六番隊の新人 六番隊恒例、新春の新人紅白戦の白組の組長に任命されて、新人隊士・竜ヶ崎礼雅は とても張り切っていた。 年若く統学院に入学・卒業した竜ヶ崎は 身長158p、体重50kと周りの隊士達よりもかなり 小柄な体格だったので日番谷隊長にものすごく憧れていた。 日番谷隊長に倣って茶色い髪をざんぱらに切って、幼く見える童顔をを出来るだけ、強く 見せるようにするほどーーもっとも 十一番隊ほどではないが、今年の六番隊の新人達は 体格のいい、強面の猛者が多く入隊していたので、そんなささやかな抵抗はお世辞にも 成功しているとはいえなかったが。 統学院時代、見た目だけでなく、能力も十番隊の天才児、日番谷隊長に強く傾倒していた 竜ヶ崎はさすがに天才隊長に及ばないながらも 斬、拳、走、鬼の能力に長けていたので 日番谷隊長が統学院に残した成績と功績だけをライバルにしてずっと努力もした。 教師たちからの受けもよく、将来も嘱望された優等生だったが、統学院の卒業時には体格に 恵まれた同輩を能力だけで圧するには力が及ばず、学年で7位という自分としては不本意な 結果しか得られなかった。 ずっと憧れ、目標だった日番谷隊長率いる十番隊に首席で卒業して、入隊するという夢を 実現する事ができず、かなり落ち込んでいた。 上記のように竜ヶ崎は日番谷隊長一筋、一心に目標としていたため、配属されて初めて、 六番隊の朽木隊長について知ったのだった。 朽木隊長もそれほど大きな体駆でない事は最初の入隊の挨拶で演壇に立った時に分かった。 けれども、その後の隊内の演習訓練の時に放たれた凄まじいほどの霊圧と、己より体格のいい 強面の副隊長や他の大柄な席官をいとも簡単にいなすように相手にする姿を目の当たりにして、 竜ヶ崎が新たな強い憧れを抱き、目標と考えたのは当然だっただろう。 そんな新たな目標となる隊長のいる隊に入隊出来た上に、まるで己の能力を評価されたかの ような新人紅白戦の組長の選出に、竜ヶ崎が冷静さを欠くほど舞い上がっていたとしても 仕方なかったーー その日朝一番に、竜ヶ崎は 先輩隊士から紅組の組長・藤臣と一緒に昨年の紅白戦の配置図を 資料室から取って来るように命令されていた。 だが、資料は指示された棚には置かれておらず、もう一人の組長・藤臣はいつまでたっても 現れなかった。 きちんと整理されてはいても、慣れない新人一人で広い資料室の膨大な資料の中から目当ての 資料を探すのはとても時間がかかり、探し終わった時にはすでに新人研修の始まるぎりぎりの 刻限になっていた。   六番隊は他の隊より時間に関する規則が厳しく、違反すると理由の如何を問わずに罰則が あったので、竜ヶ崎はとても慌てた。 資料室の扉を閉めて、研修室まで急いでいかなくては・・・と、複雑な隊舎の見取り図を頭に 描いて、最速でいけるルートを検索して、長い廊下を小走りに移動した。 すると、廊下先に見慣れない小柄な隊士が同じように数冊の資料を胸に抱えてのんびりと 歩いているのに気が付いた。 霊圧の小ささから、竜ヶ崎はきっと同じ新人だろうと思った。 「君、のんびり歩いている場合じゃないだろっ、急げよ!!」  新人の女性隊士らしい細く頼りない手首を掴んで 走るように廊下を急ぎ足で進んだ。 「うわっ、きさまはなんだ?!  無礼者、放せ!!  いきなり何をする!?」 突然、僕に手を引かれてびっくりしながらも小走りに続く彼女が文句を言った。 可憐な見かけを裏切るその偉そうな口調に (あ〜〜ぁ、放っておけばよかったかも・・・・  貴族の高ビーなお嬢だったのか?!  面倒なのの手を引いちゃったなぁ〜〜。) って 心中では思いっきり後悔したけれど、白組の組長として、研修に遅刻するかもしれない 新人を放っておく訳にもいかなかった。 「いいから急げよ!!  遅れるだろっ!!」 「!??   ち、ちょっと待て・・・・何に遅れるというのだ?」 「研修にきまってるだろ!!」 「待て、貴様は何か勘違いをしていーーー」 だんっ!! 何の前触れもなく、いきなり大きな音が僕らの背後に響いた。 まるで上から大きな何かが落ちてきたーーそんな音と衝撃を全身に感じた。 けれど、それは落下の衝撃といった一時的なものではなく、びりびりと皮膚を震わせて 油汗を流させるほどの巨大な霊圧を持つ高位の席官が現れたのだと全身の感覚が訴えていた。 頭上から降る低く重い声は今まで聞いたことないほどの威圧感を含んでいたーー 「てめ、その手を放せ!!」 恐怖から全身が震え、強張ったように弛緩して、彼女も書類の束もとっくに手放していた。 強張る体を無理に動かしておそるおそる振り返るれば、そこには赤い髪を高くなびかせた 強面の副隊長が立っていた。 「竜ヶ崎だな、てめぇ・・・・ どこにルキアを連れて行こうってんだ?  誰かに頼まれたか!?」 重い霊圧を纏って降ってきた阿散井副隊長に声を上げる間もなく乱暴に胸倉を掴み上げられ、 廊下の壁に背をしたたかに打ちつけられていた。 全身から怒りにも似た霊圧を滾らせた副隊長は虚よりも恐しい顔を間近に寄せて、そう 詰問してきた。 襟首を締めあげられる苦しさよりもどうして詰問されているのかーー 竜ヶ崎は現在の自分の状況の理由が全くわからずただただ混乱(パニック)状態に陥った (どうして副隊長が?  なんで・・・どこから・・・どうやって?  いや、それより副隊長が僕みたいな新人の名前を知っているのか!?   なんて言った??  「どこにルキアを連れて行く」って?   どこって、だって・・・ 新人研修室に・・・・  あれ?    ルキアって・・・ 聞いた事あるような・・・・ だ・・れ・・・?) ぎりぎりと締めあげられる襟に呼吸が止まる。 それほど長い時間拘束されていたわけではなかったのが、間近で全身に受ける、その霊圧の 強さに気を失いかけていた・・・。 その時、 「恋次、止めろ!  その者は勘違いしただけだ!」 「勘違いだぁ・・・?」 さっきまで手を引いていた新人のお嬢が強大な霊圧や強面に怯むことなく、副隊長の腕を 引いて止めてくれた。 その凛とした言葉に副隊長の猛る荒々しい霊圧がゆるやかに凪いで 襟を掴み上げていた手が いきなり放されて、竜ヶ崎は板の廊下に無造作に落とされた。 「大丈夫か?」 激しく咳込んで廊下を這うように倒れた僕の背を意外にも貴族のお嬢の隊士が屈んで擦って くれた。 「・・・こほっ・・ あの・・・ なにか・・こほっ・・勘・違い・・したので・・す・・か?」 綺麗な小さな顔に大きく印象的な深く濃い紫の瞳が心配そうな色を含んでまっすぐに竜ヶ崎の 顔を間近に覗きこんでいた。 その顔の近さに急に恥ずかしくなって視線を逸らせば、今度は彼女の後ろでぎろりと僕らを 睨み下ろす阿散井副隊長の鋭い視線に合ってしまった。 「・・・そうだな。  貴様が何故に私を研修に連れて行こうとしたかは知らぬが、私は13番隊の朽木ルキアだ。」 「す、すみません!!   他隊の方だったのですね・・・・・、見慣れない方だったのでてっきり新人かと・・・   ホントすみませんでした!!  僕は今年入隊した竜ヶ崎礼雅と言います。  ありがとうございます、もう大丈夫です。」 「そうか、よかった・・・・」 咳が治まり、勘違いを謝って自己紹介した僕に安心したように微笑んで彼女は立ちあがった。 僕は間近で向けれらた優しげな微笑みに一瞬でぼうっとのぼせてしまい、急に逸まった動悸を 抑えるのに胸元を押さえて、顔を上げることができなくなってしまったーー 「恋次、貴様はどうしてそう乱暴なのだ?」 「うるせぇ!!  だいたい、てめぇは何で大人しく手を引かれていやがった?」 「うるさいのは貴様だろう。  そのように大声を出さずとも、聞こえるわっ!  だいたい、最初に質問したのは私だったはずだ。」 突然始まった言葉の応酬に竜ヶ崎はびっくりして、ふたりを見上げた。 この少女のような見かけの他隊の隊士は新人の自分にとっては雲の上の存在の上席を しかも普段見かける以上に恐い顔で怒鳴る副隊長の名前を呼び捨てにしただけでなく、 腕組みして偉そうに諌(いさ)めているのだ。 仮に十三番隊の席官だったとしても副隊長より上の位ということは考えられない。 (十三番隊の副隊長位がずっと空位なのはかなり有名な話だ。) 副隊長相手にぞんざいな話し方ができる彼女に驚いて、いったいどういう人なのだろうと 考えているとーー 「あ、阿散井副隊長!!」 その場の雰囲気を一変させるような甲高い可愛らしい声が響いて、明るい色の髪を肩口で ふんわりとカールさせて、松本副隊長のように大きな胸を肌蹴させた女性隊士が勢いよく現れて、 副隊長の腕にしがみついた。 阿散井副隊長と一緒にいるのをよく見かける、阿散井副隊長のファンだと言って周囲に 公言して憚(はばか)らない新人隊士! 錫原鈴子(すずはらりんこ)だった。 新人達の間ではその容姿、特に松本副隊長を倣った死覇装の着方で有名な新人だった。 (直接、しゃべった事はないが、本当に目のやり場に困る、女性隊士。  実際に周りからの反発や反応は大きかったが、本人はしれっとしていて、  統学院の時から何かと問題の渦中に居るような人だった。) 「ウゼェよ、錫原!  気安く触んじゃねぇって、言ってんだろーがっ!!」 副隊長は軽く眉根を寄せただけで 目の前の小柄な少女から視線を外さず、睨みあったまま、 大きく手を払って錫原と呼ばれた女性隊士を突き飛ばすように振りほどいた。 「ひっどぉい〜、副隊長ぉ〜〜。  あらっ、・・・・・もしかしてぇ お取り込み中でした?」 錫原って女性隊士は懲りもせずに副隊長のそばに寄って、好奇心に満ちた瞳で僕と 十三番隊の彼女を交互に見つめた。   そんな露骨な視線に気分を害したのか、いやに刺々しい雰囲気を纏った朽木ルキアさんが 「私は急いでいるのでこれで失礼する。」と、一言告げると素早く踵を返して歩き始めた。 「うわっ、僕も急がないと・・・ 失礼しますっ!」 ”急いでいる”という言葉に研修室に急いでいたのを思い出し、副隊長にさっと頭を下げて 竜ヶ崎も慌てて走り出した。 「待てよ、ルキア。   話はまだ終わっちゃいねぇだろっ!」  「うあっ、ばっーー」 そんな背後のやりとりに、何事かとビックリして竜ヶ崎が振り返った。 けれども、さっきまで同じ廊下で足早に立ち去ろうと後ろ姿を見せていた十三番隊の 朽木ルキアさんの姿も阿散井副隊長の姿も忽然と消えていて、そこにはただ、呆然と一人 錫原が瞳を丸くして立っているだけだった。 仕方なく竜ヶ崎はその手をとって、研修室に走った。 組長として懲罰を受けるわけにはいかないし、同じ新人を見捨てるわけにはいかなかった。 さっきと同じように女性隊士の手を引いて研修室に走る自分に、竜ヶ崎はとつぜん消えて しまった十三番隊の少女と副隊長の事を考えた。 一体、どこに消えてしまったのだろう・・・・? ほんの一瞬で実力の差を嫌って言うほど実感させられたーー 統学院で誇れた成績も、ここでは塵にも等しいーーその霊力の巨大さもそうだが、瞬歩の 早さと距離ーー二人が瞬歩で消えたのは間違いない。 けれども、今の自分の能力ではどこに行ったのかを知ることはおろか、方角の見当すら 推し量ることもできなかった。 その移動の素早さ、飛距離が大きさはそのまま霊圧の大きさで、霊圧はもっと大きくて 新人の竜ヶ崎とは全く比べようもなかった。 あんなに恐しく怒っていた副隊長に連れて行かれてしまったのだとしたら、あの十三番隊の 可憐な女性隊士・朽木ルキアさんは大丈夫なのだろうか? ぎろりと睨まれた時の厳しい視線を思い出してとても心配になった。 真偽はわからないが、自隊の副隊長は強面で厳しく怖ろしい人に見えるが、本当は優しく面倒見が いいという噂が新人たちの間にも広く伝わっていた。 何か困ったことがあれば、相談に行くようにとーー 今はその噂を信じたかった。 それにあの人は他隊の隊士だから、きっと副隊長だって乱暴な事をする事はないだろう。 そう信じて、今は自分たちの心配をする事にしよう! 後ろで彼女よりも激しく文句を言う錫原にうんざりしながら、竜ヶ崎は研修室に懸命に走っていた。 この六番隊の新人・竜ヶ崎礼雅が『朽木ルキア』が何者だったのかを知るのはまた別の話ーー


  あとがき