埒もない事 






「なぁ、もし仮にオレにそっくりなヤツが現れたら、お前はどうする?」

馴染みの甘味処でそんな埒もない質問を唐突に恋次にされたルキアは口に含んだ白玉を
危うく気管に詰まらせそうになって、少し咽た。

「くっ、こほっ、れ、恋次?
 どうした、貴様の頭は大丈夫か?
 いったいどこでどう変なものを拾い食いしたら、そのような発想がでてくるのだ!?
 だいたい、どうするもこうするもないだろう・・・・。
 良く考えてみろ、そのような変眉にしようと思う酔狂な者が貴様以外に居る訳ないだろう!
 似た者など現れようがないわっ!!」

ざっくりと一刀両断、馬鹿にしたルキアの返事に恋次は自分の予想との違いにがっかりと
肩を落とした。
「馬鹿恋次、私を誰だと思っている!
 長い付き合いだ、見分けられるに決まっておろう!」
くらい言って欲しかった・・・orz



思いっきり思惑を外された上に自分を馬鹿にするルキアに軽く腹が立って大きな手を伸ばして、
向かいに座る短い黒髪をぐしゃぐしゃと掻きまわした。
「ちくしょーっ!
 ルキア、てめぇはガキだから、この良さがわからねぇんだよ!
 最初にもし仮にって言っただろうがっ!」
「ちょっ、髪に触れるな、馬鹿!
 ガキとはなんだ、ガキとは!?
 だいたい、その刺青の良さが分かるようになったら、人としても死神としても終わりだっ!」
「っんだとっ、てめぇ〜!!」
「・・うわっ、馬鹿恋次っ・・・いい加減にしろっ・・・止めろと言っているのだっ!
 たわけ!!」

馴染みの甘味処の奥の席の狭い茶のみ卓子(テーブル)を挟んでの言い合いはいつの間にか
じゃれあいにまで発展していた。
こじんまりとした静かな店内にいつの間にか二人の荒げた声が響いていたらしい――



「あ、阿散井副隊長っ、見〜つけたっ♪」

甘味の席の間仕切りからかけられた声は今ではすっかり聞き慣れてしまった六番隊の新人
隊士の錫原だった。

顔を見て、露骨に眉を寄せて顔を顰める恋次に向かって、いつものように早々に追い払われては
大変だとばかりに錫原は矢次早に要件を話しだした。

「副隊長、私、斬魄刀の始解をもう少しで会得できそうなんです!
 本当に後少しなのにどうしてもそのコツが上手く掴めないんです!
 お願いします!!
 どうか指導下さい!!
 ほんのちょっと鍛錬にお付き合い下さればきっと会得してみせますから!
 お願いします、阿散井副隊長!」

そう言って 肩でふんわりカールさせた明るい髪色を揺らして少し屈んで恋次の目線に顔を合わせた。
長く美しい白い指を可愛い顔の前で組んで本当に困ったように少し顔を歪めると必死に懇願する。
組んだ手の所為で松本副隊長の様に肌蹴させた大きな胸が寄せられていつも以上の大きさを主張する。
しかも形を歪められた死覇装がさらにその白い大きな胸を肌蹴させる。

「後もう少しで会得できそうなんです、副隊長!
 本当なんです!!
 でもなんだか良く分からなくなってしまって!
 お願いします、少しでいいですから!
 ほんの少しの時間だけでもご指導下さい!」

自身の胸が目の前の恋次に曝されているのも気にならないほどの必死な想い――
少なくともルキアはそう思い、そんな必死な錫原の姿を真のあたりにして、ルキアの胸中は複雑な
思いでいっぱいになる。



恋次も錫原も六番隊でルキアにとっては他隊――
六番隊副隊長の恋次と一緒にいるとその六番隊内部の話を聞く機会が自然と多かった。
それは当たり障りのない話題から、他隊では知り得ない話まで。
恋次本人から聞く事も多いが、今回のようにたまたま居合わせたために隊士から聞かされる
事も多かった。
本来なら、他隊の死神が聞いては不味いような話も恋次はルキアの口の堅さとルキア本人の
性格を信じているからだろうか、話を聞かないように傍から離れようしたルキアを「構わねぇよ」と
言って傍に引きとめて話を聞いていた。

ルキアはその恋次の信頼を裏切らないためにも六番隊の話には絶対に口外しないのはもちろん、
口出しない事を常としていた。

だが、新人隊士の始解を会得できそうな時の、そのもどかしい想いはとても理解できたので
必死な様子で懇願する錫原を助けてあげたらどうかと恋次に言いたい想いがふつふつとこみ上げる。
ルキア自身がその会得に自隊の副隊長志波海燕殿に特別面倒を見てもらったという経緯があった
から余計にそう思う。

始解に至るための斬魄刀との会話と同調は言葉や文字では説明できないとても感覚的なもの。
鍛錬するうちになんとなく内なる声は聞こえるようになるのだが、その声に応える術がわからない。
斬魄刀に霊圧をこめて同調させるのだが、そもそも霊圧を込めるというのも感覚的なもので言葉での
説明では理解しがたい。

特に理屈、理詰めで考えてしまう性質のルキアは感覚を研ぎ澄まして斬魄刀に聞いてみろと志波海燕
副隊長に言われてもますます理解できくなるばかりで、何度、海燕殿に肩の力を抜いて難しく考えるな
と助言もらって、忙しい副隊長の隊務の間に鍛錬を付き合って頂いた事だろう。
苦い痛みとともに楽しく温かい思い出が胸に蘇っていた。



「馬鹿かてめぇは!
 んなこたぁ、他の席官に聞きゃぁいいだろうがっ!」
「そんなぁ〜、副隊長!!
 同じ攻撃系なんですから、副隊長に教えて頂きたいんです〜」
「ふざけんなっ!
 攻撃系は一番多いから、俺じゃなくても教えられるヤツは他にもゴロゴロ居るはずだろ!」
「でもぉ〜、卍解までできるのは阿散井副隊長だけじゃないですかぁ〜」
「始解の会得に卍解は関係ねぇだろっ、俺は忙しいから無理だ!!」

しつこく食い下がる錫原に最後は面倒臭そうにそう言い放って、交渉は決裂したと言わん
ばかりに恋次はそっぽを向いてしまった。
現れてから一度もルキアに目もくれなかった錫原が初めてじとりとルキアに視線を向ける。
いつもと同じ視線――ルキアをとても居た堪れなくさせる感じの悪い視線が投げられらる。

そう、この錫原はどうやら自分を嫌っているらしい。
だから、余計に恋次に教えてやったらどうかとは言えなかったのだろうなと思い、ルキアは
自分の狭量さで胸がしくりと痛むのを感じた。

錫原は私たちが二人でいると、どこからともなく現れて恋次にだけ話かける。
共に居る私などまるでその場に存在しないかのように挨拶さえしない。
そして、恋次もその事に気付かないのか、錫原に注意しなかったのでルキア自身も失礼を
承知で知らぬ顔をしていた。
そのくせ、錫原は去り際に必ずその顔に勝ち誇ったような嘲笑を浮かべて、侮蔑したような
視線をルキアに投げてくる。

その視線に合うと堪らなく嫌悪感に襲われる。
現世で一護達に出会ってルキアは以前よりは人との関係が上手く持てるつもりになっていた。
だが、錫原の視線は「貴女は相変わらず人見知りで他人と上手く付き合えない人なのよ。」
そう告げられた様で、遣る瀬ない気持ちで一杯になる。
そんな私の気持ちが顔に出てしまっていたらしい。

恋次はいつも何も言わず大きな手で私の頭を乱暴に撫でてくれる。
口では文句を言いながらも、その温かい手に私はほっと救われていた。


甘味どころに現れた錫原はいつも通り自分の存在を無視したのでルキアも知らん顔で白玉を食べ
続けていた。
いや、本当は彼女が現れた途端に今までの楽しい気分が一転、もやもやとした嫌な気持ちで胸が
一杯になって好物の白玉も咽喉を通らなかった。
だが、椀だけを見る事で彼女も侮蔑の視線に遭わずに済むならと椀だけを見て箸を動かしていた。
それなのに長々と懇願した挙句に結局、いつもと同じように嘲笑とともに侮蔑したような視線で
見下ろされたのを感じた。

「ぇえ〜〜副隊長、忙しいって言っても他隊の隊士の方とお茶してるじゃないですかぁ〜。
 酷いですよぉ〜、私は同じ六番隊なんですよぉ〜!
 部下の成長を助けてくれるのも上司の務めじゃないですかぁ〜!!」

続くセリフにルキアの身体がびくりと震えた。
それは怒りの所為だったのか、自分自身が自隊の副隊長に教わって始解を会得した後ろめたさ
だったのか・・・今となっては分からないーー
なぜなら、そのセリフを聞くや否や、恋次が卓子をどんと大きな音をたてて叩いていたからだ。
私もびっくりしたが、錫原を含め店内全てが驚いてしーんと静まり返った。



「錫原・・」

その静かな店内に低く抑えた恋次の声が響いた。
立ちあがりながら錫原を見る緋い瞳は、射抜くように鋭く、かかる霊圧は重みを増していた。
一瞬にして変化した恋次に笑顔で応えようとした錫原の顔は強張り、返事もできなくなっていた。
燃えるような緋い瞳で眉根を寄せて剣呑とした雰囲気を纏った恋次はまるで戦場で敵の虚と
対峙しているかのようだった。

「てめ、いい加減にしろよ。
 隊務の時間帯ならいくらでも部下として相手をしてやる。
 だが、休みの時間に俺が誰と何をしようがてめぇに口出しされる謂れはねぇ!
 正直うぜぇ!」

怯えて震えながら恋次から目を離せない錫原を立ちあがった恋次がキツイ目で威嚇する
ように睨み見下ろす。

「俺から言う筋合いじゃねぇから、今まで黙っていたが・・・。
 その死覇装!
 てめぇはてめぇの担当班長から何度も注意を受けているな?!
 六番隊は他の隊より規律、規範を重んじる隊だって事も未だに理解できねぇらしいな!
 直属の上司の命令を無視し続けるてめぇを、十一番隊か十二番隊へって話も出ている。
 せいぜい覚悟しておくんだな!」
「そ、そんな・・あ、あば・・」

錫原が真っ青になるほどショックを受けたのも当然だった。
あの戦闘集団の十一番隊や自隊の隊士を被検体にするとされる十二番隊では余程腕に自信のある
死神でないと虚と戦う前に自隊内で生き延びられないって噂が真しやかに囁かれていた。

「阿散井副隊長!!」

すぐ傍で向かい合っている恋次の胸に錫原が飛び込むように抱きついた――少なくともルキアや
当の錫原本人、周りで様子を窺っていた他の客たちにもそう見えた。
だが、実際には店内の狭い通路に距離をおいて二人背中合わせで立っていた。
まるで恋次の身体を錫原がすり抜けてしまったかのように――

こんな時にも関わらず、ルキアは恋次の器用さと歩法の能力の高さに今さらながら関心してしまった。
そして、副隊長としてのぼりつめた恋次と自分との実力の差をまた思い知らされる。
瞬歩は一瞬の移動距離があるほど、または移動距離がないほど難しく、さらに残像を錯覚させる歩法
は通常の瞬歩の4倍の速さが必要だった――



「前にも言ったはずだぜ。
 俺に気安く触るんじゃねぇって。」

恋次は振り向きもせず、冷たく言い捨てると呆然と成り行きを見ていたルキアの手を引いて
立ち上がらせた。

「行くぞ。」
「・・・・れ・・恋次?
 だが・・・」
「いいんだ!
 話は終わりだ。」

毅然とした態度で肩を抱くように二の腕を掴んで振り返る事も許さない――。
こういう時、恋次には逆らえない――譲歩・交渉の余地が全くないという事。




恋次に促されながら店を出た途端、陽光の眩しさと街中の喧騒が一気に五感を襲ってきた。
今さらながら、錫原に対してどれだけ自分がぴりぴりと神経を研ぎ澄まして、傍にいたのかを
思い知らされる。

店を出た勢いのまま、私の肩を抱いて歩き続ける恋次に恐る恐る声をかけれた。

「恋次・・・、あの、私が六番隊の事に口出すべきではないと思うが・・・その・・・」
「そうだ、口出しすべきじゃねぇな。」

当然の事をさらりと返されて、気落ちする・・・。
だが、肩を抱いていたはずの手に頭を髪ごとくしゃりと掴まれた。

「・・・ルキア、だからってそう心配するこたねぇよ。」

そう言った恋次の声音はさっきとは打って変わって安心させるように調子が軽い。

「先に言っておくが、この件に関しちゃぁ、俺にも人事権はねぇ。
 人事権のあるアイツの担当班長がすごく怒って、十一番隊と十二番隊の移籍を強く
 主張しているのも事実だ。」

心配そうに見上げたルキアの頭を、くしゃくしゃと温かく大きな手が撫でた。

「けどよ、最終決定権のあるのは朽木隊長、だろ?
 ルキア・・・、てめぇの兄貴がその件の隊長達にそもそもそんな交渉をしに行くと思うか?」
「・・・・・に、兄様が・・・!? 
 ・・・いや、想像できない。」

兄様と更木隊長、涅隊長は仲が良くないらしいっていうのは周知の事実で、犬猿の仲だと
言ったとしても誰も否定しないだろう。
いや、兄様は珍しく眉をしかめながらも「そんな事はない。」と否定なさるかもしれない。
そんな想像をしたら、おかしくて可笑しくて自然に笑っていた。
恋次が私の顔を少し屈んで覗きこんで子供の頃と同じ悪戯っぽい顔で嬉しそうに笑う。
私達は顔を寄せ合って、また笑っていた。
二人ともまるで子供の頃のように――

恋次が言っていた『そっくりなヤツ』ではこんな風に笑い合う事はできないだろうな――

そんな埒もない事がふっと胸をよぎった事は恋次には内緒だ。












  June.21 〜 Aug.18 2011 あとがき