心残り 1 山田花太郎が朽木ルキア様と初めて会った六番隊の牢の中だった。 あの時は話どころか声をかけることも憚られるほどとても怖い方としか思えなかった。 4番隊の7席でしかない自分とは違う、四大貴族・朽木家のご令嬢で極刑の罪人 六番隊の冷静沈着、時として冷徹だと噂されている隊長、朽木白哉の妹だったから。 怯えて萎縮する僕を気遣って朽木ルキア様はいつも明るく楽しい話を気さくにしてくれた。 僕の知らない現世の珍しい話を面白おかしくしてくれた時の楽しそうに見せた表情も今でもちゃんと 覚えている。 ――けれど・・・。 薄暗い殺気石に囲まれた塔の中で時折垣間見せた全てを諦めてしまったかのような寂しそうな瞳が 忘れられず、僕の胸を締め付ける。 一度だけ零した弱気―― 自身の罪状に関して刑に処されるのは当然で後悔はないと言っていた・・・ 一人の少年の運命を狂わせてしまった事はとても後悔していると―― 名門朽木家の家名に傷をつけてしまった事・・・・ 最期まで自分は養子としても、死神としても義兄を失望させる事しか出来なかったと―― この世で誰からも望まれず、自身も何も望む事を諦めてしまったかのような暗い瞳をしていた・・・ 少なくとも僕はルキアさんに会えて、話をしてもらえただけで本当に嬉しかったし、 辛い隊務も楽しいと思えるようになったのだと伝えたかったから、 僕は一世一代とも言える大きな決心をした―― 旅禍達に味方してでもルキアさんを助けたいと思った・・・・ それなのに、僕はあまり役に立ったと言い難くて・・・・、 結局、自分の気持ちを伝えられなかったし、 伝える必要もなくなってしまった 行き場のなくなった想いだけが身の内で小さく燻っていた―― 11番隊の隊舎を取り囲む塀の裏手の路地を四番隊七席・山田花太郎は問診を終えて自隊に 帰るところだった。 ぼうっと考え事をしながら歩いていたので、荒くれた態度の良くない大柄な死神二人にうっかり ぶつかってしまった。 「てめぇ、どこ見て歩いてやがる」 「ぁあ、この落とし前をどうつけるつもりだぁ〜?!」 「うわああああ・・・ すみません、すみません!  ごめんなさい、ごめんなさい!!」 二人は虚退治の出撃に出たばかりで気がたっていたのかもしれない。 平謝りに頭を下げる花太郎に腰に掃いた斬魄刀をスラリと抜くといきなり斬り払った。 流石に殺すほど斬撃ではないものの左腕を薄く斬られて花太郎は腰を抜かしつつもまた必死で謝る。 「わああああ・・・、すいません、ごめんなさい!!」 「そこで何をしている!?」 聞き慣れた、けれどいつもよりきりりとした声が響く。 今まで自分達以外に気配も霊圧さえ全く感じられなかった路地の先に書類を持った小柄な女性隊士が 姿を現した。 ぼんやりとルキアさんの事を思い出していた花太郎はその本人が現れたのですごく驚いた。 物々しい様子に走り寄って、道に座り込む花太郎の隣にしゃがんで間近に傷を確認した。 「ル、ルキアさん?!」 「花太郎?!   血が出ているではないか?!  大丈夫か、立てるか?」 この怯えた小動物のような四番隊の小僧の知り合いだろうか、小柄な死神が突然現れた。 目の前で抜き身の斬魄刀を持つ無頼な自分たちを恐れるどころか、睨みながら小僧の腕を肩に 回して、ゆっくりと立たせた。 霊圧を測るがどう見ても新人か、新人以下――隊士としては最下位の平隊士だ。 手に書類を抱えているあたり、文官の雑用係だろう・・・。 斬るにはちょうど良い相手、しかも女とは面白い。 もう一人遊び相手が増えたのだと斬魄刀を持った二人はにやりと互いを見て笑い合った。 「///// ・・ぃえ・・・あの・・・・ 大丈夫です・・・」 花太郎の言葉にホッとしたように微笑むとルキアは正面の二人に向かい、怒りを静かに含ませた 落ち着いた声で詰問した。 「貴様ら、瀞霊廷内の緊急時以外の抜刀及び私戦は固く禁じられている事を知らぬワケではあるまい!  所属と名前を名乗れ!」 「はは〜ん、なぁに〜?  所属と名前を聞いてどうするのさぁ〜?  どっかに訴えるわけ〜?」 「気の強いお嬢ちゃん。  どこにも訴えることなんかできないくらいに目一杯遊んでやんよ。」 二人は下卑た笑いを浮かべて、ルキアを見下ろした。 「あ・・・あの・・・  すみません、僕が悪かったです。  か、か、彼女は関係ないですよね!!  えっと・・・僕がぼ〜っと歩いて」「そうはいかぬ!  3日前、この辺りで我が隊の隊士も同じように斬られているのだ。」 「でも・・・ルキアさんは丸腰」「「そうそう」そうだよな〜(笑)」 「俺らがきっちり二人まとめて遊んでやるから安心していいからさぁ〜♪」 「事務方のくせに生意気なんだよ!」 じろりとルキアが手で抱えている書類の束に目を向けた。 「ふへへへ・・・実戦に出たこともないその白い肌の下にもさぁ〜、  その大きな瞳の下にもさぁ〜赤い血が流れてるってことを思い知らせてやるからさぁ〜!」 「やはり、3日前の辻斬りも貴様らの仕業か!  両目を斬って犯人の特定をできなくする卑劣さは許し難い!!」 「だったら〜?」 「だったらどうだってんだよ!!」 言うと同時に斬魄刀を振り上げた男達にルキアはその脇を花太郎を連れてすり抜けた。 そうして、花太郎を二人から離れた塀の影に潜ませると、ひらりと飛んで二人の間に立って にやりと不敵に笑って見せた。 「どうした?  目一杯遊んでくれるのではなかったか?」 思っていたよりも素早いルキアの動きにあっけにとられていた二人も、この挑発に一気に頭に 血を昇らせて、同時に斬りかかってくる。 だが、刀の鋒先を見ながら上体を反らして、ひらりと飛んで踊るようにルキアは優雅にその斬撃を さけた。 花太郎とは反対の方向に二人をわざと挑発するように笑いながら手を振って移動した。 「ふふふ・・・蚊でも停りそうな刀さばきではないか?」 「//// 生意気な口を!!」「女、なめんなっ!!」 ルキアは二人をまた煽って自分に敵意を集中させて、斬りかかる二人を右に左と何度も躱して 花太郎からさらに引き離し、同時に口内では縛道を詠唱する。 「自壊せよ ロンダニーニの黒犬 一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい」 「縛道の九「撃(げき)」 」 印を結んだ指先から赤い光が放たれ、対象者となった一人の隊士を縛った。 「このクソアマ、なにしやがる!!  この程度の縛道で俺が縛られると思って――『解』」 だが、解かれる事はなかった。 「貴様ごときに私の縛道を解くことはできぬ!」 「ちきしょーっ、何者だ?  てめぇにそんなに大きな霊圧はなかったはずだ!」 霊力の差に慌てたもう一人がくるりと後ろを振り返ると、戦線から引き離されていたはずの 花太郎が近くに立っていた。 加勢に来たのだろう、その右手には何やら液体の瓶を持っていた。 男もそれを察知して、すかさず花太郎の右手を瓶ごと掴んで首に腕を回し斬魄刀を突きつけた。 「花太郎!!」 「ははは・・・・、形勢逆転だ!  女、ソイツの縛道を解け!!」 「・・・・花太郎の解放してからだ!」 「縛道を解くほうが先に決まっているだろう、お嬢ちゃ〜ん♪  大体、俺らってばま〜だ君達で目一杯遊んであげてないでしょう〜」 縛道で身動きできない男も形勢の逆転を確信して嬉しそうに舌なめずりをして嗤う。 「す、すみません、ルキアさん・・・・ぼ、僕が・・余計な・・・  あ、あの・・・僕の事は見殺しに、ぎゃぁっ」「べらべらしゃべってんじゃねぇよ!!」 刀がすっと横に動かされた途端に花太郎の喉元から赤い噴水のように血が一気に噴出した。 「花太郎っ!!」 ルキアが驚いて叫んだ。 だが、次の瞬間には冷静さを取り戻して対する花太郎を抱える隊士に言った。 「時間切れだ。  貴様の罪を身を持って自分たちの悪行を思い知るが良い。」 「任せたぞ。」 誰に言うともなくそう言って、揺らめく残像を残して瞬歩で動いた―― そのルキアが最後に言った言葉をまともに聞けたのは最初に捕縛された男だけだったかもしれない。 だが、男もその後に何が起こったのか、状況は全く分からなかったに違いない。 一陣の爆風が起こり、もうもうと辺りに立ち込めた土埃が収まった時には花太郎に刀を当てた男は 塀を突き破りその彼方に吹き飛んで倒れていた。 そして、何事か把握する間もなく捕縛された男は赤い髪の六番隊の副隊長に胸ぐらを掴まれ、 至近距離で睨まれていた。 「てめぇが斬りやがったか!?」 だが、返事をさせる気はないようで死覇装の併せを掴まれ持ち上げられてぎりぎりと首を締め上げられていた。 「・・・恋・・じ・・・さ・・   ごふっ」 「花太郎、喋るな!」 怒りの感情を孕みながらも霊圧を抑えて自分たちに近づいてくる恋次に気づいたルキアは 自力の解決よりも花太郎の治癒を優先させることにした。 いつもなら、余計なことをするなと反発するところだが、動脈を斬られた花太郎を一刻も早く治療 しなければ、命に関わる。 突然目の前に瞬歩で現れた恋次に驚く人質に抱えた男からルキアは花太郎を奪い取るように 抱えて塀の上に避難させた。 そこに花太郎を静かに横たえると、すぐに治癒鬼道で止血し始めた。 連動して、既に容赦なく臨戦態勢だった恋次がその男を勢いよく殴りとばした。 薄れいく意識の中・・・・、首に受けた傷をルキアさんが包むような柔らかな霊圧で癒してくれるのがわかった。 魂魄の霊子組成が違うので治癒で感じる霊圧は人によって微妙に違う―― ルキアさんの治癒鬼道は優しくて透明で清涼感があって・・・・綺麗過ぎて・・・ ――それが僕にはなぜか、寂しく悲しかった・・・。


  ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。 あとがき Jun.06.2012〜Sep.06.2012