雪とルキア

冷たくしんと張りつめられた大気 うす暗い雲がたちこめた空は重々しく高かった  ゆらりとゆらりと大きく舞う綿毛の雪は もうすぐ止んでしまうのだろう ひとひらを大事に目で追いたくなるほどしか降らなくなっていた そのひとひらを掌に捕らえて 歪な結晶を見つめる ここに来たたばかりの頃はじわりと解ける早さに結晶の形さえわからなかった 今は姿を保つ時間の長さに己の手の冷たさを知る 寒いと思えていたのは先ほどまで 今は大気と一体になったかのように触れる冷気が心地よいとさえ感じていた 吐き出された白い息の大きさが面白くて もう一度と思って 大きく外気を吸い込めば 肺一杯が冷気に満たされて  ぞくりと奔る寒気に しまったと己の愚かさを呪ったのさえ 大分前のこと 一面真っ白に覆われた雪に 見慣れた景色は一変して まるで異世界 誰にも踏み荒らされていない景色が見たくてわざわざ遠くまで足を運んできた さくさくと響く足音を背後に聞いて 白い世界の終わりを知る ーーまた煩いのに見つかってしまった 心中でそんな悪態吐きながらも   気持ちは 今この世界で見つけてもらえた嬉しさで一杯になる だが、それも一瞬 振り向かなくても分かる 感じ慣れた魂魄は不機嫌な霊圧を纏って 私を咎めていた 「ルキア、てめ、いい加減にしろよ!!」 どう言い訳しようかーー悪戯を見つかった子供のように焦った とりあえず続く小言を牽制しようとじろりと視線を投げて 「おはようございます、副隊長殿。  早朝からこんなところ」「うるせえ! てめぇ真っ白じゃねぇか?!」 牽制は失敗ーー 大きな掌が頭上に落ちて 乱暴に髪の降り積もった雪がかき払われた 「――な?! 恋次、乱暴にするな!」 抗議の文句も大きな胸に飲み込まれ 声がくぐもる 強く抱きしめる腕も頬の触れる胸板も熱かった 「・・・なんだってこんなになるまで、てめぇは・・・?」 いっそ、現れた勢いのまま、怒鳴ってくれればいいのに・・・・ 辛そうな声でそう問われては 己でも間抜けな回答だとわかっていても 本心を言うしかない 「・・わからぬ。  ただ・・好きなのだ・・・ すまぬ・・」 私の言葉に背中に回った腕が一瞬強張り さらに強く抱きしめられた 「・・・・ばかやろうっ!!」 小さな罵倒が胸に当てた耳に響いて それさえも熱を帯びて聞こえた 己のどうしようもない衝動からまた心配をかけてしまった 後悔と申し訳なさでーー胸が痛い 子供の頃からルキアは誰よりも早く起きていた だが、雪の降った朝は決まって気配も消えてしまうほど一人でどこかに出かけてしまう 慌てて雪に消えかけた足跡を追って探した  見つけた頃にはすっぽりと白い雪を纏い 小さな身体は凍ったように冷え切っていた 何がいつもコイツを呼ぶのか・・・・  「好き」だけでは説明のつかないほどの身体の冷たさが俺を堪らなく不安にさせる どんなに怒って 怒鳴って 宥めすかしても  本当に申し訳なさそうに反省を口にするのに ルキアは雪が降ると踏み荒らされていない雪の平原に一人佇むを止めなかった まさか まだこの年になっても続けているとは思わなかった 抱きしめた心もとないほど華奢な身体は纏う死覇装ごと氷のようで 捕らえた小さな手は死人のようで俺の不安を煽る 「・・・・すまない、恋次。」 餓鬼の頃と同じ様に告げられた謝罪の言葉は深く反省の気持ちが込められていた  その声音の弱々しさに 一層不安にかられて 抱く腕の力を強くする 「・・・・ばかもの、痛いではないか!」 途端に発せられた強い抗議の言葉にいつものルキアを実感する やっと腕の中に取り戻した気がして少し力を緩めるが離しはしない 見上げる大きな瞳 すべらかな頬に掌を走らせて温かみ確認して 額に口付けた 「どうせ黙って抜けて来たんだろう?  そろそろ戻れ。  でねぇと隊長や屋敷のみんなが心配するだろう。」 「あぁ。」 凛と歩き始めた後姿にいつものルキアを再確認して 背後の白い平原を鋭く睨みつける もう呼ぶんじゃねぇ! いや、何度呼んでも必ず連れ帰ってやる 誰にも なににも 渡しはしない! やっと手に入れた俺の大事なもの


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