温もり


暦(こよみ)の上では冬だが温かい陽射しのその日――

六番隊副隊長・阿散井恋次は終わらなかった月末の書類を自宅に持ち帰って
処理していた。

――必死で!
別に隊長と過ごしている隊首室で期限ギリギリの仕事をしている訳ではないから
朝から自宅でこんなに必死になって仕事をする必要などないのに・・・・
懸命に筆を動かしているのには訳があった。
幼馴染みで想い人、ルキアの所為。
小机に向かう俺のすぐ真後ろに背中合わせに座られて、煩くがちゃがちゃと
せっつかれていたからだ。


久しぶりに二人揃って非番のその日。
確かに今日ルキアとは一緒に過ごす約束を交わしてはいた。
ただし、月末の処理する書類の量の多さから、午後から――
そう約束をしていたにも関わらず・・・・
ルキアは早朝から俺の家に来ていた。




「恋次〜、まだ終わらぬのか?」
「Σはぁっ、無茶を言うなって!」

小机の上の書類の山を叩いて俺は言い返した。

「見ろ!!
 そう簡単に終わるような量じゃねぇだろーがっ!!」
「貴様の処理能力が低いからではないのか。」

冷やかに返すルキアに逆に俺がヒートアップする。

「うっせぇ!!
 っだいたい、約束は午後からだっただろーが!
 なんでこんな朝早くから来て文句言ってやがるっ!」
「月末故、どうせ貴様の事だ。
 きっとこのような惨状になっているだろうから、監督するためだww」
「はあ? 
 何が監督だ?!
 だったら、手伝えってつーの!」
「たわけ!
 蹟(て)からすぐ兄様にバレるわ!
 だいたい兄様がそのような不正を許すはずがあるまい。
 それより、客人の私に茶も淹れられぬのか?!」
「ぅるっせえよっ!
 早朝に押しかけて来るヤツを客とは呼ばねぇんだよ!
 欲しけりゃぁ、てめぇで淹れりゃぁいいだろうが!!」
「ふふん、そうだなw
 貴様にそんな余裕などあろうはずもないからな(笑)」

そう言って人に寄りかかりながら、からからと朗らかに笑うルキアが小憎らしい。
が、同時にこんな憎まれ口を叩くルキアを可愛いとも思う。
――――いい加減ヤキが回っている。


しばらく押し黙っていたルキアがふいにどんっと背中を強く圧して寄りかかる。

「てめっ、邪魔すんなって言っただろーが!? 
 字が歪んだら、書き直さなきゃならねぇだろ!」
「はっ、私ごときが押しただけで字が歪む程貴様は柔(ヤワ)だとでも言うつもりか?」

すかさず反論してくるルキアの巧みな言い回しに俺は言葉に詰まる。
好きな女に柔なのかと聞かれて、柔だとは認めたい男など居るわけがない!
「毛筆は些細な振動でぶれるだろーが!!」
ルキアが寄りかかる背中の仄かな温かさに気付いて、そんな言葉さえ飲み込んだ――

「どうした、恋次?
 反論せぬのか!?」

黙って筆を動かす俺に、ふふんと鼻を鳴らさんばかりの得意げな言い方をする。
小面憎いと思いながらも、「邪魔をするなら帰れ!」とも言えない。

ルキアが約束の時間よりも早く来た――
久しぶりの逢瀬に 早く俺に会いたいから来たのではないか・・・。
――だから、邪魔する事くらい大目に見てやる。
完全に惚れた弱みなのも承知している。







今朝、いつもの早朝鍛錬後に玄関にふと、ルキアの気配を感じて扉を開ければ、
一瞬困惑したような、いい訳を考えるような顔のルキアがいた。
来訪を告げる挨拶も扉を叩く事もさせず、大きな弁当を抱えて玄関前にしばらく
佇んでいたのはその触れた手の冷たさから明白で――

俺がいつまでもルキアの気配に気づかないで扉を開けなければ、コイツは一体
どうするつもりだったのだろう?
いや、どうしてコイツはこんな変な遠慮をするのだろうと少し怒りさえ湧く。


「てめ、朝早くから一体何をヤッテいやがる!!
 早く中に入って火にあたれ、馬鹿!!
 すっかり冷てぇじゃねぇか!!
 ってか、来たなら早々に声をかけりゃぁいいだろーが!!」
「煩い!
 声をかけたが、貴様が出なかったのだ!」

――嘘だ
俺が気付かない筈はない
ルキアの大きな瞳が伏せられて、いつものように俺を責めるようにまっすぐに
見返さない。


「ふーん、ソレは気付かなくて悪かったな・・・。」
「まったくだ!!
 そ、それに私の手は・・冬はいつも冷たいではないか!
 何を今さら・・・」


口を開けば、憎まれ口の悪態ばかりで・・・
どうしてこんな口の悪い可愛くない女に惚れてしまったのだろう
しかも、まぁ 俺を相手にこんな見え見えの嘘をよく吐ける・・・・と思う。
呆れて黙って見下ろす俺に嘘を見破られた事に気付いたルキアの顔が一瞬で
真っ赤に染まった。

「いいから、早く部屋で温まらせろ!」

照れ隠しの言葉とともに大きな弁当の箱を俺に押しつけて、玄関から上がるルキアは
耳まで真っ赤で俺は噴出しそうな口を慌てて押さえる。
ーーここで噴きだしたら、コイツは怒って帰っちまうんだろうな。





そんな嬉しさとおかしさがない混ぜで俺はその時に気付けなかった・・・

ドウシテ、あの時俺はすぐに抱きしめてやらなかったのだろう・・・。
時間を守るコイツがその時間を待てない程の想いでここに来たのだと――
今、小さな背中の温もりで俺を誘う――
ソレがルキアの精一杯・・・




気付いた以上、仕事を優先する事は意味を失う
カタリと筆を置いて即座に振り返った。
完全に俺に体重を預けて、寄りかかっていたルキアが腕の中に倒れてきた。
抱き留めて膝にかかえ上げれば、

「・・・・な、な、な、なにを・・・///////」

真っ赤に顔で狼狽するルキアが可愛らしい。

「ちゃんと言えって、馬鹿やろう。」
「///// は?  ちょ、何を言って・・・////」

まだ少し冷えた小さく細い身体をすっぽりと覆うように抱きしめた

「・・・ばか・・もの・・・」

胸に埋めたルキアから呟かれたのは悪態・・・・
けど、泣いているのではないかってほど、弱々しい声に俺は少し強く抱き
しめずにいられない。
俺の着流した襟を縋るように掴む小さな手は力強いから、愛しくて堪らなくなる。









  ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。 ツンデレを玉砕しましたー!! すみません! あとがき Nov.25 〜 Dec.23 2011