朝顔  「恋次、起きろ!  何時まで寝ているのだ?」 「んぁっ・・・ ルキアか?!  ・・・・・んだよ、ずいぶんと早えぇじゃねぇか・・・・  おはよう・・ルキア♪」 「早く起きろ、馬鹿変眉!」 伸ばした手をぴしゃりと はっきりすっきり容赦なく叩かれ、撥ね退けられたーー もそもそと重い身体を布団から引きずり出しながら、恋次はぼそりと口中で呟いた。 「可愛くねぇ・・・」 早朝から恋人の寝込みを襲うように叩き起こしておきながら そんな冷たい態度はねぇだろ・・・・ 少しくらい甘やかに起こしてくれてもいいんじゃねぇか・・・・・ そんなルキアらしくない事を希望するあたりがまだ夢見ごこちで寝惚けていると思うのだが、 愛情の在り処が疑われてややへこむ。 「顔くらい洗って来い、副隊長殿!」 「うるっせぇよ、馬鹿!!   非番の日に役職でなんか呼ぶなっ。」 珍しく二人揃って非番の今日ーー わざわざ朝早くからルキアが俺んちに来たのは朝顔を見る為。 「おぉっ、とても綺麗に咲いているではないか!!」 「そうだろう?  ちょうど今週が見ごろ、全盛だって言っただろーが。」 「むぅ・・、春に種を蒔いたのは私だぞ。」 「ぁあっ、そうだよ。  家主の俺に一言の断りもなく、勝手にな。  ご丁寧に軒下まで窓一杯に網を張りやがってーーびっくりしたっつーの。」 中庭に立つルキアの正面の窓には 大きな幕を引いたようにぎっしりと一面緑の葉を伸ばして、 たくさんの青い大きな朝顔が咲き乱れていた。 俺は その後ろ、向かいの部屋の縁側に寝巻のまま座り、朝顔を背景に立つルキアを見ていた。 朝顔の柄の着物を着て、いつもと同じように背筋を伸ばして凛と立って朝顔を見つめる 華奢な後ろ姿が今は儚く感じるのは朝靄がうっすらと残る所為かーー 「ふふ・・ん、一週間も気づかなかったくせによく言うわ。」 振り向きもせず、いつものように小憎らしい口調で悪態を吐くルキアに つい、ムキになる。 「てめぇと違って隊長格は忙しいから庭を見てる暇なんかねーんだよっ!!」 「これだけ大きなものが目に入らぬとはな。  かなり鈍いのではないのか?」 「うるっせぇよ!!  だいたい植えたのはてめぇかもしれないが、毎朝、水をやってたのは俺だろうがっ!」 「貴様の家の中庭だ。  貴様が水を撒かずして、誰が水をやるというのだ。」 喜ぶ顔が見たくて世話をしていたのだが、腕を組んで偉そうに悪態を吐くルキアに大人げなく 言い返せば、即座に当然あるだろう反論が返って押し黙る。 「・・・・くそっ・・・・・」 別に感謝の言葉を期待していた訳ではないが、朝早くから叩き起こされた寝起きの悪さも手伝って 不機嫌になり、寝起きの髪を掻き上げて座布団を枕に反対を向いて転がった。 「・・・・・・網を張るのはけっこう大変だったのだぞ。  これだけ大きな網だからな。  庭師の土師殿にも手伝ってもらってーー」 落ちた長い沈黙後、抑揚なく話したルキアの最後の言葉が震えていたのに気付いてーー 慌てて身体を起こして、走り寄って小刻みに震える細い肩を抱きしめる 「・・ホントてめぇは・・・かわいくねぇっ・・・・」 一瞬、身体をびくりと緊張させて、逃げようと身じろぎした小さな身体を強く掻き抱いた。 「逃がすかよ、馬鹿・・・  なんでそんなに一人で頑張ろうとするんだよ・・・ルキア  だいたい俺の前で気付かれないように声も無く泣くなんてどういうつもりだっ!」 強く抱きしめて離さないだけじゃなく、そう怒鳴れば、逃げようと押し離そうとしていた細い腕が しがみつくように寝巻を掴んだ。 ずっと伏せられていた顔が胸に埋められる。 最近やっと定位置のようになった胸の中に大人しく収まった小さなルキアの黒い髪を撫でつける。 抱きしめる度に苦しいほど愛しいと思う。 何度もこうして抱きしめてきた もっと素直にすんなりと収まりゃいいのにーーこの馬鹿は・・・・ いつまでも素直じゃない、意地っ張りなルキアを愛しいと思いつつも寂しいとも思う 「かわいくねぇ・・・」って呟いて そのかわいげの無さが愛しくて 俺を余計に執着させる こんな不器用なルキアだからこそ、傍に居られない長い間他の誰の手にも落ちずに 代替えも求めずにいたのだとも思うーー 無表情を装って冷たそうに見せているが、誰よりも優しく情が深く寂しがりのルキア これからも何度でも抱きしめるからーーもっと俺を求めろ・・・ 気持ちが落ち着いた頃に聞いてみるーー 「庭師のジィさんが逝っちまったのか・・・・?」 力無くこっくりと無言でうなづいた。 「現世に転生したんだ・・・・。  泣く事ねぇだろぅが・・・・・。」 「////// わ、私だとて 泣くつもりなどなかったのだぞ!  ・・・・・ しかし、思い出の分だけ、寂しくなったのだから仕方なかろう。」 「ふ・・ん。  口うるせぇジジイだったが、お前を大事に思ってた。  いいジィさんだったからな・・・・。」 俺の言葉に今まで胸に埋められていた顔が まさに驚いたように見開かれた大きな瞳で 見上げられた。 涙で濡れて煌めく瞳は純度の高い宝石のように 混ざりものを許さない透明感でいつも真実を 探している。 抱きしめたまま眦(まなじり)を流れ落ちる涙を唇で掬う。 真相を知りたいルキアは惑いも揺らぎもなく、俺の言葉を待っていた。 「ふっ・・・・・ その顔はなんで俺がジィさんをよく知ってるのかって顔だな・・・・  早朝に俺んちによっく来てたんだぜ、あのジィさんはよぉ。  網に蔓を絡ませたり、草むしりしたり、肥料をやったり、虫を退治したりして、俺にも細かく  朝顔の世話を指示して帰ってったんだよ。」 話しながら、頬や耳元、首筋にも口付ける。 「・・・れん・・・ちょ・・・・やめろ! あっ・・・・ば、ばか・・・  んぁっ・・・・・ やめって・・・・ っく・・・ ん・・ れん・・・じ!」 抱きしめた腕の中で 密着させた華奢な身体を捩じらせて、もがく、愛しい女の甘い吐息の交る 抗議の言葉に素直に従う男がいるわけないだろう。 朽木の庭師のジィさんは 早朝、俺が鍛錬する頃に現れた。 互いに軽く頭を軽く下げてからは黙々と自分のすべき事をした。 そうして、俺が斬魄刀を置くのを黙って待って、水のやり方や茶色の葉や咲き終わった 花を取れだのさんざん指示して帰っていった。 ルキアが花の咲くのをとても楽しみにしていただの、 最近仕事の帰りが遅いのは俺の所為じゃねぇのかだの、 どこに行きたがっていただの・・・・ ルキアを大事にして欲しいだのって 余計な事も、さんざん勝手に言いやがって うるせぇ、うるせぇ・・・・。 ーーだが、ジィさんのルキアへの想いは本物だったーー あのジィさんとどんな思い出があるのかは知らねぇが、泣けるほどの思い入れをルキアが持つのは ーー優しい、情の深いルキアだから仕方ねぇがーーちょっと許せないだろう・・・・・。 俺との忘れられねぇ思い出ももっともっと作ってもらおうか・・・・。 「そういえば、礼がまだだったな。  ありがとう、ルキア。  朝顔のおかげで今年は昼間涼しくてよく眠れるようになって 夜勤の時にすげぇ助かる。」 「そうか、よかった。  去年は暑くて眠れないと言って 夜警の日はいつもヒドイ顔をしていたからな。」 「んだと、コラ!!  いつも以上にヒドイってなぁなんだ、ぁあ?」 「言葉の通りだ、たわけ」 俺をからかい、やり込めて嬉しそうに笑うルキアは可愛らしくて、怒るところで自分の顔も綻ぶ。 「・・・・んじゃ、そういう訳で。  どうせだから、てめぇも実体験していけ。」 寝室に連れ込もうと抱き上げれば、意図を察したルキアから強い抗議の声が上がった。 「待て!  なにが そういうわけ なんだ?!  だいたい、私は朝顔を見に来たのだぞ!!  今が見ごろなのだぞ!  なぜ、わざわざ今、体験する必要があるのだ?!  せっかくの朝顔が萎んでしまうではないか!!」 矢次早に抗議するルキアに反応したように俺はルキアを抱き上げたまま足を止めて、 朝顔に目を向ければ、腕の中のルキアが勝ち誇ったような顔をした。 だが、にやりと笑って しれっと返してやる。 「大丈夫だって、ルキア。  これは昼過ぎまで咲いている種だからな。」 まさか、俺が朝顔が昼まで咲くことを知っていたとは思ってもいなかったのだろう、しまったという 困惑顔で次の言葉を慌てて探す。 言葉にならない声とともに真っ赤な顔で一生懸命言い訳を訴えるルキアに構わず歩を進めた。 そんな姿さえ、愛しいと思っているのだ。 止まれるわけがないだろうーー


  ありがとうございました。 あとがき Aug.12.2010 〜 Sep.04.2010 『やる気の元』でした。