Valentine's day ver.尸魂界

恋次に食べるものを渡すなんて いつも いや、よくあること。 兄様を補佐する副隊長として多忙な恋次に過去何度となく甘味や弁当を差し入れしたではないか。 それなのに 何故 こんなに緊張しているのだ、私は!?  アヤツに会って この箱を渡すーーそれだけのことではないか!? 如月14日のこの日、朝から何度となく六番隊・隊舎や隊首室の側まで来ていたルキアは なんのかんのと己に言い訳して自分の隊舎に引き返していた。 朝のこの時間帯は一番忙しいのではないか・・・ 隊士が沢山集まっているような気がする・・・・  今は隊舎にいないようだ・・・・  隊首室に続く廊下に検問のように隊士達が居並んでいては通れぬ・・・・ 等々。 そうして今は 隊舎の前で多くの女性の隊士に囲まれて楽しそうに話をしていた恋次を見かけてーー 邪魔するべきではないと走って引き返していた。 ーー恋次の周りに人が多いことは昔から 今更こんなに動揺することではない。 けれど・・・・ なんだか胸の苦しさにその場にいた堪れなくて・・・・  声をかけることなく来た道を一目散に走り出していた。 どうしたというのだ、私は。 何で逃げるように走って戻っているのか・・・・・ ただ渡せばいいだけではないか・・・・・  何をこんなにじたばたと足掻くように見苦しく何度も往復しているのか ましてや 今、渡さねば・・・・・・・・ まもなく勤務時間も終る 用もないのに遅くなっては家の者が 清家が心配する・・・・ 別に今日 無理して渡さなくてもよいのではないかーー 何もこんなにムキになって渡さなくても 構わないのではないか・・・・・ そんな気弱な考えがよぎる。 だが。 「朽木、今年は渡してあげたら?  きっと喜ぶわよう??」 そう仰って一緒にチョコを作って下さった 作り方を教えて下さった松本隊長の笑顔が 思い出されて 胸が痛んだ。 足を止めて 塀の影で深呼吸をしてまた考えた。 隊首室に行って 残業する恋次を冷やかすように笑って 帰り際に 「差し入れだ。」  と言って去ればいい。 いつものようにーー。 「ルキア!」  いきなり 名を呼ばれて振り向けば、私の腕を掴む恋次がいて驚いた。 ぐいっと腕を強く引かれて 文句を言う暇もなく抱え上げられて瞬歩で移動する恋次の腕の中にいた。 後方遠くでは 「阿散井副隊長!」 「副隊長!!」 と呼び止める複数の女性隊士の声が響いていた。 「ーーれん・・!!」「黙ってねぇと舌噛むぞ!」 私の抗議の声を強く遮って 見下ろしてにやりと笑った後、恋次はさらに瞬歩の速度を上げた。 精霊廷内の西方のどこか高い建物の屋根の上にそっと下ろされた。 少し頭がふらつくほど早い瞬歩の移動にーー はるか遠くに見える六番隊の隊舎に コヤツはまた早くさらに遠くに瞬歩で移動できるように なったのではないかーー 死神としての能力 実力の差に少し嫉妬と羨望の混じった悔しい気持ちが募って思わず殴る手が出た。 「馬鹿者、いきなり何をする!!」 「うおっ、ルキア、馬鹿!  そんなにふらついてるのに急に暴れんなって!!  てめ、落ちたらどうすんだ!?」 ふらついた足の 腰の入っていない拳などあっさりと腕を捕らえられて身体ごと受け止められてしまった。 それでも悔しい気持ちは抑えられなくて 抱きとめた恋次を睨み上げれば、思いっきり困った顔を した恋次と視線が交差した。 「ーーー そんな顔するなって、ルキア・・・・  ってか・・・ てめぇが逃げるから・・・・・・ 」「誰が逃げたりなどするものか!!」 そう啖呵切るように言ったのも束の間・・・・・ 知らず涙が溢れ出そうになるーー そんな自分を見られるのが嫌で 顔を胸に埋めて隠した。 何故 こんなことで泣きそうになっているのだ? 悔しい気持ち・・・ と それだけじゃない どうしようもない嫌な気持ちが押し寄せて  ぐるぐる回って気持ちを抑えられないから涙が出そうになったのだーー まるで子供ではないかーー 「な、チョコを俺にくれるんだろう?」 「どうして、私が?!   それに貴様はすでにたくさんもらったであろう!」 「ど、どうしてって・・・・ 乱菊サンがそう言ってたんだよ・・・・  はぁっ・・・・  だし、その”たくさん” ってのはなんだよ?!  俺は誰からも一個も貰ってねぇぞ!  うちは隊長が受け取らねぇって言ってんのに 副隊長の俺が受け取れるわけ・・・・  いや、そうじゃなくて 俺はもう何にもいらねぇんだよ。  お前だけがいい・・・・。」 普段 声を張り上げて怒鳴ってばかりいるくせに こういう時、耳元で優しく囁く恋次は狡いーー 背中を抱く力強い腕と頭を撫でる大きな手が温かくて気持ちがいい 私はこの腕の中を居心地の良さを他の誰にも知られたくないのだ この大きな温かい手で私以外は触れて欲しくないし、 私を見下ろす優しい瞳で誰かを見て欲しくもない そんな気持ちでいながら  チョコ一つ渡すことの出来ない素直じゃない自分が情けなくて涙が出るほど悔しかったのだ! 自分の気持ちの整理がついたら少し落ち着いて 「馬鹿恋次!」 悪態吐けば、 「馬鹿はてめぇだろ・・・」 いつものように けれど優しい声音で悪態を返されて 私は安心して平静の自分に戻れた。 「おっ、ちょっ ルキア、 見てみろよ・・・・・・ほら。」 「・・・・・・ うわぁ・・・すごく・・・・綺麗だ・」 恋次が見るように促したのは 精霊廷の空を 私たちを 真っ赤に染めて沈みゆく丸く大きな太陽だった。 「だろ。  ここからが建物に邪魔されずに一番綺麗に見えるんだぜ。」 屈んでまま私の肩口で得意げに笑う恋次にーー 勇気を振り絞って その刺青の入った首を両手で押さえて 頬に口付けた。 「Happy Valentine’s day、恋次」 (は・・・・ やっと言った・・・・ )  馬鹿みてぇに待ってた  ルキアから欲しかった 現世で流行ってるっていう 『気持ちを伝えるのことば』 「Happy Valentine’s day、ルキア  お前って今日は髪から死覇装までチョコの甘い香りが染み付いて すげぇ美味そう・・・・」 耳元から首筋にまで何度も啄ばむように口付けられて   「止めろ、馬鹿」 「触るな、変態」 と罵る言葉の間に   「ぅわっ」 とか 「うひゃっ」 とか 声が上がってしまうのも  くすぐったくて 身体がびくりと震えるのも止められなくてーー   私を放さない恋次の腕や手が憎たらしくて悔しくて また少し涙目になってしまうーー けれどーー先ほどとは違う 温かくて幸せな気持ちに満たされている 交わす口吻に 互いの魂魄の熱が伝わる ただチョコを渡す日ーーそう思っていたのは間違いだった 単にチョコを渡す日ではないのだーー この胸の愛しさを伝えるためなのだとーー  


  以下 あとがき&蛇足です 「Valentine's day ver. 尸魂界」 あとがき
嫉妬するルキアです。 そうは言っても恋次が嫉妬しないように防衛線を張っているので度合いがまだまだ 悶々とする程度です。 どうなんでしょうね?   「ルキアと嫉妬」  心中では凄そうですが、プライドから表に出さなそうじゃないですか?  ーー特に恋次相手だと。 恋次もそれが分かってるから 拗(こじ)れる前にこんな風に甘やかせばいい。 読んでいただいたら 分かりますが。 結局、ルキアは乱菊サンと一緒に作ったチョコを渡してないです。 恋次がちらっとしゃべったように乱菊サンは わざわざ予告に行っていますが、きっと 知らせるためってよりは 単純に喜ぶ恋次を揶揄うためと 協力してあげたのよ〜〜 って  恩を売りに行ったんだと思われます。 さて”蛇足”ですが、ありがちな Bad Ending が予測されるので このサイトでは ヤラナイつもりだったのですが、「いちゃついている場所があまりに悪いよ、恋次!」 という訳でルキア大事の白哉兄様登場です。   いっくらこのサイトの白哉兄様が 寛容に放置気味とはいえ あんな目立つ場所で 拒否る言葉を吐く”朽木の姫”にアレだけ迫ってたら現れないわけないでしょう。 というわけで以下 ”蛇足”です。
離さない恋次に抗議の言葉を吐きながら たゆたうような幸せな意識の中で  温かく抱かれた恋次の腕の中でひらりと舞い散る桜の花弁に 兄様の気配を感じた 今日は一日誰にも知られないどこかに雲隠れしていた兄様が 同じ屋根の上の端に いらっしゃった。 「恋次、貴様 何をしている?」 「は?!  隊長!!」「兄様!!」 「ルキアを放せ。」 「嫌です。   別にいいでしょーが。  ルキアは俺と付き合ってるんですから。」 強気の言葉とは裏腹にあまり人には見られたくない 恋人といちゃつく姿  いや、普通でも家族や保護者に見られるのはまずいのにこの絶対に見られるのは マズイ・ランキング第一位の隊長・朽木白哉の登場に恋次は心中では動揺していた。 その動揺が油断となり、気がつけば 腕の中のルキアを攫われて 隊長に抱えられていた。 「隊長!!  隊長こそ 何してるんすか?!  俺のルキ」「誰のだと!?」 絶対零度の視線で強く見返される。 「俺のっス!  お・れ・の・ルキア!!   まったく、耳まで遠くなっちまったんスか?!」「恋次、止めろ!」 「ほほう・・・・ 貴様 私に対して随分と言いたい放題ではないか。  格の違いをまた見せねばなるまい。  どうせ貴様は言葉による理解が出来ぬのだからな。」 すらりと刀が抜かれ、激しい怒りのためか解号もなくはらはらと花びらのような刀身が 舞い散る。 「兄様、おやめ下さい。」 ルキアが慌てて白哉の首に腕を回して抱きついて懇願する。 通常なら 相当怒り、こんな風にかなり霊圧を上げている白哉はルキアの懇願さえ 聞き入れてはくれなかっただろう。 だが、この日 ルキアに抱きつかれた白哉の動きが 斬魄刀・千本桜の動きが  ぎこちなく止まった。 普段から想像も出来ないほど明らかな驚愕と困惑の顔をみせて。 そんな朽木隊長の異常な様子にいつも間近で無表情の隊長の機嫌を測っている恋次が 気付かないはずもなく。 最初はルキアに抱きつかれて そんなになるほど ルキアが可愛いのか!!  もしかして惚れているんじゃねぇのか?! と訝しんでしまった! だが、その尋常じゃない様子に白哉が隊を休んで一日雲隠れするほど異常なチョコ嫌いと 今日の甘いチョコの香りを纏わせるルキアを思い出した。 どうも隊長は過去に悲惨なチョコへのトラウマがあるらしい。 こんなふうに一気に怒りの霊圧を霧散させて 動きを強張らせてしまうほど。 さすがに溺愛するルキアを振り払うことはしないが、抱える腕も斬魄刀を持つ手も 完全に不自然にフリーズ・凍り付いている。 至近距離で嗅ぐチョコの甘い匂いにいつもの冷静さを無理して保つように しているようだが、顔は色を失い蒼白だ。 今日のルキアはチョコを手作りした所為だろう、髪から死覇装までしっかり 甘い匂いが染み込んでいた。 袖や裾に少しチョコが飛び散った痕もあった気がする。 しかもまだ懐には恋次に渡すチョコを入れたままだ。 恋次は 硬直している隊長から難なくルキアを奪還すると 逃亡してあげることにした。 精霊廷の西方の高い屋根の上 いつまでも呆然と佇む六番隊の隊長を残して。 その兄を心配するブラコンのルキアを宥めるのは少々厄介かもしれねぇな・・・・  心中で一人ごちて チョコもルキアも美味しくいただこうと思うのは当然の結末ーーー
そんなそんな Valentine's day ver. 尸魂界  いちゃつく2人の前に白哉様が登場したら 絶対季節には早い桜が赤く散る ありがちなBad Endingが予想されたのですが、大丈夫でしたね。 どんでん返し好きのオレとしては Bloody Valentine's day にならなくて予想外に 楽しく書きあがってよかったです。 ってか ここまでのチョコに対する白哉様のトラウマ(去年のValentine's dayに  勝手にこんな設定づけをしてしまった)ーーきっと夜一様が原因だと思われますが どれだけ酷い目にあったのか とっても興味が湧きました。   残念ながら”案”は湧いていません。 おそまつさまでした!!  最後までお付き合いくださってありがとうございました。
挿絵は以下からお借りしました。 明治製菓 手作りチョコレートレシピ http://www.choco-recipe.jp/milk/ 作り方がとても分かりやすいので作ってみたくなります♪