六番隊・隊首室2 六番隊の隊首室ーー赤髪の阿散井副隊長が机上の書類の山を前に、首の汗を手ぬぐいで拭いながら、 ぶつぶつとぼやきをコボしていた。 「は〜〜っ、くそ暑くてやってらんねぇぜ・・・・ 暑さでいっそこの書類全部燃えてしまえばいい・・・・ くそっ!! 月末ってなぁ、なんでこんなに忙しいんだ?!」 すでに副隊長の任について久しいーーいや、その前の十一番隊の席官だった頃から、イヤって 言うほど思い知らされてきた事を今さらボヤいて、朽木隊長に睨まれた。 ーーうおっ、小声だったのに聞こえたのかよ?! すげー地獄耳だよな、隊長って・・・・・ 今月はいやに書類の量が多いっつーの!! 隊長の陰謀なんじゃね!? ってか、だいたい俺の誕生日ってどうして月末なんだよぉっ!! 机に堆(うずたか)く積まれた報告書類の山をじとりっと睨んで、帰宅時間を推し量り、 今日中の帰宅は無理だと確信する。 今まで己の誕生日にこだわりとか、特別な感情なんか持ってなかった。 言わずと知れた戌吊のガキの頃なんざ、食って、生き残っていく事だけで精一杯で誕生日どころか 日付を数えている余裕すらなかった。 死神になって、同期のヤツラに誕生日を聞かれる事があっても、あぁ・・・こいつらって余裕のある 環境で暮らしてきたんだなって思ったくらいで、おめでとうなんて言われても、はぁ〜、どうも。 なんて間抜けな返事をして、今さらなにがめでてぇのかと、全く意味がわからなかった。 ルキアを取り戻して付き合ってからだって、誕生日はアイツになんかしてやれる、会う口実に 丁度いいってくらいにしか思っていなかった。 あの日、理吉と話すまではーー 「理吉、もうすぐルキアの誕生日なんだけどよーー なんかいい店とか 喜びそうな新しいモノとか知らねーか?」 「・・・・あの・・・恋次さん・・・・・ オレの同期、友達の話なんすけど・・・・・ちょっといいですか? 同期もその恋人もやっぱり死神で綺麗な人なんスけど、すっごい気が強くてーー 二人でいつも派手に喧嘩してるから、からかって聞いた事があったんです。 『お前らって四六時中喧嘩ばっかで、喧嘩しない日なんかないんじゃないか?』って。 そしたら、二人とも驚いた顔して・・・ 「そんなことねーよ。」 「あら、そんなに喧嘩ばっかりしてるかなぁ・・・・・? あ、でもね、互いの誕生日だけは絶対喧嘩してないわよ♪」って彼女が言うから、訳を聞いたら、 「優しい気持ちになれて、感謝できるから」って。 オレら死神って、任務によってはある意味いつ死ぬかわかんないじゃないですか。 だから、誕生日だけは 相手に対して 生まれて、今生きて自分の前に居てくれてありがとうって 感謝したくなるってーーそう言ってました。 きっとルキアさんも特別な事とか物なんて望んでないと思いますよ。 もともとあんまりモノに執着しないって 恋次さん、言ってたじゃないですか? 二人で一緒に過ごして、おめでとうって言ってもらえるだけでいいって思ってると思いますよ。」 理吉から出た友達の彼女の話でやっと 誕生日を”特別”と思えた。 言われて改めて考えてみれば、自分自身の誕生日だって、ルキアが忙しい月末を配慮して茶の時間に 祝いの品を届けてくれたーーその心遣い、気配りも嬉しかったがなにより己でさえ忘れていた誕生日を ルキアが憶えていてくれたーー それだけで 本当に嬉しかった。 己を特別だと思えた。 今日もアイツから、会いに来て祝いの言葉を言ってくれるだろう・・・・ たぶんーー いやいや、きっと来てくれるだろう・・・ ・・・来てくれるよな・・・ でれっとだらしない顔を見せた後、不安と期待を交互に繰り返し、百面相のように表情を 変化させる恋次にいきなり、突き刺さるように長い物が投げられ、額に命中した。 「痛っ!!」 額を抑えて悶絶する恋次が己の膝の上に見つけたのは一束の未使用の筆だった。 「隊長、いきなり何投げてくるんスか?」 「貴様が考え事に耽り、手を動かさぬからだ。」 書類に目を落とし、筆を走らせながら、冷やかな態度で返答された。 「すみませんーー」 物を投げつけられて、謝る事になるとは思わなかったが、己が確かに悪いので、素直に 謝罪とともに軽く一礼して、筆を持って立ち上がれば、 「必要ない。」 「?」 朽木隊長の短い言葉から意味を推し量る。 投げつけられた筆を返そうと立ち上がったところで「必要ない」ってことはこの筆を隊長に 返す必要ないってこと・・・・・。 もう一度自席に座りなおし、筆を改めてマジマジと見直した。 投げられた筆は普段恋次が値段、筆の持ち手の太さ、毛筆の硬さから使っていた筆と同じモノ。 「隊長・・・・」 「さっさと仕事をしろ。」 あれは照れ隠しの物言いーーそういえば、今使っている筆はだいぶ筆先が荒れてきたいたのは 分かっていたが、買い置きの筆も切らしていたので明日にでも買いに行こうと思っていた。 「ありがとうございます!!」 やおら立ち上がり、深く頭を下げれば、少し嬉しそうな表情(第三者にはわからないだろう。) の隊長と目が合う。 「何度同じ事を言わせる? ルキアからの夕食の招待状も要らんらしいな。」 懐からルキアがお気に入りのピンクのチャッピーの柄の封筒を取り出して、机の端に置いた。 「はっ?! な、なにをいきなり・・・?」 「行きたくば、己で時間を作り出すことだな。」 「隊長?! あんた、この書類の量を知っていて、よくそんなーー」 珍しく嬉しそうな微笑みを見せる隊長にたじろいで恋次の言葉がとまる。 「心配無用だ、恋次。 私が代理で行くだけの事♪」 「ちょっ、隊長、なに冗談いってるん・・・・すか!?」 話は終わったとばかりにまた、さらさらと隊長は自分の書類を片付けていく。 いや、マジだ、この人!! いつも以上に熱心に仕事しているとは思っていたが、隊長の狙いはそこかーっ!! と、心中でつっこみを入れたが、流石に口に出すのはかろうじて抑えた。 さっき、投げて渡された筆に 投げ渡されるという経緯はともかく、珍しく物(たぶん、誕生日の祝い)を贈ってくれた隊長に、 ようやく副隊長として認めてもらえたような気がして不覚にも一瞬ほろりとしたのに・・・・。 だが!! どうだ、あの笑みは!! 隊長の本意はちがうだろう!! 来てすぐに教えてくれればいいものを、昼近くになってやっと知らせるこの底意地の悪さはどうだ?! 自分が行く気満々じゃねぇか!! ルキアとの付き合いはまだまだ前途多難、波乱万丈、四面楚歌、臥薪嘗胆、玉砕覚悟・・・・ ちょっ、Σ( ̄□ ̄;) 玉砕じゃねぇ!! 落ち着け、俺!! ルキアからの招待状、きっと場所は瀞霊廷内なのは間違いねぇ! 朽木家の門限が 戊半刻、ってことは酉刻には終わらせる・・・・・または、最低でも 一刻半ほど仕事を中抜けしても、支障がないほどに終わらせておかなければ、あの招待状は 渡しちゃぁくれねぇだろう・・・・・。 やおら額の手ぬぐいを締め直して、真剣な表情でさらさらと筆を走らせ始めた副官・恋次を 秘かに盗み見て、朽木白哉がまた微かに笑みを浮かべた。 ーー相変わらず、御しやすい男だ・・・・ だが、この男のやる気、原動力は最愛の妻が遺したルキアなのだ 死神代行・黒崎一護の出現以降も、まだまだ白哉はルキアに対してぎこちなく、心安く 優しい言葉をかける事もできずにいた。 だが、ルキアは白哉に心開いて、明るい笑顔とともに仕事やコヤツの事、自隊の隊長・浮竹の事、 庭の果樹や花々の事などいろいろ話してくれるようになっていた。 向けられる眩しいほどの笑顔に亡き妻を思い出して、いまだに心を苦しく、胸の痛みを感じる 事もあるのだが、以前ほどその痛みを嫌悪して、ルキアから目を逸らし、逃れようとしなく なっていた。 この痛みは緋真が間違いなく自分の中にいた痛みで遺した想いだから 白哉がどれほど緋真を想っていたのか・・・ 緋真がどんなにルキアに心砕いていたのかを白哉だけはよくわかっていたーー なぜ、この男なのだろう・・・? だが、他に誰ならいいと思えるのか・・・・? 結局のところ、誰にも渡したくはないのだ・・・。 そんな詮無い事を思う己に苦笑する。 ルキアの思う通りにさせる約束で引き取ったんのだーー全てはルキアの想いのままに たぶん、恋次はやり切るだろう・・・・。 だが、あの男に後れを取るわけにはいかないのだ。 残暑厳しい葉月の末日、六番隊の隊首室では両隊長格のさらさらと筆を動かす音と 紙をめくる音、蝉の声だけが静かに忙しなく響いていた。
あとがき