告白 10 午後の業務があらかた片付いたので恋次はルキアを甘味屋にでも 誘おうかと霊圧を探した。 霊圧はルキアが五番隊の隊舎裏の人目のなさそうな場所で数人の 隊士達に取り囲まれている事を感受された。 幸いな事に囲む連中からは強い害意や殺気を読めなかったが、 その囲み方と気配は不穏でどうせ碌でもない用件で呼び出されたの だろうと思い、とりあえず瞬歩で近くに移動した。 「――それで。  私にどうしろというのだ?  貴女達の気持ちを私に告白されても私は恋次ではないので返答など  できぬし、大昔アヤツに酷く怒られた事があるので伝言も引き受けられぬ。」 五番隊が演習所として使用している裏山の木々の開けた場所から ルキアの戸惑い混じりのしっかりした声が響いていた。 大きな木から覗いて見ればキツい表情をした女達6人に囲まれながらも 凛と↓姿勢を崩さず、冷静に対応しているルキアに少し安心した。 何人かは自分の隊の見知った面子が混じっており、ルキアの発した セリフから「やべぇ、この集まりの原因はもしかして俺か?!」と、 察してどうしようかと内心とても慌てた。 だが、この手の話は下手に口出しすればルキアの立場がもっと 悪くなる可能性もある。なによりルキア自身が必要以上に俺にどういう 形であれ守られる事を良しとしないので成り行きを見守るしかなかった。 「朽木さんは阿散井副隊長の事をどう思っていらっしゃるんですか?」 「は? あの、どうとは・・・?  え・・・と・・・、す、すまない。  質問の意図と関係性が全く分からぬのだが・・・・。」 さっきまでの落ち着きが嘘のようにルキアは取り乱した。 そりゃ、そうだ。 奥手のルキアの最も苦手とする分野の話――それは俺とルキアの間で 最近話し合いをして結論が先延ばしにされたタイムリーな話題だった。 「だから、あなたは阿散井副隊長の事を好きなんですか?!」 「恋愛感情はあるんですか?」 「愛し合っているですか!?」 「私たちはちゃんと教えたのだから、あなたもきちんと答えてください!」 焦れたような女達にさらに詰め寄られてルキアはますます困惑して 返事に窮しているのがわかる。 「いや、だからどうして私がそんな事を貴様らに答えねばならぬのかが  分からぬのだが・・・!  貴様らが恋次を好きな事と私がアヤツをどう思っているかは全くの  無関係であろう!  そ、それに私はその質問には答えられぬ!  き、嫌いではないが、その・・・恋愛感情としてどうなのかは分からぬ!  分からぬものには分からぬとしか答えられぬ!」 「「はぁっ?!」」 「なに言ってるんですか?!」 「ご自分の事でしょう?!」 「あんなにお世話になっておきながら何なの、それ?!」 「フザケんじゃないわよ!!」 「大体貴女、貴族の令嬢を嵩に着て思い上がってんじゃないわよ!!」 ルキアの訳の分からない、逆ギレ気味の回答に女達の感情が一気に上昇した。 場の雰囲気はまるで一瞬触発、ルキアに掴みかからんばかりに詰め寄る女達の 動きに暴力沙汰になりそうな気配に我慢も限界、ルキアに後から責めを覚悟して 俺は話に割って入った。 「よぉ!  盛り上がってんな、俺も混ぜろや。」 正直、お前らのいきり立つ気持ちも言わんとするところも分かる。 一般的にルキアの言い分が意味不明なのは十分すぎるほど分かるが―― 当事者はまさに俺らでお前らは関係ねぇ! これ以上アイツを追い詰める事も傷付ける事も俺が許さねぇよ!! ルキアの背後に瞬歩でにこやかに降り立てば、囲む女たちは話の中心人物が いきなり現れて酷く驚いた。 だが、恋次が見せる笑顔と放たれた明るい声音とは違いその赤く鋭い瞳は 剣呑な光を帯びていた。 その場を凍らせるように下がる温度に彼女達の気勢も一気に下がった。 身体を縮こまらせ俯き気まずそうに視線を泳がせては互いに小声と目くばせで 合図を送り合って言葉を探していた。 目の前のルキアは俯いて恋次の方を一顧だにしなかった。 「なんだぁ?  もしかして話は終わりか?」 「いえ、あの・・ちょっと・・・相談事が・・・」 「あ、いえ・・そう、そうです。  ご相談させて・・頂いて・・いたんです・・・・・。」 「は・・その・・終わりました・・・」 「・・・そう、終わりましたから・・・」 「まぁなんでもいいけどよぉ。  相談事ならまずは自隊の上官にしろって。  それにいつまでもこんなところで油売ってねぇで隊務を果たせ。」 ぼそぼそと紡がれる言葉に軽く上官らしく釘を刺す。 と同時に立ち去るだろうキッカケの言葉を与えた。 「「「「はい!!」」」」 だが、逃げるように立ち去る女達に軽く霊圧をかけながら牽制の言葉を投げる。 「あ、それから なぁ!  二度とこんな人気のねぇ場所に人を呼び出すんじゃねぇぞ!  万が一にもルキアの身に何か遭ってみろ、関わった全てを俺が潰す!!  肝に銘じておけ!」 びくりと身を震わせ、顔色を変えた女達に俺の本気が伝わったらしいと安堵する。 「恋次、私は貴様にそのような心配されるほど弱くないぞ!  とのような場所で何か不測の事態に遭遇したとしても後れは取らぬ!  それを貴様は・・私が 不甲斐ないと・・」 「はいはい、余計な口出しをして悪かったって。  けどよぉ、こんな場所でお前らの雰囲気は穏やかじゃなかっただろーが?!  違う隊の隊士が揉めるとその後処理をする上官はすんげぇ面倒なんだから、  あの程度の軽〜い釘刺しは副隊長として刺さなきゃなんねぇんだよ。」 脅し文句をさらりと上官警告のような軽いものとしてルキアに流させた。 恩義も負担も要らねぇ、ただ昔みたいに俺の傍で笑って並んでいて欲しい― ずっと恋焦がれていた立ち位置に戻れたのだ、こんな下らねぇ事でルキアを 失う訳にはいかねぇんだよ。 ルキアの気持ちも分かっているんだ―― 俺だって統学院の時に実際にルキアを自分の傍から失ってみるまで自分の 気持ちに気付けなかった・・・・俺達は近過ぎるのだ いや、十一番隊の時に綾瀬川弓親さんと一角さんに指摘されるまでルキアへ の想いが恋愛の情だと考えた事もなかった・・・ 俺にとってルキアは傍に居て当たり前で家族のような・・・ いや、それ以上 半身のように失くてはならないものだなんて思いもしなかった。 女達の去った方を向いてぼんやりとしているルキアに軽く苛立った。 どうせまた下らねぇ事を考えているのだ、このバカは・・・ 「ルキア・・・・なぁ〜にぼさっとしてやがる?!」 そんなルキアの頬を大きな指でむぎゅりと抓んで強引に視線を取り戻した。 五番隊あたりの隊士が修練していたのだろう、踏み均された跡が所々に残る 草原に今はルキアと俺しかいない。 二人しかいないのだからせめてこんな時くらい俺を見ろ!と思う。 あいつらなんて俺たちとは何の関係もないだろう。 今は俺だけを見ろ、ルキア 「いひゃっ!!  何をする、馬鹿!」「痛っ!!」 最初の「いひゃっ(痛い)」が発声されると同時に向脛を力いっぱい蹴られて 思わず屈んで手で押さえて痛みを堪える。 脛を奔る強烈な痛みに「なんて可愛くない・・」と心中で悪態を吐く。 「てめっ、俺はそんなに強く抓んじゃいねぇだろーがっ!!」 「でも、私は痛かった!  それに私も『そんなに強く』蹴ってはおらぬ。」 しれっと言って笑うルキアは手足が出るのも早いが口でも負けていない。 本当に可愛くない! 「ホンの悪ふさげだろーが!  それを毎回毎回ムキになってこんなに強くやり返しゃぁがって・・・。  すげぇ痛ぇよ!!」 分かっていながら、この笑顔が見たいがために俺は毎回毎回小さな悪戯を仕掛けて いる俺も大概だとは思う。 ――思うが、痛む脛を押さえてギロリと睨みつける。 「煩い、たわけ!  何がホンの悪ふざけだ!  そもそも副隊長がする事ではないだろう!!」 いつもの朽木の家を意識した取り繕った表情から一転―― 頬を紅潮させただけでなく目尻にまで朱をひいたように濃く染めて 怒りも露に噛み締められた小さな唇は血を滲ませたように扇情的な赤 拗ねたように睨む青紫の瞳は俺をまっすぐと見上げ 大きな目は俺だけを映し出す そう、俺だけを―― 抑えていた恋情も情欲も独占欲も激しく刺激される―― どうして恋次はこんな風に私を揶揄うのだろう・・・ いつも・・・ 会えば必ずと言ってもいいほど 悪戯に触れてくる・・・ 鼻を抓んだり 額を弾いたり 頬をつついたり 髪をかき回したり・・・ 揶揄うように私に触れ 私はつい怒ってやり返してしまう 今回は咄嗟に痛いと言ったが、本当は痛みよりも度重なる悪戯に 触れられて大きく動揺する心臓に、酷く狼狽する気持ちのやり場に 困ってつい脛を強く蹴った。 私に少し怒気を含んだ瞳を向ける恋次に―― あぁ、さっきの話を聞いていたのやもしれぬと思い、胸に痛みが走る。 恋次の気持ちはとうに伝えられて知っている―― だからこそ同じ気持ちを自信を持って返したいのに返せない自分が 情けなくて口惜しい。 申し訳ないと思うのにただただ戸惑う気持ちでいっぱいで脛を押さえて 屈む恋次を気持ちとは裏腹に意地を張って睨み返す事しかできない。 我ながら本当に素直じゃない。 あ、この目線の高さは まずい・・・ 屈んで私の顔を覗き込む恋次に焦りを覚える よく頭を撫でられた後とか あの大きな掌で頬を包まれた時と同じ目線 後の展開はいつも同じ・・・ あぁ〜っ!と、思いだしたところで思考が完全に停止した。 ボンっと音がして爆発したんじゃないかと思えるほど顔が熱い―― きっと真っ赤になっている・・・ 口惜しいけれど、自分でもこればかりはどうしようもない! 真っ赤な顔で狼狽する私が何を思い出したのか気付いたのだろう―― 目の前の恋次が性質の良くない笑みを浮かべた。 咄嗟に逃げようと身を翻したが、相手が悪い・・・ 体格も経験値も気持ちの余裕も違い過ぎる 素早く伸ばされた腕は私の腰に回されて立ち上がった大きな体躯に 抱きしめられて逃げる事は許されなかった 大きく温かな掌が頬だけでなく耳元まで覆れて強くた鋭い赤い瞳に 見つめられて視線に捕われて その瞳を映す事しかできなくなる 私の心は完全に囚われてしまう ――嫌だと抵抗すれば簡単に解き放してくれるだろう緩い拘束・・・ 嫌じゃないのだから質がわるい 優しく口吻られるだろう事を予想して 瞳を閉じて待ってしまう ――らしくない・・・ 何度も啄むように口吻られて 頬の掌が後頭部に回って身体全体を抱きしめられると胸の鼓動はさらに 大きく騒ぎだしてのに 気持ちはだんだんと落ち着いてくるから不思議だ。 口吻から開放されると死覇装の袷を掴んで胸に顔を埋めた。 恋次の早い心拍が伝わってとても安心できる。 「・・・・れ、恋次に  触 れられるのは嫌 い じゃない・・・」 「////素直に好きって言えねぇのかよ・・・」 耳元で苦々しげに囁かれて、私を抱く腕の力が少し強くなる。 「・・・むぅ・・あちこちを悪戯に抓まれるのは好きじゃない・・・・。  けど。  この腕の中は安心できるからすごく好き・・だ・・・・」 顔を胸に埋めて覗く項まで赤く染めてそう呟いたルキアに心臓が大きく跳ねる。 それがルキアなりに出した精一杯の回答なのだろうとも理解する。 理論的に思考し、感情さえ理屈で分析し、理解しようとするルキア。 自分自身が恋愛感情を本当に抱いているのか―― そもそも恋愛感情とは何だ、とか考えては答えを出すもんじゃねぇだろっ! あの日、「ルキアが好きだ」と 「誰にも渡したくないほど好きなんだ」 と告げた俺に「はっきりとは分からぬがたぶん私も恋次が好きだと思う。」 とルキアは自信なく申し訳なさそうに返事をした。 強い死神――弱い者を護れる死神になる事に執着してその他の全て、 恋愛事にもほとんど関心を持たずに生きてきた 不器用なほどの真っ直ぐな気質のルキアだからこそ愛おしい 長く恋焦がれて関係が戻れた今。 急かすつもりはなく『たぶん好き』でも十分だと思っていたが―― 身近で俺を意識して潤んだ瞳や紅潮した頬、華奢な身体に触れてしまうと 欲は尽きない。 だいたい見つめ合う瞳や求めるように擦り寄せられる身体の方がそんな理屈で 理解しようとする気持ちより素直で正直じゃねぇか―― 幼い恋心しか知らないと言いながら小悪魔的に煽る女に早く自覚してくれ と切に願う。 ブログ上で放置されていた対になる話 隠した想い


  ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。 あとがき Feb.03.2013〜Aug.11.2013