雨宿り
身体がかったるかったその日、天気が良くて温かい屋上で 久しぶりに授業をさぼって
寝転がって高い空を見ていた。
高い空の青にもっと深い蒼紫の瞳を連想して、ふと一週間前に言葉を交わした『女』の
ことを考えていた。
その日、コンビニで雑誌を立ち読みしてバイトまでの時間潰しをしてた俺は 目の前の
ガラス越しに急に降りだした雨を見て 「ちぇっ、めんどくせえ!」そう一人ごちて
雑誌を戻すと 仕方なくビニール傘を買った。
空座高校内で「時間・規則・女にだらしがない」評判の悪い生徒のトップに》亜木羅稜《って
名が挙ってしまうような俺だったが、尊敬する先輩の唐地さんの茶店では元来の真面目さで
バイトしていた。
だいたい時間にだらしがないのは「かったるい」ってサボるからで俺の所為だが、「女」に
関しては向うから来るのを適当に相手してたらそう言われてるだけで俺からそうした訳じゃない。
アバズレだが、容姿の綺麗な母親によく似たお陰で見映えと体型には恵まれていた。
女には不自由はしないが、本当に欲しいと大事に思える女には巡り合えていない。
いつもコイツこそ本物だと思って付き合い始めるがすぐに勘違いだったと分かり、コイツこそと
今度こそと繰り返すうちに俺の大事な本物の女なんていないんじゃないかと思い始めていた。
時間に間に合うよう、雨の中をコンビニの自動ドアを出ると、そのドアのすぐ横に 雨宿りを
していた『あの女』と眼が合って慌てた。
肩までの短い柔らかそうな黒髪が今は濡れて艶やかさを増している。
俺を見上げる、雨粒を光らせるほどの長い睫毛で縁取られた大きな瞳は近くでよく見れば深い
蒼紫色をしていた。
俺のバイト先よりはこのコンビニに近い『浦原商店』とかって地味〜な店で同じ様にバイトでも
してるのか ここ2・3日同じ時間帯によく見かけた同じ高校の制服を着た
(ホントに高校生かよ!?って思うほど)
小さくて細い 意思の強そうな大きな瞳が印象的ないかにも真面目そうな美人。
「よくそこの浦原商店に行ってるよな? ついでだから入れていってやろうか!?」
ついいつもの調子で軽く口走ったセリフに 女の瞳が驚いた様に大きく見開かれた。
俺は言う相手を間違えたことに後悔する。
ーー そうだよな・・・・。
俺らみたいなのとは一生拘ることの無さそうな堅くて真面目そうなタイプだもんな。
急に声をかけられて そんな事を言われたら困るよな。
俺は顔を逸らして 雨の中に傘を差して歩き出した。
「待て。 傘に入れていってくれるのではなかったのか!?
私は朽木ルキアだ。
貴様は? 名は何と言うのだ?」
そう言って、女が慌てて走り寄り俺の傘を持つ腕に手をかけてきた。
今度は俺が驚く番だった。
腕にかけられた小さな冷たい手や見かけを裏切るその命令口調もだが、俺を見上げる
その極上の笑顔に。
完全に予想外の展開だ。
俺はいつに無く緊張して 頬が熱いのを自覚して、顔を逸らすと『くちき るきあ』と
名乗った女に傘をさし傾けた。
「俺は亜木羅稜。 2−Bだ。」
「なんだ、隣のクラスではないか・・・・・。」
ーー マジかよ!? てっきり1年かと・・・。
2年も通ってんのに、こんな印象的な女が同じ学年だったなんて知らねぇ。
いくら適当にしか通ってねぇっつっても見落とすか、俺?!
「ところで、稜。 霊感は強いほうか?」
「はぁ?! いきなりな質問だな?」
ーー まさか あの怪しい店は霊感商法的な変なモンを売りつけるような店じゃあ
ないだろうな?!
「そんなんねえよ。」
俺はぶっきらぼうに返すと、「そうか」と言ってルキアは黙った。
ーー 浦原のヤツめ。
何が一般の人間には店は見えないなどと 吐かしおって。
結界が甘いのではないか?!
「稜、貴様の肩が大分濡れている。
もっと自分を傘に入れたほうがよいぞ。」
言葉はともかく そう言ってルキアが俺を心配そうに見上げている。
「俺はいいんだよ。 どうせこの後すぐ着替えるから。」
「そうはいかぬ。 風邪をひいたらどうするのだ?!」
ーー コイツ まじかよ!?
俺の周りの女は自分と自分の鞄の心配しかしないぜ。
「・・・ふ・ふはははは・・・」
「//////// な、なにが可笑しい?」
ーー 面白れぇ!
狼狽して赤くなってやがる。
俺みたいな男の傘に躊躇無く入って、腕さえ掴むくせに
こんなことで赤くなるのかよ。
「はは・・ 悪りぃ 悪りぃ。
お前の口調変だから、つい・・・・」
「/////// むぅ・・これでも かなり努力して直したのだがな。」
ーー 子供みたいに口を尖らせた。
黙っていれば、少しキツイ感じのする美人なのに話してみると
子供のように表情豊かにころころと変える。
ギャップが堪らないタイプ。
もっと喋りたい、もっと知りたくなる女。
ばしゃばしゃと雨の中を派手に水音を鳴らして、「ルキア!!」後ろから大きな声で
男が呼び止めてくる。
2人揃って振り返ると 雨の中を激しく上がる足元の水しぶきを気にすることなく
オレンジの髪の目立つヤツが真直ぐに走り寄ってくる。
ーー あれは! 隣のクラスの黒崎だ!
「ルキア、コンビ二の前で待ってろ って言っといただろーが!
おまえ何勝手に移動してんだよ?!」
ルキアの手が知らない男の腕にかかっているのを見ての黒崎の眉間の皺が深く刻まれて
ヤツの不快を伝える。
「あ、アンタも手間かけさせて悪かったな。
コイツを傘に入れて送ってくれて、ありがとう。」
雨の所為でルキアが寄り添う俺に無理矢理感情を抑えて礼を言うとルキアに傘を
差し傾けてくる。
「ぉお、一護。 すごく早かったのだな。
もっと時間がかかると・・・・、浦原のところに行って戻って
丁度良いくらいだと思ったのだ。 すまぬ。」
そう彼女は謝罪してはいるが、黒崎の苛立ちの原因に気付いてはいないだろう。
「いいから、来いよ。 さっさと浦原んところに行くぞ!」
軽く怒気を含んだその言い様から俺は 前からなんとなく癇に障っていたこの『黒崎』
という男に更にざらざらとした感情が胸の内に沸き起こる。
ーー 無邪気に俺の腕に掴まって傘に入るこの女は黒崎にとって、
多分とても大事な女なんだろう。
この男がこんなに大事にしているなら もしかしたら、俺が探している
本当に求めてる女・価値ある女かもしれない・・・。
黒崎の言葉に動き出したルキアの肩を抱いて引き戻す。
「いや 別に方角も一緒だし、ほんのすぐそこまでだからこのまま送っていくぜ。」
ヤツの怒りの原因を承知で、俺はワザとにこやかにそう言った。
「・・・稜・・・?!」
急に肩を抱かれたルキアが怪訝な顔で俺の名を呼んだと同時にヤツが声を荒げた。
「てめ、ルキアから手を放せ!」
ルキアの腕を掴んで強引に取り戻そうそうと手を伸ばしてきたので 俺は肩を抱いた
まま遮るように斜めに身体をずらして 俺の体の後ろにルキアを隠した。
至近距離で向かい会う形になった黒崎が俺を睨みつけてくる。
俺は気付かぬふりをして愛想よく笑ってみせる。
腕に自信のあるコイツとやり合う気はないからな。
「はいはい、そこまでにしてくださいね。」
「うあっ」「浦原さん!」
俺の背後で声がすると次の瞬間には肩を抱いていたルキアが消え、腕が宙を彷徨う。
慌てて振り返れば、縞の帽子に作務衣を着た怪しい風体の男が片手には蛇の目傘
(今時?!) もう片方の腕には小柄なルキアを抱え上げていた。
いつの間にかその男の作務衣と同じ色の羽織に包まれて。
「いつまでもこんな冷たい雨の中にこのお嬢を立たせておいたら、機能が完全に
停止しちゃいますよ。」
「浦原、貴様 人を機械仕掛けみたいに言うな!」
「朽木さ〜ん、何言ってるんですかぁ?
こんなに冷え切っちゃったら立ってるのも辛いはずーー」
「ルキア、てめ!! そういうことはもっと早く言えって!!
浦原さん、俺が。」
黒崎が間にいる俺を押しのけて、浦原と呼ばれた男から羽織に包まれたルキアを
受け取る。
さっきまで怪しいおっさんに平気な顔で抱かかえられていたくせに黒崎に渡された
途端にルキアの顔は真っ赤だ。
羽織が巻かれているため手の自由が効かないルキアは口だけで必死に黒崎に
抗議している。
「一護、もう良い、下ろせ! 私は大丈ーー」「ウルセエ!!
こんなに身体が冷てえのになに言ってやがる!?
今のてめえの言うことは全て却下だ!」
「私に向かって煩いとはなんだ?!」
そんな痴話げんかを始めたヤツラに目を奪われていたら、目の前が急に白く光った。
「だいたいてめえ、何よく知りもしない男にのこのこと付いていってるんだよ?!
待ってろって言ったら、大人しく待ってろって!」
「煩い! 親切な申し出だったのだ。
悪いヤツではあるまいーー」
急に強い光が起きる。
「浦原さん、今のって・・・・」
「彼には霊感があるらしくって『あたし』と『浦原商店』が普通に見えてる
みたいッスねぇ。
その上、どうも興味あるみたいでしたからちょ〜っと忘れてもらっちゃいましたvvvv」
「そうだろう!
貴様、結界張って普通は見えぬと言っておったのにコヤツに私が貴様の店に出入り
していると 送って行ってやると言われてとても驚いたぞ!」
「朽木さん・・・・、だったら黒崎さんにそれを一番に言わなきゃ・・・。
察するに・・・ 彼が私の店の事を言ったから、話を聞こうとして彼の傘に
入ったんじゃないんですか?」
「・・・ん、まぁ、そんなところだ。
だが、それだけではないぞ。
寒かったし。
一護が傘を持ってわざわざ来てくれると連絡があったがなにか忙しい身だ。
早く用事を済ましたほうが良いと・・・・。
さっきも言ったが、こんなに早く一護が来れるとは思わなかったのだ。」
「てめ・・・、だから何度も言ってるだろ。
そういう変な気を遣うなって!!
だが、浦原さんの店の事があったってのはわかった。
わかったけど・・・極力 知らない男に付いて行くな!!」
ーー 黒崎さん・・・、それって全くの子ども扱いじゃないですかねぇ。
朽木さんは確かに無防備に見えますけど・・・、一応『死神』っすよ。
「ところで 浦原さん・・ ルキアと俺についての記憶は・・・・?」
一護に言われたことを納得できずに抗議しているルキアを無視して 浦原に
そう聞いた。
「あたしゃ、今やただの一介の商人で『死神』じゃないもんで『店関連』や
『私関連』以外の他の記憶の操作は禁止されてるんっすよ。
それに今のあなた方はただの学生ですから別に彼から記憶を消す必要なんて
ないじゃないですか。
それより彼が呆けてる間に早く店に行って朽木さんの義骸の調整を
しちゃいましょvvvv」
雨が煙るように降る中、気が付けば彼女は黒崎に抱かれて去るところだった。
(いつの間に・・・・? )と思ったけれど、黒崎の肩口にすまなそうな
顔をした彼女が「ありがとう、稜。」って言った後 小さく微笑んだ。
ま、いいや、またな。 ルキア。
俺はそれ以来彼女を登下校、移動教室等で見かければ、必ず話しかけて他愛の
無い話をした。
つまり全く学校をさぼらずに時間通り登校していた。
彼女は相変わらずきつい感じの真面目なお嬢然としちゃぁいるが、俺がちょっと
面白い話をしてみせれば、ころころと屈託のない笑顔を見せてくれる。
それが嬉しくて、可愛くてさらに話しかける。
彼女には不似合いな橙の髪のあの男がいつも近くに居て眼光鋭く俺を睨みつけて
くるが、彼女が俺を拒否しない限り関係ない。
俺は遠い青い空を見ながら今までの自分らしくない事をしている自分が可笑しくて
自嘲気味に哂った。
だが、どんなに大切に大事なモノだと思っていたモノだって 触れてみると案外
あっという間につまらないものに変わってしまう。
自分の中で価値観は あっさり壊れて 興味を失くしてしまう。
だから しばらくはこのままを楽しみたい・・・。
彼女が今までと同じかどうかなんて分からない。
だが、今は期待感だけを楽しみたい。
ーー そう、俺はあれをまだ壊したくないんだ。
やっと見つけた。 久々に大切なもの。
壊すのは簡単。 いつでも壊せる。
そうだろ?
「ルキア・・・」
一人 名を呟いて・・・・瞳を閉じた。
ありがとうございました。
あとがき
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