告白8 四番隊・隊舎の廊下を走る大きな足音がここ最奥の救護室にまで響いていた。 その足音から声をかけられる事なく治療室の扉がいきなり開けられて赤い髪の 六番隊の副隊長・阿散井恋次が勢いよく飛び込んできた。 「ルキア、大丈夫か?  大怪我したって?!」 勢いのまま一気に恋次がルキアに駆け寄った。 診察台の上に伸ばされた白く細い華奢な足。 その左足の足首から太ももまでまるで太い蛇に巻かれたような赤黒に近い紫色の火傷の 傷痕がその白い柔肌にくっきりと刻まれていた。 ソレを見て余計にとり乱して一気に恋次が捲し立てた。 「ルキア、大丈夫か?  痛ぇだろ?  酷い傷じゃねぇか?  治せるんだよな?!」 そう言って、初めてルキアを治療していたのが卯ノ花隊長だった事に気付いて、恋次は青ざめると ごくりと唾を飲んで動きを止めた。 「う・・卯ノ花隊長・・・・、あの・・・」 「阿散井副隊長。  副隊長とはいえ、女性の治療中にいきなり押し入るのは許される事ではありません。」 すっかり怪我に気を取られて動転して気付けずにいたが、死覇装の上着だけを羽織っただけの 際どく素足を曝した官能的な姿に赤面する。 ルキア本人は落ち着いていて冷ややかに恋次を睨み上げていた。 「喧しいぞ、恋次!  四番隊では静か――「////ぐぉぁっ! すみませんっした!!」 入ってきた時と同様の勢いで副隊長は治療室を出て行った。 十三番隊の朽木ルキアさんが現世の虚討伐で負傷したと人知れずこっそりと治療に来てから、 そう時間が経っていない。 にもかかわらず、副隊長とはいえ、他隊の者が一体どうやってこんなに早く知り得たのだろう…。 自分の部下の誰かが教えたに違いないと同時に何人かがすぐに思い当たり、ため息が出た。 彼とルキアさんの間柄なら問題ないと考えての事だろうが、万が一、四大貴族朽木家に敵対する ような者に知らせてしまっていたら、大事になりかねないのだと改めて 隊則として、周知させ なければならない・・・・。 足の治療を続ける卯ノ花烈隊長が小さく吐いたため息に気付いて「すみません。」と申し訳 なさそうにルキアが頭を下げた。 他人に気遣ってばかりのこの小柄な死神が未だに少女のままの純真さでいる事に卯ノ花烈は 義兄・朽木白哉と上司の浮竹十四郎の過保護っぷりを思いだして小さく微笑んだ。 「ルキアさんが謝る必要はありませんよ。(微笑)」 卯ノ花隊長はこんなにお優しく柔らかな物腰でいらっしゃるのに・・・・・と、去り際の恋次の取り 乱し様を思い出してルキアは笑ってしまった。 平時において卯ノ花烈隊長は護廷十三隊総隊長 山本元柳斎重國より最強なのではないか・・・、 浮竹隊長と京楽隊長がよく冗談交じりにそう笑い合っていらっしゃっていたのをふと思い出した。 「朽木さん。」 「はっ、ひゃいっ!」 「ほほほ・・・、どうかしましたか?」 「い、いえ、すみません。  なんでもありません。」 心を読まれたのかと思い、勢いよく首を振った。 ――やっぱりちょっと怖いかも・・・ 「今日の治療は身体への負担を考えてここまでと致します。  明日もまた引き続き治療するので同じ時間にこの部屋にいらして下さいね。」    「阿散井副隊長!」 卯ノ花隊長が扉の外に声をかけると、すぐに扉が開いて副隊長として恋次が指示を待つために 治療室の床に膝を折った。 「ルキアさんの傷は範囲が広く、毒の侵食が深いため、治療には何日間か必要です。  もちろん綺麗に治療して霊力も戻しますので心配は要りません。  朽木隊長にもその旨、お伝え下さいv」 卯ノ花隊長から出た「朽木隊長」の言葉にルキアの胸をつきんと痛みが走った。 「ルキアさんの事は貴方が責任をもって送って下さいますよねv」 「いや、卯ノ花隊長?!  私は大丈夫です!!」と断ったルキアの声はそれよりも大きな声で返事を した恋次の「はい、もちろんです!!」って言葉に掻き消されてしまった。 「恋次は本当に馬鹿声の持ち主だ!」 「貴様は副隊長なのだから、他隊の私などの世話など焼いている場合ではない・・・」 「わ、私は一人でここまで来れたのだから、もちろん一人でも帰れたのだっ・・・!  大した傷ではなかったのだから・・・」 ――お嬢様はご機嫌がすこぶる悪い。 ただし、傷の痛みの所為などという、単なる八つ当たりではないで面倒なヤツだ。 朽木家へ送る道すがら、俺の首に両手をしっかり回して、卯ノ花隊長の言われた通り 抱きかかえられているくせにルキアはずっと文句を言っていた・・・。 「へぇへぇ、わるぅございました。」 肩口に顔を埋めてその表情を見せてくれない。 文句の内容は明らかに恋次の事を責めているのに、その声はまるで自分自身を責めて いるように苦しげに聞こえたので、言われるままにいなした。 ――どうせ、コイツはまた余計な事を考えているに違いねぇ! 散々恋次に文句を言って、しばらく黙ったと思ったら、案の定―― 「・・・・兄様は・・・  ・・・兄様はあきれられるだろうか・・・・」 「馬鹿野郎! んな訳ねぇだろ!!」 弱々しく零れた言葉を即座に否定する。 「恋次、私はお前の足手まといにもなりたくないんだ!」 「なってねぇだろ、別に。  今日の現世の討伐だって、すげぇ厄介な虚だったのにお前がやっつけたって聞いたぞ。」 「・・・・だが、怪我を負ってしまった・・・」 「生きて帰ってこれたんだから、それで充分だ!」 思わず、ルキアを抱える手に力が入る。 「・・・・貴様の手を煩わせている。」 「はーっ、こんなに軽いの煩わせているなんて内にもはいらねぇよ!  もっとちゃんと飯食えよ!」 「そういう事を言っているのではない、馬鹿恋次!」 ――本当はもっと寄りかかって、もっと頼って欲しいんだがな・・・・。 本音を呑みこんで茶化せば、思った通りにルキアは怒りだす。 「傷が完治したら、また剣術の稽古をしよう。  俺たちは生きて生きて守っていかなくちゃならねぇんだから。」 「ああ。」 互いに想いを馳せたのは同じ。 遠い日に誓った約束―― 首に回した両手に力を込めて少し強くしがみつく。 失なっていないと、ここに間違いなく存在しているのだと確認をするように・・・ 「お前は私よりも先に絶対に逝ってはならぬ!」 「ぁあ・・・。」 泣きそうに震わせた声で無理な約束をまた言い出したルキアに苦笑いながら返事をした。


  ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。 あとがき Apr.23〜Jun.06.2012