月見里ーその後 

小柄で華奢な身体の背筋をピンと伸ばし、凛とした姿で十三番隊・隊舎内を歩く 朽木ルキアの後姿を何千、何万回見送っただろう 他のヤツラみたいに大きく迂回して前から現れて挨拶したいと思ったことは数知れない。 だが、高い自尊心と家名が邪魔をして僕の手足の自由と望みを金縛り、そんなささやかな 望みさえ今はもう諦めた。 「ルキア♪  おはようございますvvvvvv」 「おはよう、月見里。    貴様は今日も元気だな。」 大柄な身体に顔に入れた刺青からは似合わない宝物を見つけた子供のような それは嬉し そうな表情で小柄なルキアを見下ろして月見里薫が、新人にも関わらず、彼女の名前を 呼び捨てて挨拶していた。 斜に構えた朽木ルキアが 柳眉を寄せると大きな美しい瞳を曇らせるように厳しい視線 を向けて皮肉たっぷりの言葉で挨拶を返している。 だが、それすらも彼には嬉しく誇らしくさえあるようだ。 ――僕にはその無神経さが分からない。 あの朽木の姫は義兄の朽木隊長を見習うかのようにあまり表情を変えることがない。 高貴な四代貴族の証であるかのように表情を崩さず、穏やかだが、毅然と接する。 その彼女があれほど露骨に不快感を表しているというのに、どうしてヤツはそれを喜べる のだろうか? まさか、気付けないのだろうか? 気付こうとさえしないのだろうか?! いや、気付きながら、わざと接しているとしか思えない! 一介の新人平隊士の分際でなんて無礼なヤツなのだろう!! 毎朝定刻に十三番隊・隊舎に着くと必ず、ルキアは新しい水差し等を用意して、まっすぐに 隊長のいる雨乾堂を訪ねる。 それから自分の執務室に戻ってくる。 その事を知っている月見里は、戻る時間を計って、偶然を装い挨拶に現れるようにしていた。 「ルキア♪  おはようございますvvvvvv」 「おはよう、月見里。    貴様は今日も元気だな。」 眉根を寄せて、わざと嫌そうな顔を俺に向ける彼女に苦笑する。 これは彼女独特の親しさの証 ――本来の朽木ルキアはくるくると変わる、感情豊かな表情を持っていた。 だが、心許した親しい者にしか、それらは見せられることはない。 話をすればするほど、表情はだんだんと綻び、最後は綺麗な笑顔を向けてくる。 人を寄せ付けない氷のような冷たい雰囲気もほとんど変える事のない硬い表情も――彼女の 背負う大きな家名の所為で彼女に付き纏う耳を覆いたくなるような心ない風聞や噂から自身を 守る自衛策だと阿散井から聞かされた時は胸がとても痛んだ。 誰もが羨むシンデレラストーリーのヒロインには幸せな環境しかないのだと思っていた。 そんな彼女の状況も感情豊かな彼女自身について知っている隊士がどれほどいるだろう。 朽木ルキアと業務連絡以外の話ができる隊士がこの十三番隊内でさえ何人居るだろう。 その数少ない隊士の自分がとても嬉しい。 そして、この隊内にさえ、彼女を妬む者も少なくない事にも改めて気付かされた。 「ルキア、アイツまた睨んでますよ。」 「ううむ・・・・・ 余程嫌われているらしいな。  貴様もあまり私に係わり合いにならぬほうがよいぞ。  とばっちりで貴様まで睨まれているようではないか?!」 少し寂しそうに・・・・ けれど全てを悟り、諦めたようにルキアが苦笑う。 「けっ、あんなヤツに睨まれるくらいどうってことねぇよ!!  今はアイツの方が俺より席次が上だがーー !! って・・  ちょっ、何笑ってるんですかっ!?」 「ふふふ・・・・・   いや・・・・ すまぬ。  貴様は相変わらず、恋次と一緒に剣術と玉蹴りをしているのだなと思って・・・・。」 なおもくすくすと笑うルキアはすごく可愛いのだが・・・・  その原因が自分にあるということが恥ずかしくて 笑われたくなくてーーつい、ムキに なった。 「///// あんのぉ〜 阿散井のやろぉ〜!  まさか、貴女に俺の失敗とか、だせぇ話をしているんですか?!」 「いや、笑ったりしてすまなかった。  恋次からはなにも聞いてはおらぬ。  その・・・ 貴様のしゃべり方が・・・・なんていうか・・・・だんだんと恋次に  似てきて、それがおかしかったのだ。  ・・・・なんだ、貴様は恋次のところで何かやらかしているのか?!」 瞳を輝かせてなおも楽しそうに笑うルキアに 俺はうっかり自分から悪戯を白状してしまい、 まるで子供のようにとてもバツが悪かったけれど、自分でも気付かなかったそんな口調の変化に 気付いてくれるほど――ルキアの綺麗な瞳が俺自身に向けられていたのだとーー 思い、嬉しくてドキドキとした動悸が止まらなくなった。 同時にこの人はズルイとも思う。 ――俺を”男”として見てはくれないくせにーー ――俺のものになってはくれる気はないくせにーー ――こんなにも簡単に俺の心を鷲掴んで攫ってしまう・・・・ 抱きしめたくなる衝動を抑えて、大きく手を動かして、剣を振る真似をしてみせた。 「今度、また手合わせして下さい、ルキア!  俺、強くなったからさ!」 「ふはは・・・、わかった、今度な。  さっきの話だが、くれぐれも無理はするな、よいな!」 軽やかに微笑んだ後、真剣な顔で釘を刺すルキアにまた胸が痛んだ。 その真剣さに彼女の負ってきた痛みの大きさを推し量らずにいられないーー。 軽やかに踵を返して、立ち去るルキアの後姿には、さっきまでの柔らかな雰囲気は微塵も 残っていなかった。 冷たく硬い氷に覆われたような雰囲気を纏い、なんびとをも気安く近づく事を許さないーー その細い肩と華奢な身体にどれほどのものを背負っているのか・・・・。 貴女の心が俺に無くても、俺は貴女を睨むアイツからも、貴女を傷つけようとする全ての ものから貴女を護ってみせると誓わずにいられないーー


  下書き倉庫を整理したら、出てきた話。 これはこれで長かったりするのですが・・・。 ま、とりあえず。