痛みわけ




「・・・・くっ・・・いっ痛・・・・恋・・・・やっぱり・・やめ・・」
「うるせえ!  途中で止められるかっつーの?!   いいから、力抜けって・・」
「・・・んっ・・・・・痛・・・いたっ・・・・」
「・・・うるせ! ・・・もっとちゃんと開けって!
 だし、力抜かないから痛いんだって。」
「・・・も・・・むり・・・いい・・・れん」
「無理じゃねー! ・・・・だいたい途中で止めてどうする?!」
「・・だ・・・・痛・・・・」
「そんなに言うほど痛くねぇって。  痛く無いようにやってるって・・・」

六番隊の隊首室から どう聞いても痛みを訴えて拒否している朽木ルキアの切ない声と
彼女の幼馴染でこの六番隊・副隊長阿散井恋次が彼女の拒否する声を無視して強引に
推し進めているらしいやり取りが漏れ聞こえていた。
勤務時間を終えて帰ろうとしていた四番隊・七席山田花太郎は理吉に呼ばれてここに来た。
ーーにも拘らず、二人のそんな会話のせいで 理吉と花太郎は入室出来ずに居た。


この日、恋次は朝から上機嫌だった。
勤務開けにルキアと食事に行くためにもう2週間も前から店を予約、
仕事も同様に2週間前から調整していたので、予定通り定時には隊舎を出た。

だが、半刻もしないうちに霊圧に怒りを滲ませながら、戻って来た。
同じ様に何事か怒りながら懸命に訴えている朽木ルキアを小脇に抱えて。
そんな2人を驚いて見ていた理吉に
「わりーが、ちょっと4番隊の山田か、誰か呼んで来てくれ!」
そう言って ルキアを抱えたまま6番隊・隊首室に入り、大きな音をたてて戸を
閉めてしまった。
状況も分からないまま慌てて花太郎を連れて戻ってきた時にはそんなやりとりが
漏れ聞こえていたのだ。



「//////・・・・う・・・すいません。 
 呼んでくるように言われた時は まさか・・・こんな・・・どうしよ?」

「////////・・え・・どうしようってどうしたらいいんしょう・・?
 あぁ、ルキアさん・・・あんなに痛がって止めて欲しがって・・・・。
 でも、相手はあの恋次さん・・だし。」

 
隊首室の前で顔を赤くしたり、蒼くしていた理吉と花太郎が立ち尽くしていると 
背後から明るい声が聞こえた。

「お前ら、何やってんのこんなとこで?
 なんで入らないわけ?」

2人が驚いて振り返ると9番隊副隊長・檜佐木修平が精霊廷新聞を片手に立っていた。

「・・・檜佐木副隊長・・・あの・・・」
「・・・ん?  どうした?」

「・・・・れん・・じ・・・ もう、やめ・・・」
「うるせえよ、黙ってろって!」
「・・・だ・・いたっ!   もっとそっと・・・」
「ルキア、動くな!  すぐ抜きゃ、痛くないって。」
「・・・・や・・・痛!」

「何だなんだ? 面白そうじゃねぇか?!」

そう言って檜佐木副隊長は戸に手をかけると遠慮なく部屋に入っていく。

「あぁ!!」「檜佐木副隊長!」

気弱な2人は慌てるが もうどうすることもできない。


「よぉ、恋次!  嬢ちゃん!  
 お前らが意味深な会話してるからお前のとこの理吉と四番隊の山田が戸の前で慌ててたぜ!」

応接室のソファに座った阿散井の膝の上、小柄な朽木ルキアを覆い隠すように
腕の中にすっぽりと包み、ルキアの肩に顎を乗せて 互いの頬を密着させて、恋次が
ルキアの左手を捕らえて二人一生懸命にその手を覗いていた。
もちろん2人とも死覇装は着ている。

檜佐木の突然の乱入とそのセリフに2人驚いて顔を上げる。

「はぁ?  檜佐木さん、何言ってんスか?  理吉と山田が?」
「・・・お疲れ様です、檜佐木副隊長。  あの・・・今の何のお話ですか?」

(やっぱりな・・・。  あんなやりとりじゃぁまだまだ色気がないんだって。
 だが、さっきの会話より今のコイツラの密着具合の方が問題だろ!? 
 こいつらって素でこういう事が出来るから 嫌になる!
 ホント、幼馴染ってやつは!! 
 いつまでも餓鬼のまんまでいいよな!!)

「ってか・・・お前らなにやってんの? 
 俺は理吉と山田が廊下で心配してたぜって言ったンだって。」

恋次の大きな右手には小さな金属片が光っている。

「この馬鹿が昼休みに掌にこんなに棘を差したってのに今の今まで放置してやがって!!
 見てくださいよ!  
 こんなに膿み腫らした上に熱まで持っていて、肝心の棘は肉の中に食い込んじまって・・・。
 抜いてやってるってのに、痛いのなんのってうるせえ・・・」
「煩くなどして居らぬわ!  
 かなり我慢して・・・・ 貴様がへたくそだから・・・。
 それにこの程度の棘すぐに抜け落ちると思ったのだ。」

恋次の膝の上に座って 口を尖らせながら文句を言うルキアはまるで子供のようだ。

ーー どうもこの嬢ちゃんは恋次と居ると子供に返るようだ。
   いつもの大人びた、「触れなば斬る」的な凛とした雰囲気はどこにも見えない。

「てめ、言うに事欠いてなんだと! 
 だいたいてめぇがすぐ四番隊に行くなりして、すぐに処置してりゃ 
 こんなひでえ手にはならなかったって!」

その話を聞いておずおずと檜佐木の影から花太郎が顔を出す。

「あのぉ・・・ こんにちは。  大丈夫ですか?  ルキアさん。」
「おぉ!  花太郎、すまぬ。  わざわざ出向いてもらって。  ありがとう。」
「花太郎、悪かったな。  すまねぇが、右手はもう全部抜き終わってるから
 治療してやってくんねぇか?」

恋次からルキアの右手の治療の依頼をされるが、2人とも体勢はそのまま動こうとしない。
それどころか、ところどころ血の滲む手拭いの巻かれた細い右手が恋次の腕の下から
差し出された。
しかも花太郎を見るルキアの大きな瞳は今にも泣きそうに赤く潤んでいる。

再び恋次はルキアの肩に顎を乗せるように俯いて、その左手を見つめて棘抜きを動かす。

「てめ、あとちょっとだから、動くなっつーの。」
「あ、やめ!  せっかく花太郎が来てくれたのだから、花太郎に頼む。」

「喧しい!  てめえがいつまでも放っておくからこんな事になったんだ!
 これは罰だ。  少しは反省しろ、馬鹿ルキア!」

  
ーー !!・・ん?!  よく考えたらかなり美味しい体勢になってんじゃねぇか、俺。
   今更花太郎に渡して堪るかよ!!

やっとそう気付いた俺はどさくさに紛れて 目の前の細く白い首筋に唇を寄せた。

「んぅ・・・・ 」

一瞬びくりと震えた後、腕の中から逃げ出そうとするルキアをさらに強く抱き締めた。

「あ、馬鹿、止め!   だし、強く掴むな!  痛い!」
「じゃ、大人しくしろ。  後 一本抜いたら終わりだから。
 そしたら、花太郎にその棘の所為で膿んでる両手を処置してもらえ!」

(結局恋次さんの膝の上に座ったままのルキアさんを診るんですね、ぼく・・・。)

恋次の横におずおずと座って治療器具をテーブルの上に広げて、巻かれた手拭いを
解いて傷を診る。

「・・ ルキアさん、・・・ とりあえず 手拭いを解きますよ。」
「すまぬ、ちょっと誤って掴んだ蔓に棘が生えていたらしくてな・・・・
 痛い、恋次。  もっとそっと・・・」
「うるせえ!   膿んでる上に肉が盛り上がって棘が肌の奥に沈んじまってるから
 仕方ねえだろ!!」
「あの・・・・僕なら」

言いかけてすぐに恋次さんに鋭く睨まれてしまったので仕方なく黙って治療に専念する。

「じゃ、ここに精霊廷新聞置いておくからな。  
 恋次、隊長によろしく伝えといてくれ、 嬢ちゃん、お大事に。」

僕と恋次さんのやり取りに気付いたのだろう、部屋を出る時、檜佐木副隊長は
恋次さんに意味深に片目をつぶって笑顔を見せた。

(治療の鬼道を使えば、痛まないように抜いて上げられるのに・・・・・。
 だけど・・・・恋次さんは大ガラな身体とその大きな手に似合わないほど器用さで
 するりと最後の棘を抜いた。
 たしかに痛いはずだ・・・。 
 その棘は少し抜けにくいように逆さに細かく針を持っていた。
 しかも30箇所近く細かく刺さっていたらしく、細い綺麗な指が今は赤く腫れて
 見るからに痛々しい。)

「蓬蔓を触ったんですね。
 あれは毒を少し含んでいるからこんなに腫れたんですよ。
 解毒剤を塗りましたので、2・3日は包帯を巻いたままあまり動かさないでくださいね。
 それにこの解毒剤は少し眠くなる成分が含まれていますから、今日はすぐ帰って
 お寝み下さい。」

手早く白い包帯が巻かれていく。

「だが、花太郎。  このようにされては明日の仕事が出来ぬではないか・・・・。」

理吉がお茶を持って 応接室に現れる。

「あれ、檜佐木副隊長はもう帰られたんですか?」
「あぁ・・・。  今、総隊長の次に忙しいのはあの人なんじゃねぇか?!」

「ルキアさん。  お仕事も大事ですが、ご自身の身体のことも・・・・ 
ひっlllllllllllllll」

その時、ルキア以外の全員が並々ならぬ霊圧を感じた。
以前に会った戦闘中のモノに比べれば、かなり抑えられていて僅かに漏れ流れ出ている
程度の霊圧なのに、殺意にも近い怒りの感情を含んでいる霊圧は、その圧の量に関係なく
触れられただけでばくばくと今大きく鳴っている心臓も止まってしまいそうだ。

とりあえずこの場から今すぐ逃げたいのに足が竦んで動かない。
壊れたおもちゃのようにぎこちなく首を回して3人は 背後の人物を目で確認する。

髪一筋の身動きも許さぬほどの静謐を纏って6番隊・隊長朽木白哉が立っていた。
周りの空気は霊気を帯びて冷たい。

ーー なんで隊長が戻ってきてるんだ?  
   今日は浮竹さんと飲むって・・・・ まさかルキアか・・・・?
ーー この隊長は氷雪系ではなかったはず・・・・

真っ白になった脳内の片隅ではそんなどうでもいいことまで考える。



この朝、我が妹ルキアが恋次と食事に行くという予定は既に聞いていて知っていた。
嬉しそうに報告するルキアに心中は複雑ではあっても とりあえずその笑顔を
守りたい白哉は静かに頷いて話を聞く。

だが、先ほど嫌がっている、痛がっているルキアの微かな霊圧を感知しては
居てもたっても居られず その現場に来てしまった。

ルキアの包帯の巻かれた両手を黙って見て取ると、恋次の腕の中ですっかり薬が
廻って眠気でぼんやりしているルキアを抱き上げた。

「ご苦労だった。」

その一言を残し、ルキアとともに白哉が瞬歩で去っていった。

「うぁあー、怖かったぁ〜!!
 噂通りルキアさんになにかあったら駆けつけてくるんですね!!」

「精霊廷内じゃ霊子に満ちてるから、霊圧を 魂魄を遠くから見つけたり、
 様子を見るなんてとっても難しいのに・・・・・・さすが隊長っす!」

ーー 俺だってできるって。  ちきしょ!!
   だが、ホンとにあの人は ルキアが元気でないときゃ・・・別人。



一人、恋次さんの機嫌が悪くなった。






『やる気』の元 ありがとうございました! 可哀相な恋次に一言頂ければ、喜びます。 Dec.20.2008〜Jan.12.2009  

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