窘  雨 4 






目が覚めたのはいつもと同じ刻限だったが、嘘のように頭もすっきりして 連日の睡眠不足と
ともにあった身体の疲れもとれていた。
時間的にはたいして眠っちゃいないのに寝不足も疲労もとれたのは清家の爺さんがあんな
状態のルキアに本腰入れて対処してくれると分かって少し安心した所為かもしれない。

薄靄の中 本当ならいつもの日課どおり庭で鍛錬したかったのだが、人が多く暮らす他人の
家で煩くするは流石に気が引けて、屋敷の地下に修練所があるから使って構わないと昨夜の
内に爺さんが教えてくれた場所に向かう。

だが、先客ーーいや この家の主人・朽木白哉が年上の細身の中年の男・同等くらい霊圧が
ありそうなヤツを相手に真剣で鍛錬していた。
他隊の隊長の鍛練している姿なんて滅多に拝めるもんじゃねぇーーしかも相手は俺の倒す
目標”朽木白哉”だ。
霊圧を消す事無く普通に現われた俺に気付いていない筈も無ぇのに鍛錬を続けてるって事は
別に見ても構わねぇのだろうと判断して邪魔にならない様に扉の側に正座して見入る。

相手の隙を伺うような緩慢な太刀合わせから少しずつ剣戟の速さが増して 火花が飛び散る
息もつかせないような激しい殺陣(たて)に変わっていく。
だんだんと速さが増していくと俺の目で追うのが難しくなっていった。
速さとともに びりびりと地を揺るがすほど上がる霊圧に背中と握る拳に嫌な汗が伝いだす
ーーこれが俺の倒したい相手!!
まだその実力の全てを出し切っている訳じゃねぇ、コレはただの鍛錬・・・・。

きんーーと甲高い音が響いて刀が飛んで決着がつく。

相手の男が苦笑いと感嘆ともとれる顔を見せて頭を下げると息も乱さない あの無表情まま
朽木隊長も作法通り軽く頭を下げて一礼した。
剣を交える上では ”当然の作法”なんだが・・・やっぱ、なんだか意外な気がしたーー




鍛錬を終えた二人が入り口に座る俺の方に近づいてくる。
あんな激しい剣戟を見せられた俺は 気圧された様に思わず頭を下げずにはいられなかった。
そんな俺のすぐ側に朽木隊長が足を止めて、相変わらず感情も抑揚の無い言い方で

「世話をかける。」

そう一言を残してすぐにたち去った。

言い捨てられたその一言が重く・・・ 無性に悔しくて袴を握る。
俺にとってルキアのために何かするのは当然で別に礼の言葉なんていらねぇのに・・・・。
そんな気持ちの在り処に関係なく、ルキアはあの人の庇護下で・・・・ 
今の俺は礼を言われるような立場でしかない・・・・。

気がつけば、隊長の後を歩いていたもう一人のおっさんが立ち止まって黙って俺を
見下ろしていた。
なんとなく覚えのある霊圧だと不躾なほど見つめて、その顔に記憶を辿ってみるーー
が、”いつ、どこで会った誰”だったのか思い出せなかった。

「如何でしたか?」
「いや、凄すぎて疾すぎて・・・ とても感想なんて言えるほど見えてもいねぇ・・・・
 目で剣の動きを追うことすら出来なかった。」
「ふ・・・・む。」

俺の言葉にそんな手ごたえのない返事をして男は歩き去った。
その素っ気無さがまた悔しくて悔しくてーーいつもの基礎どおりの鍛錬に加え、見せつけ
られた剣の動きの追えたところだけを真似てみる。
瞬歩を使いながら剣を振るう
ーー動きの激しさに息が上がり、呼吸もままならず酷く苦しい。
だが、何度も何度も繰り返し さらに速度も上げていった



ルキアは流魂街でも下層地区・戌吊から大貴族・朽木家の養子になった事で世間から厳しく
下世話な風評に曝されていた。
だからって訳じゃねぇだろうが、アイツは余計に名門・朽木家の名に泥を塗らねぇように 
辱(はじ)にならないようにと常に必要以上に気負って鍛錬して、霊圧を抑えて目立たない
様に縮こまるように俯いて歩く姿を見るたびに俺は後悔を重ねていた。


”裕福な大貴族 本当の家族との暮らし”= ”何不自由ない幸せな暮らし”

そう単純に 簡単に信じて 『あまり深く考えずに』俺がアイツに薦めた。
そんな俺のあの頃の単純な思考とガキで世間を知らねぇ無知をどれほど悔しく
思っただろう。
もともと俺達は戌吊で自分達の力でなんでも手に入れてきたのだ。
他人の力を頼れば、それなりの代償を払うって事くらい分かっていた筈だった。

朽木家という大きな柵(しがらみ)に縛られて苦しそうなルキア


明日の空腹を心配したり、誰かの怪我や死に怯える 苦しそうな哀しい顔のルキアを
俺はもう見たくなかったーー
アイツには楽しそうに笑っていて欲しかっただけだったーー
温かい家族のいる裕福な家庭ならそれが簡単にルキアに与えられると信じていた。

憎まれ口を利きながら勝ち誇った顔でも構わないから俺達仲間全員が大好きだった 
”楽しそうに明るく笑って”いてくれさえすればーー 
俺の望みなんて そんな大層なモンじゃねぇ こんなちっぽけなモンなのに 

ーーガキの頃のほうがもっと単純に果たせてた気がするーー
大人になって戌吊の時より力も金もある今の方がこんな簡単なことが難しい。

ーー 今更・・・・・ だとは思う。
   あの当時の事を思えば仕方のなかったってのも分かってる。
   アイツがこの家にいる事が苦しいと言うなら、出してやる方法がない訳じゃない!
   そのためにも俺は強くならなくちゃならねぇ!ーー朽木白哉よりは!!

肩を激しく上下させて肺に空気を大きく取り込んで 流れる汗を袖で拭う。
昨夜の青白いルキアの寝顔を思い出し、息を再び整えると刀の柄の拳をぐっと強く握り直し、
俺は更に瞬歩で移動しながら刀を振るった。




鍛錬を一休みしていると朝食だと言って弁当を持った朽木の蜘蛛が一人現れた。

「阿散井様、侍従長の命で貴方のお相手をするように申し付かりました。
 蜘蛛の中で一番瞬歩が早い”物見”と申します。
 これより私を追う事で鍛錬としてくださるようにと。」



この日 昼食の時間以外はコイツを追って尸魂界中をずっと”瞬歩”で動き回った。
段々と上がる速度に息が上がり、肺が呼吸を求めて苦痛を伝えていた。
疾く流れる景色に目が眩み 足がもう無理だと悲鳴を上げているのにムキになって 
さらに霊力を上げて 俺は”物見”を追いかけた。

お陰で身体はボロボロに疲労して 霊力もかなり消耗していた。
夕方早めに風呂に入り、食事を大量に摂って霊力を補充するとすぐに眠れるほどに。






だが、夜半ーーーやはりルキアの魂魄の気配を感じて目を覚ました。

慌てて起きて 障子を開ければ 相変わらず朦朧とした表情の無い青白い人形みたいな
顔でゆらりと現れてーー抱き留めればーー人形師の操る糸が切れた様にはらりと腕の中に
崩れ落ちて意識を失うーー今までと同じだ・・・。 

その晩、崩れ落ちる前に呼んだのは戌吊の時の仲間「大吾」の名前だった。

弱々しく密やかに名前が腕の中で囁かれるとギリギリと異音を鳴らして胸が締め付けられて
痛いーーこんな状態のルキアを為す術もなくおろおろと心配する不安と言い表しようのねぇ
暗い感情が胸の中で鬩(せめ)ぎ合って酷く苦しいーー

意識を失った後のルキアの吐息と寝顔の穏やかさを確認して一呼吸吐き出すことで不安は
少し和らぎ、華奢な身体を両腕で抱き締めて「ルキア」と名を呼ぶ事で俺の中で蠢く
訳の分からない暗い感情はなんとか落ち着いていく。



だが、どうしたらお前は救われる・・・・?
ルキア・・・ルキア・・・ルキア・・・
なんでお前は毎夜俺の前に繰り返し現われるんだーーー?
ちきしょ・・・ 俺なんか見ちゃいねぇくせにーー
俺にどうして欲しいーーー?
馬鹿野郎、なんで俺の名は呼ばねぇんだよ・・・・
俺の腕の中に落ちるくせに・・・ 
そんな安心したような顔をしてみせるくせに・・・・・




廊下でしばらくそうしてルキアを抱きしめていると いつの間にか傍らに清家の爺さんが
立って待っていた。
俺はルキアに縋るように抱きしめていたのを知られた照れ臭さから視線を合わせないまま
ぶっきらぼうに「大吾だ。  今晩は大吾の名前を呼んだ。」と報告した。
そんな俺のことを意に介した様子も見せずに爺さんは無言で頷くと手の動作でルキアを
部屋に戻すよう促した。

屋敷の中を歩いたルキアが泥だらけじゃないってことと街中をあんなあられもない姿で
歩かなくなったことで危険がなくなった。
その二つが今までとの違いーー俺を屋敷に留めた理由なのかーー 
いや、それだけじゃないだろう。
爺さんだけは確かに俺とは何か違うものが見えていて、ルキアのことも俺より分かって
いるみてぇなのに何も話してくれる気はねぇらしいーーくそっ

長い廊下を俺の問いかけを許さず黙って歩く




それからの3日間は同じ繰り返し。
早朝から屋敷の地下の修練所に向かい、昨日と同じ様に朽木白哉とおっさんの鍛錬を見学
した後、一人基礎鍛錬と見よう見まねで剣を振るう。
”物見”が現れると尸魂界中を瞬歩で身体も霊圧もぼろぼろになるまで”物見”を追って
より早く より遠くに何度も移動する。
そうして極限まで疲れた身体を早めに寝ませて 夜半にゆらりと現れたルキアを寝具に戻す。

お陰で瞬歩が格段に早く、移動距離も一気に遠くなった。
また速さに目が慣れたのだろう、早朝の朽木白哉とおっさんの鍛錬もほとんど目で追える
ようになっていた。
後はこの身体があの動きを覚えさせて、出来るようにしなければならない。


正直、俺は焦り、苛立っていた。
もうこの屋敷に留まって5日も経つのに ルキアは何も変わってはいなかった。
むしろ毎晩抱き上げる毎にその身体は軽く細くなっているように感じられた。
感じる魂魄の霊力も弱く消耗が激しい気がする。

「表向きは普段より少なめにいつものように食事を摂っておられましたが、
 どうやら後で隠れて嘔吐されていたようです。
 白哉様や周りの我々に心配かけまいとかなり無理しておられたようですな。」

今朝、爺さんがらしくないほどぼそりとそう告げられ所為かもしれねぇ・・・。
あれは何か覚悟した様子だったーーしかもあまり性質がよくない。
爺さんが暗く澱んだ表情を俺にさえ読ませるほどの。


ーーアイツは相変わらずとことん馬鹿だ。
  なにをそんなに周りを慮って無理しなきゃならねぇ。
  だが、反面着るものや住む場所が豪奢なものに変わってもあいつ自身は戌吊の頃と
  何も変わっていない。
  あんな状態なのに自身よりも周りを気遣うーー心配させまいと気丈に振舞う。
  そんなアイツの不器用さに嬉しいような悔しいようなーー殴りたいほど・・・
  抱きしめて罵りたい気持ちになる。
  



加えてーー毎夜ルキアが呼び求める名前が今まで『てつじぃ、眞尋、大吾、総、良平』
と呼んでいたのだから、当然昨夜は戌吊の仲間 俺の名前を呼ぶと思っていたのに
『ききょう』なんて呟かれて思わず耳を疑った。
ーーは?  誰だ、それは?
爺さん曰く、昔ルキア様付だった侍女見習いで貴族ではないのでとうに転生した者ですな。
なんて懐かしそうに目を細めて暢気な事を言っていた。

ーーちきしょう!!  
  いったい俺はここで何をやってるんだ!
  名前を呼んで求められもせず、何かの役に立っているとも思えねぇ!!
  朽木白哉より強くなるための鍛錬だってルキアを取り戻すためーーそのルキアを
  失うようなことになってはせっかく鍛錬も意味を為さない。

事態は何一つ好転してるようには思えないもどかしさーー日にちだけが悪戯に過ぎて
その焦りがいつの間にか狂ったように動き回らせ、闇雲に剣を振り払わせていた。




「朽木家にまんまとうまく取り入られたようですな、阿散井殿。」

皮肉な口調とともに蜘蛛頭が修練所の入り口に現われていた。

「どういう意味だ!?」

俺はイライラとした感情をぎらりと滲ませて不機嫌な顔を向けた。

「別に意味なんてないですよ、そのまんまを申し上げたまでです。」

そう言い捨ててから 立ち去るように見せかけてーー蜘蛛頭は一瞬で俺との間合いを詰めて
俺の耳元で憎々しげに囁いたーー

「ーーー小僧が思いあがるなよ! 
 とっとと本性を現して金を無心すれば可愛いものを!
 こんな風に真面目さを装って鍛錬と称して修練所を使う手のこみよう。
 しかして実際に見に来てみれば、なんのことはない。
 基礎すらいい加減な剣の真似事をしているだけではないか。
 清家殿と我が主が『貴様』を奥の院への立ち入りを許すほど認めている様だが、
 貴様など我は認めぬ。
 絶対に 朽木の・・・ いや、ルキア様の御為にならぬ男!
 厄病神め、貴様が朽木家に現れる時はいつも碌でも無い時だ!!」

ーー 厄病神 ーー

赤い髪の所為で子供の頃に散々投げかけられた言葉を 今更こんなに時が経ってから
こんなところで聞かされようとは・・・・・!? 

一瞬で全身から総毛だったように抑制のはずれた霊圧が放たれた。

刹那、蜘蛛頭叢吾が後ろに飛び退るーー遅えよ!
袈裟懸けに振り下ろした斬魄刀の切っ先からさらに鋭く溢れた霊圧がヤツの頬から
鼻先を掠めて剣を構えようとした腕の肉を削いだ。
噴出した血飛沫に余計に残忍に切り裂きたい衝動が沸き立ち、さらに容赦なく斬り
かかっていった。
必死に剣を受けるヤツの顔が驚愕で満ちて 俺の剣技の実力を読み間違えていた事を
伝えるーーソレが余計に俺の残虐性を煽る。
今まで俺を馬鹿にして下に見ていた事を後悔させてやる。
さらに振るう剣の速度を上げて髪から袖や袴を嬲るように撫で斬りにする。
髪が乱れ、着ていた朽木の蜘蛛の服が切り裂かれて全身が薄く血に染まり滴りだす。
致命傷を出さない余裕を見せつける様な撫で斬りが蜘蛛頭の癇に障ったのだろう。

「何のつもりだ、小僧。 いい気になるなよ。」

ぬるり流れた顔の血を袖で拭うと 一気に上段から斬りかかって来る。
渾身の霊力が込められた剣は緩慢だが重く、受け止めた剣を持つ手がずんと沈み痺れた。
そのまま力を拮抗させて互いに動けなくなり、動く時期を計って睨み合う。
剣が離れた時が 次の斬檄が互いに致命傷を狙うーー今まで死地の中で分かる直感。
止める事なんてこれっぽちも考えられないーーこれは生き残りを賭けた本能
思考の入る隙はない。
本能と身体の動きに任せて離れてすぐに剣を振り下ろすために踏み込むーー

互いの剣はいつの間にか割って入っていた清家信恒の爺さんが両手に持つ剣で受け止め
られていた。

「ーーー鍛錬の域を超えているようですな。」

驚くほど鋭い眼光が流されて 蜘蛛頭が狼狽して土下座していた。
俺もその眼光に押されてその場に剣を刺して片膝をついた。

「言い訳は結構です。」

片手を軽く振ると蜘蛛頭がその場から姿を消した。

「さて・・・・。
 こんなことのためにいらしていただいた訳ではないのですが。
 今日までご協力頂いた彼方様には申し訳ないのですが、今を限りにお引取りください。」

未だに息荒い俺の背筋をひやりとしたものが走る。
挑発に乗って馬鹿な事をしたーーあれはこの朽木家の警備の蜘蛛だった
それと相争うということは朽木に仇為すことと取られても仕方ねぇ・・ってのか。

「いや、何も解決しちゃいねぇだろう!
 俺はそのためにここに来たんだ、日に日に弱っていくルキアをあのままにして帰れる
 訳ねぇだろ!!
 約束の日までまだ2日ある。」

「−−−−−−−
 ご自身が自暴自棄になっていたのではないのですか。」

俺の今朝の心中を見透かしたかのような言葉が突きつけられた。

「んな訳ねぇだろ。
 爺さん頼むから約束だけは守ってくれ。」
「諍いは赦されないこと。  秩序を重んじるのが朽木家です。」
「爺さん、頼む!!
 俺はずっと後悔してた!」

俺は自身さえずっと認めたくなかった苦い思いを吐露する。

「俺は・・ 本当は・・・ もしかしたらあの日『ルキアの為だ。』と言って
 本当は体よくアイツを厄介払いしたのかもしれねぇ・・・・。
 心の奥深くにあった自分の気持ちに気付いた。
 ーー俺は俺が許せない!!
 いつの間にかアイツといることを重荷のように感じていた!
 いつまでも俺を頼り、誰とも馴染まないアイツを面倒だと・・・・
 山深くに隠して、そんな風にルキアが他人に馴染まないようにしちまったのは
 誰でもない俺達の我が儘な想いからなのに。

 隠し事の上手じゃないアイツの助けを求める視線に気付いていた。
 アイツの誤魔化そうとする嘘なんて 強く言えば本当の事を聞き出せた筈だ!
 なのに俺はそうしなかった!!」

「それはあくまでも彼方様の想い。
 当家とルキア様には関わりないこと。」

冷ややかに見下ろしてそう切り捨てられた。

「そうだ。
 だが、あんたは医者を揃えて俺まで呼び入れて とりあえず一週間の猶予を持った。
 それはその間にルキアの状況を好転を願ったからだろう。
 最悪の方法を取りたくなかったからだ。

 ーーそれは記憶置換機じゃねぇのか?」

俺の言葉に清家の爺さんが片眉を上げて少し驚いた顔をする。
すぐに表情のない本性らしい冷たい顔で当然のように頷いて見せた。

「図星なんだな。
 まれに俺達が見えてしまった現世の人間に使うーーアレを使う気なんだな。
 だが、死神になると同時に俺達にも一度使われている。 
 任務に支障がないように家族、一族の名前や関わりのあった地名なんかを記憶置換機で
 消しているだろう。
 一度、それだけ大量の記憶を消しているのにさらに死神になってからずっと関わっていた
 ”志波海燕”の記憶をルキアから消したらいったいどうなるんだ?
 アイツはアイツ自身を保てるのか?」

言いながら胸が張り裂けそうに痛いーールキアはどうなっちまうんだ?!

「今のまま霊力を失い続けて喪失してしまうよりはいいでしょう。
 死神としての記憶が無くなったとしてもこの朽木家で安穏と暮らしていけばいいだけのこと。」
「ふざけるな!  そんなのアイツの望みじゃねぇだろ!?」
「仕方ないのですよ、阿散井殿。
 あの方自身が『志波海燕の死』を受け止められない結果なのですから。
 私も我が主もこれは極力避けたかった方法ですが、もう一週間近くも満足に食事も摂られ
 ていないと分かった以上ルキア様の最悪を救う最良の手段となるのです。」
「違うだろ?
 あんたが思うのは朽木の当主のための最良だろ?」

俺の言葉に悪びれもせず爺さんは穏やかにそれは恐いほどの綺麗に微笑んで見せた。

「そうです。
 私が守るのは朽木の家であり、白哉様ですから。
 二度とあの様に悲しみと苦しみに満ちた姿を拝見したくはないのですよ。」

愕然とする思い。
俺はこの爺さんが朽木の家のためなら冷酷非情なことを平気ですると分かっていながら
何故、こんなに愕然とするほど信じていたのだろう。





「清家信恒よ。 ルキアの事を第一と考えよ。」

なんの気配もさせず、朽木白哉が俺達の後ろに立っていた。
爺さんは慌てていつもの表情に戻すと頭を垂れて控えた。

朽木白哉は俺をあの落ち着いた視線を向けてきた。

「叢吾との諍いの件、聞き及んだ。
 済まぬ、なにやらあの者が先に無礼な事を申したようだな。
 だが、この家での諍いは赦さぬ。
 逗留は今夜限りとする。」

反論を赦さない、宣言するように短く告げて踵を返して行ってしまった。






あとがき