ー前哨戦 1ー







元貴族の別邸を改装して近年開店したばかりの高級料亭の上総家

簡素だが重厚な門構えを抜けると濃い緑の笹と竹林の庭のところ
どころに残った雪がきらきらと陽光を眩しく反射させていた。

うさぎのぬいぐるみを抱えて上機嫌なルキアと少し不貞腐れた
ような態度の恋次が歩を進めれば、建物へ続く小道に敷き詰め
られた小石がじゃりじゃりと
踏み鳴らされて、来客の到着を告げる。

外で待ち構えていた男によって大きな構えの広い玄関の引き戸が
開けられると、愛想よく微笑んだ美しい女将が二人を迎える。
続く広間にも番頭や大勢の仲居達が恭しく頭を下げて居並んでいた。

さすがに元貴族の別邸ーー凝った彫り込みに飾られた太い柱や梁、
調度が重厚な胡桃材が置かれ、いくつも並べられた大きな陶磁器
の置物も名品に違いなく、この時期には珍しい色とりどりの花々が
絢爛と飾られた中央に置かれた大きな花器だけでも、目の前で
魅力的な笑顔を見せる女将が見かけでなく、その手腕で尸魂界で
認められたやり手の人物である事が納得させられた。


「いらっしゃいませ。
 お待ちしておりました、六番隊副隊長・阿散井様。
 女将の胡蝶と申します。
 お連れのお嬢様もどうぞこちらに。」 
 

優美な笑みを浮かべながら、二人を促すーー

「下足番のこの者がお履物をー」「いや、俺がやるからいい。」
「お客様、 あのーーー」


突然、恋次が女将の言葉を遮り、慌てる下足番の男を制して少し
高めの框に腰かけてさせたルキアの足元に大きな体躯を屈ませて
草履を脱がせ始めた。

「・・・・・・恋次!」

咎めるようにルキアに呼ばれて、初めて恋次の動きが止まる。
しゃがんだまま声の主を見上げれば、真っ赤に頬染めてうさぎを
きつく抱きしめたルキアが軽く睨みながら顔を寄せていた。
「他人の仕事を奪ってはならぬのだぞ。」小声でそう注意する。
そんなルキアにいつもと変わらない様子で笑みをにやりと返して
下足番に草履を渡しながら「今日は特別だ。」そう言った恋次に
「何が特別なのだ?!」と聞く間もないほどすばやく小さな足から
草履を脱がせてしまうと框に上がり、腰かけたままのルキアを手を
取って立たせた。

「あ、あの・・・・恐れいります、阿散井様。 
 腰のお刀をお預かりさせてくださいませ。」

最初から手順どおりに事を運ばせない客に戸惑いながらも女将が
穏やかな笑みを絶やさず刀を受け取るために袂で覆った両手を
差し出した。
恋次は慣れた動作で腰紐から鞘ごと斬魄刀を抜いたが、己の左手に
持ったまま女将には渡さず、威圧感を含んだひやりとするような
笑みをして見せた。

「悪りぃが、今日は警護も兼ねている。
 酒を飲む訳じゃねぇから構わねぇだろ?」
「あ・・あの・・・  申し訳ありませんが、当家では皆様に
 お願いしております。」

「ぁあ?!  死神から斬魄刀を奪うつもりか?!」

女将相手にらしくないほど、剣呑とした物言いをする恋次にルキアが
口を出した。

「恋次、いい加減にしろ。
 警護とはなにを警護するつもりだ?!
 私に警護など要らぬ!
 だいたい、ただ食事に来ただけだというのにこの尸魂界内でどんな
 危険があるというのだ、ばかもの!
 さっさとこの屋の決まりどおりに女将に預けるがよい!」
「煩せえ!
 こっちにもいろいろ事情があるんだっつーの!  
 だし、死覇装じゃない時くらい大人しく護られていろ、ルキア!!」
「ふざけるな!
 貴様に護ってもらう必要などない!
 斬魄刀などなくとも私は鬼道が使える。
 だいたい何がこっちの事情なのだ!? 
 その事情とやらを即刻話せ!」
「はぁっ・・・・・・ばかか、てめーは?!
 こんな場所で簡単に話せるもんならとっくに話してるだろーが!」
「ーーーぐっ、では後ほど部屋できっちり聞かせてもらうぞ!」
「ーーーーー」

玄関先で客同士のいきなりの激しい言い合いがやっと険悪な無言の
睨み合いで止まった。
自分の言葉に端を発した玄関先での客同士の諍いに呆然と成り行きを
見ていた女将が落ちた沈黙の間合いに言葉を挟んだ。


「・・・・あ・あの・・・・  もしや・・・ ルキア様とは・・・
 あの朽木の姫君でいらっしゃいますか!?」

気安くその名を会話に上げることさえはばかかられるほど”四大貴族
のひとつ・朽木家”
その名の大きさに常に冷静であるべき女将の表情に怯えを含んだ
驚きが顕著に表われていた。

「んぁっ?!」
「・・・む・・ !  いや、あの・・・・///////// 左様だ。」

言い合いの興奮冷めやらぬ2人からぎろりと流された視線が女将を
さらに青ざめ萎縮させた。

「・・・・ あ、あの では どうぞそのままーー 
 今 お部屋へご案内させて頂きます。」

さすがに大きな料亭を取り仕切る女将ーー早々に落ち着きを取り戻すと
また穏やかな笑みを顔に乗せて案内にたった。
続くルキアは斜め後ろを歩く恋次にわざと不満そうに不機嫌な霊圧を
放ってみせる。だが、心中ではずっと恋次がけんか腰に放った”事情”に
ついて考えていた。



ーー正月の挨拶以来、久しぶりに恋次に会える嬉しさや予想外のうさぎの
  贈り物に浮かれて気付けないでいたが、いやに今日の恋次はピリピリ
  しているのではないか・・・・・?
  いつも本気で怒ったことはないので恋次の機嫌を気にしたことなど
  なかったが、らしくないほど自分以外の人や周りに対しては酷く
  神経質になっている気がする。

ちらりと仰ぎ見た恋次は眉根に皴を寄せていつもより苦虫を潰したような
不機嫌な顔で歩いていた。普段とはなんら変わらないように見せているが、
周りに気を配って歩いている様なのでルキアの視線に気付いていない筈も
ないのに気付かぬふりを決めているのだろう。
それがまた腹立たしくて、ぬいぐるみを抱き締めた手に自然に力が入った。

ーーきっちりと話してもらうぞ、ばかもの!


和風の屋敷の廊下には不似合いな色彩豊かなペルシャ絨毯が緋毛氈の上の
中央に敷かれていた。
母屋から5〜6段の階段を何度も上り、幾重にも渡された橋のような廊下の
先、少し高台の書院造りの離れに案内された。



恋次は部屋に着くなり、私や女将を押しのけて忙しなく動いて部屋三面の
窓や障子をすべて荒々しく開け放ち外の様子を確認した。
最後に隣の部屋の襖を開けて、驚いたように動きを止めると露骨に眉を
ひそめて女将に鋭い視線を流した。

「俺は予約の時に食事のみだから、こういう続き部屋があるのは困ると
 ちゃんと伝えたはずなんだが。」
「??恋次?」
「・・・・た、大変失礼いたしました。
 申し訳ありません!
 今すぐ片付けさせます。」

またしても女将相手に険悪な雰囲気を纏うらしくない恋次に・・・・ 
何が問題なのか・・と襖を大きく左右に開けて中央に仁王立ちしている
恋次の脇から、ルキアがひょいと覗くと、大判の派手な柄の布団が一組み、
部屋の中央に敷かれていただけだった。

「恋次、なにをそんなに騒ぐ事があるのだ?
 食後に昼寝ができるなら、至れり尽くせりではないか。」
「////////うるっせえよ!
 そういうことじゃねぇから!!
 てめぇは大人しくそこに座って待ってろって!」

頭ごなしにそう言われて、カッとして言い返そうと思ったが、
「朽木ルキア」と知れた以上は先程のようにまた恋次と口喧嘩する姿を
晒すような事になるのは体裁が悪いと感情を抑えて大人しく部屋の中央に
設えられた大きな卓を前に座った。

布団が片付けるために入れ替わり立ち替わり、仲居達が立ち働いて、
色とりどりの料理が卓上にずらりと並べてられた。

その間、ルキアはずっと無言で卓の一点を見つめて座っていた。
話しかける恋次の言葉や視線、動きを全て聞こえないかのように・・・。
大事な話をするから料理をまとめて並べて、人払いを頼んだ恋次の言葉に
従って女将が部屋を去ってもーーずっと。






  あとがき