蛍  「うっわぁ〜〜」 夕闇に沈んだ人気のない河原ーー さらさらと川の流れる音の中にルキアの小さな感嘆の声が響いた。 満天の空には数多の星が煌めき、眼前の河原には互い違いに光を明滅させる蛍が群れ、 翠色の蛍光を長く引いて飛び交っていた。 「すっごく・・きれいだ・・・、恋次。」  呟やくようにそう言って ルキアが再びさわさわと河原の草をかき分けて 蛍に吸い寄せられる ように川のほうへと歩き始めた。 「ルキア、あまり川っぺりに近寄りすぎるなよ、落ちても知らねぇぞ。」 いつもなら俺の発した注意に余計なお世話だとばかりに冷めた視線を投げて 「たわけ、誰に向かって言っている!?」って 憎まれ口を返してくるだろうルキアも 蛍の光に毒気を抜かれたのか 「うむ・・・・わかっておる。」 なんて素直な言葉を返して立ち止り、蛍の見せる幻惑的な世界に魅入っていた。 ーーやっぱり連れてきてよかった・・・。 煌めく蛍の光の中に艶やかな漆黒の髪を風に遊ばせて、淡い藤色の着物で凛と立つ後ろ姿を 見つめて俺は満足する。 流魂街の戌吊で暮らしている時から、死神になってからもーー 俺は尸魂界や現世でこんな風景を見つける度にルキアにも見せてやりたいと思う。 そんな場所の一つを非番の今日、やっと案内できた。 俺が見た美しい風景や感じた楽しい事、嬉しい事、美味かったものは全てルキアにも教えたいーー ずっと変わらない想い。 俺らの仲間になる前のルキアは養親と家の中で隠れるように暮らしていたため、家の中の細かい 決まり事や暮らしの知恵はよく知っていたが、家の外のことーーたとえば、自然の風景の美しさ、 草花や虫、魚のことは全くと言っていいほど知らなかった。 俺らが教えるどんなくだらない、小さなことでも教えたこっちが驚くほど感動して喜んで知りたがり、 それは綺麗な嬉しそうな笑顔を見せて聞いてーー ときに「うわぁ〜〜 なんてきれいなんだ!」 と 素直に喜び、 ときに「すごいな! 貴様らは本当に何でも知っているな!」 と言って大きな瞳を輝かせて 感動した様に俺達を見つめる。 戌吊のろくでなしの大人たちになんの価値もない虫けらの様に扱われてきた俺達に、 何一つ役に立たない”くず”なんかじゃないとーー それぞれにそれなりの知識を持った人間なんだと自信をくれたーー 厳しい環境下で辛いことの多かった戌吊で楽しそうに笑うルキアの存在が俺たちにどれだけ喜びを くれたか、生きる支えだったか、ルキアの素直な褒め言葉がどれほど人としての誇りをくれたか、 なんて アイツには話してもわからないだろうーー。 「恋次、ありがとう・・・・。」 「おうっ」って返して並んで立てば、自然に小さな手が繋がれる。 その温もりと見上げる大きな瞳の満面の笑みのルキアに胸が締め付けられる。 ルキアが笑顔でいられることをなにより願っていた戌吊の幼い仲間達との日々 ーーこれからも俺はアイツ等の分までこの笑顔を護り続ける! 心の奥で決意を新たにした。


ありがとうございました。 JUN.06. 〜  JUL.03.2010 「やる気の元」でした。 『あとがき』と『蛇足』