桜 舞 ーー狛村隊長とルキアーー 


「ようやく春らしい暖かな陽気になりましたね?」

高貴な美しい少女がひらひらと幾重にも風に舞い散る桜の花びらをその手のうちとどめようと
白く細い腕をしなやかに伸ばして舞う。
犬の五郎が嬉しそうに少女の周りとくるくると飛び跳ね回る。

人ならざる儂の獣の瞳には 舞い散る桜よりも少女が花びらを追って流れる桜の描かれた
やわらかな柄の着物の長い袖を優美に舞うように動かす様のほうが儚く美しく映る。

黙って見つめる儂に気付き、花びらを追う子供の様な自分に照れたのか映にかむような
優しい笑顔を儂に向けてくる。

ーー ・・・勘違いしそうになる己を慌てて戒める。  
   月に一度 非番の日にあの高貴な少女が通って来るのは犬の五郎の散歩に付き合うため
   儂のためではない・・・・

ツッと分からない痛みがまた胸を小さく走った。





藍染惣右介の起した反乱後、自分のとった行動に間違いはなかったと今なお自信を持って言える。
儂は山本元柳斎先生のお考えに殉じているのだ。

だが、我知らず藍染の奸計に嵌り この儚く華奢な美しい少女を刑に処すのに手助けして
しまった事だけは謝罪したいと思わずにはいられなかった。
自分の内で それだけはケジメをつけたいとの思いがあった。



獣の儂には 静謐と冷徹さを纏う表情の読めぬ六番隊・隊長とそれに付き従って歩く妹御の姿は
遠目で見送ることしかできないほど高貴な四大貴族・朽木家。
眩しいほど美しく気品ある兄妹。

こちらから出向いて声をかけるなど・・・・ 事務的な話なら問題なく出来るのだ・・・だが、
このような話・・・しかもあのような凛とした気品を纏う女性に・・・・ なんと伝え・・・
いや・どう話しかけ・・・ 言い出せばよいのか・・・・?

そうこう無駄に思案するうちに日々の多忙な雑務に追われ、今更・・・と己自身でも思うほどに
時期を逃してしまっていた。
だが、姿を遠く見かければ、胸の内で鉛のように重くしこり疼いた。






その日は 今日のように暖かい天気の良い日であった。
珍しく手隙になり 隊舎の裏手で五郎を遊んでやっていると件の少女が儂に向かって
ゆっくりと歩いて来ていた。
遊ぶ五郎の楽しい気持ちが伝わったのか 近づく少女も楽しげに顔を綻ばせている。

「狛村隊長、お邪魔をして申し訳ありません。
 特秘の重要書類故、無人の隊首室の机に置いて去る訳にもいかず、窓からこちらに
 いらっしゃるのが見えたものですから、お持ちしてしまいました。」

「いや、儂こそ足労をかけて悪かった。」

儂をそれは綺麗な笑顔で見上げる少女に安心する。
儂のこの姿を間近に見ても変わらぬその様子に・・・ なにより 双極の騒乱後、少女の纏う
雰囲気が少し柔らかくなったのを改めて確認して。



!! 突然、五郎が儂の遊びの手が止まった事へ抗議をするように大きく吠えた。

「ぃや・・・・・」

刹那、娘が小さく怯えた声を発して 儂の腕を掴んで後ろに隠れた。
五郎に『伏せ!』と命じてから、娘の行動に驚いて見下ろす儂に気付くと顔を真っ赤にして
慌てて離れた。

「////// 取り乱してしまい、申し訳ありません。」

小さな身体をことさらに折って謝罪する。

「・・・・・・その・・、もう大丈夫だと思っていたのですが、あの・・・子供の頃、
 私の育った戌吊で犬は 幼い子供を餌に狙う獰猛な生き物でしかなかったのです・・・。
 死神になってもう恐怖の対象ではなくなったはずなのですが、まだ心の奥底では苦手意識が
 残っていたのか このように取り乱して本当にすみませんでした。」


申し訳無さそうに悄然と大きな蒼紫の瞳を伏せて、逸らせた。


ゆるりと遠く流れた視線が・・・ ぼんやりと止まる。
寂しそうに切ない瞳が見つめる先には大きな紅葉の大木が赤い葉をゆるりと舞わせていた。



「ーーー儂は・・・怖くはないのか・・・・?」

思わず出た突然の儂の言葉にゆっくりと瞳が儂に戻り、一瞬だけ不思議そうに首を
傾ける。
肩口の艶やかな黒髪が揺れる。

「狛村隊長は誰よりも誠実で優しいどっしりとした安心感を感じさせる霊圧を
 持ってらっしゃいます。
 怖がる理由がありませぬ。」

嘘も衒いのなくまっすぐに儂の瞳を見つめてそう語られた。
細く華奢な容姿を裏切る揺るぎなく力強い凛としたその言葉。

ーー 儂はもしかしたらこの娘とただこのように話をしたかっただけなのかもしれぬ。
   自身の中で蟠っていた鉛のようなしこりが消えていた。




「狛村隊長をとても慕っているのですね?」

再び美しい微笑を儂に向けて言った娘の言葉にどぎまぎと動揺してしまう・・・・ 
言われたのは足元で伏せたまま儂の声を一心に待つ『五郎』の事だとやっと理解して
動揺は収まったが、なにか物足りない苦味が胸の内に広がる。


「触ってみられるか・・・・、朽木嬢。」

儂の言葉に美しい笑顔が躊躇いと困惑の表情に変わる。

「・・・・あの・・申し訳ありませぬが、出来れば一緒に触れては頂けませぬか?」

先ほどまで纏っていた凛とした雰囲気が消え、しおらしく可愛らしい申し出をする娘に
儂らしくもなく微笑んでしまう。

「ほら、このように・・・・」

五郎の側にしゃがみ、背や頭を撫でて見せる。
おずおずと私のすぐ傍に ーー死覇装を通して互いの体温が感じられるほど近くに
しゃがんで白く細い手を伸ばして 儂の動きを真似て五郎の背を撫でる。

ーー儂の早い獣の鼓動がいつもよりさらに早く感じられる。

五郎の背をたどたどしく撫でながら、儂を見上げた微笑が輝くように映ったのは
胸に抱えた白い書類が日の光を強く反射させた所為だろうか・・・・。

同時にツッと分からない痛みが胸を小さく走る。

それ以来・・・・ 月に一度、非番を合わせて散歩の約束を交わした。






幾重にも幾重にも舞い降る桜の花びらの中、楽しげに朽木嬢の周りを廻る太郎と
桜よりも可憐に儚く舞う少女・・・・
切なくなるほど美しい光景を画の様にいつまでも時間を止めて見ていたいと思ってしまう。 

うららかな春のひと時

いったいいつまでこの少女は 儂の・・ いや、太郎の元をこうして訪れてくれるの
だろうか・・・・。

無邪気に笑う朽木嬢には良くも悪くもいろんな噂話が付き纏って離れない。
本人の素行、行動、人格を全て無視した
嫉妬とやっかみを含んで聞くに堪えないほど酷い話の方が多くある。

否応無く儂の獣の耳には多くの噂話が届く・・・・。

ーー全てが虚偽なら良かった

  混じる僅かな真実に何故か我が胸が痛むーー





あとがき ここまで読んで頂いてありがとうございました。