残り香
不覚にも風邪をひいてしまったのだろうか・・・・。
冷えた手を擦りながら、ルキアは指先に全く力が入らない嫌な感覚にそういぶかしんだ。
午後から急に冷え込んで寒いとは思っていた。
だが、同じ部屋で書類を処理していた虎徹清音三席と小椿仙太郎三席に顔色が悪い、
青白いと騒ぐように心配されるまで全く自覚が無かったのでとても困惑した。
お陰でとうとう浮竹十四郎隊長にまで気付かれて早々に帰宅して治すように命令されてしまった。
隊長が連絡して下さったのか、隊舎を出てすぐの角に朽木からの迎えの輿が待っていた。
隊長はご自身がお忙しくいらっしゃるのに私のような席官ではない隊士にまでこのような細やかな
お心づかいをして下さる。
本当に素晴らしい隊長だと改めて思い、そのような隊長の隊士である事を誇りに思い、もっとお役に
立ちたいと思う。
そんな感慨に耽っていた所為だろうか、大丈夫だと言う間もなく藤乃に輿に押し込めれて、中で
ぐるぐると寝具にくるまれてしまった。
バタバタと私の世話を焼きながら、輿を進めさせる藤乃に「藤乃はいつも大袈裟だ・・」と笑ったら、
「そのようなお顔の色で何をおっしゃっているのですか!!」と叱られてしまった。
いつにないその迫力に
――自身で思っているよりは悪く見えるのやもしらぬ。
そう思う内に私の視界は白くぼやけてしまった。
私を抱きとめようとしている藤乃の慌てたような心配そうな顔に「すまない・・・」と、謝ろうとしたが、
言葉に出来たかどうか・・・
「ルキア様」
「ルキア・・・」
「ルキ・・」
「ルキア!」
「ルキアちゃん♪」
「ルキアちゃ?ん❤」
仲間達が私を呼んでいた
皆笑っていた
あぁ、よかった・・・
私がそう思ったのと同時に仲間達も「あぁ、よかった!」「よかった!」と口々に言い合って
すごく嬉しそうに笑いあっていた
私たちは自分たち以外に何も持っていなかったけれど、よくこんなふうに仲間内で嬉しそうに
笑い合う事が多かった
日常の小さな発見
何かちょっとしたものを得た時
一番多くて嬉しかったのが仲間の無事を確認した時
互いの無事を喜んで笑い合った
寒い・・・
とても寒い冬だった・・・・
あの年は本当に寒さが厳しかった
戌吊のあの町だけでも何千人も凍え死んだらしい
私たち、子供の間にさえ何人も死んでいるという噂が聞こえてきていた
寒さは嫌だと思っていたが知り合いの丈夫な男が眠るように凍え死んでいるのを見てその恐さを改めてしらされた
私たちは寄り添うように寝るだけでなく、朝起きた時にお互いの安否を確かめ合うようなっていた
朝、普通に起きて笑い合えるだけで心の底から嬉しくて本当に幸せだと思えた
そう、この頃だ
自分の体温が異常に低い事に気付かされたのはーー
指先や足先のあまりの冷たさに仲間たちと一緒に寄り添って寝る事が辛くて申し訳なかった
ある日、私は寝相が悪いからと言って部屋の隅で一人で一番薄い布にくるまって寝ると宣言した
だが、恋次が怖い顔で私の持っていたその薄い布切れを無言で取り上げると私をその布でぐるぐるに巻いて
仲間達が寝る場所の真ん中に転がした
あまりの扱いに「たわけ、何をする!」と恋次に抗議したのだがーー
「ぁあ?!
それなら、別に誰にも迷惑かけないからいいだろうが!
だいたい、あんな部屋の隅っこで一人で寝て、てめーが死んだらどうするんだ?!
こんなに寒い中もっと寒い山の上へてめぇを埋めに行かなくちゃならなくなる!
俺ら全員を殺す気か!!」
いつだって恋次の言葉は厳しくて乱暴で
それなのに、言葉の裏にある気持ちは本当に優しくて温かくて
私は思わず泣いてしまいそうになる
そんな私に気付いて仲間達が一斉に恋次を責める
「酷いよ、恋ちゃん!」
「死ぬとか怖い事言うなよな!」
「酷いよ、酷いよ!」
「うるせぇっ!!
いいから早く寝るぞ、馬鹿野郎!!」
自分の感じる寒さの分だけ、誰かが死んでしまうのではないかと怖かった
触れた身体の温かさだけが確かな繋がり
冬の夜は長くて闇が深くて仲間の寝息だけが暗闇を照らす燈明のような心のよりどころだった
怖くて眠れない私は息を殺してずっと寝息を確かめていた
そんな私に何故か恋次が気付いて、黙って大きな温かな手で頭を撫でてくれた
まるで心配するな、大丈夫だから安心して眠れというように・・・
気付けば、小窓からほんのりと月明かりが漏れる自室に寝かされていた。
部屋の一輪挿しの白山茶花に交じってほんのりと薫るのは兄様の香。
心配して見舞って下さったのだろうか?
額に残る微かな霊圧に ご心配をおかけして申し訳ないと思いながらも温かな
気持ちでまた眠りに落ちていった。
大丈夫・・・
安心して眠っていいのだ・・・・
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
あとがき
Dec.25 〜 Apr.23 2012