないーーそのままで。
推薦してくれた隊長達を信じればいい。
あとがき