UPSIDE DOWN/上下逆 六番隊に書類を届けに来たルキアは、廊下の角でふと、耳に入った「阿散井副隊長」 という言葉に反応して足を止めた。 廊下の奥でひそひそと交わされる声のする方、廊下の奥まで進んでみれば、霊圧を測る までもなく、どう見ても新人が4人ーー隠れているつもりなのか、大きな図体を小さく 折り曲げて、狭苦しく膝つき合わせて座り込んで話合っていた。 「おい、どうするよ?!  副隊長、めっちゃくちゃ怒ってたぜ〜〜。」 「だいたい誰だよ、誰のか分からない手ぬぐいを刀で串刺しにしろっつったのはよぉっ!?」 「おまえだろ?」 「えっ、オレじゃねぇよ!  オレは面白いからもっとやれっつっただけだって!!」 「この際、誰だっていいよ!!  それよりどうすんだよ!」 「「「・・・・・・・」」」 「・・・・・・オレ、怒ってなくてもあの副隊長は怖ぇえんだよな・・・・。」 「オレもオレも!  この隊に配属が決まった時、正直やっていけるか不安になった・・・。」 「鋭い目つき、あれでぎろりと睨まれた時、心臓が止まるかと思った。」 「あの刺青もな〜〜、俺たち一般ン隊士じゃ考えられねぇよなぁ!  身体中に入ってるらしいぜ!」 「いっつも大声で怒鳴ってるし。  うちの隊長は逆に寡黙なのによ〜〜。」 「ばか!  寡黙な分、隊長の方が怖ぇえよ、オレは!!」 「それよりどうすんだよ〜、  あの怒り様じゃ、オレら殺されっかもしんねぇ・・・。」 「ばか、殺されるわけはねぇだろ!  でも・・・・、半殺しとか、殴る蹴るってのはあるかもしんねーな!!」 薄暗い廊下の奥で情けなく嘆き座り込む様子とーー 恋次の酷い言われようにルキアはいつもの自分らしくなく、声をかけていた。 「話に割りこんで、すまぬ。 通りすがりに話が聞こえたものだからーー。  実は私は十三番隊の者だが、貴君らの副隊長とは統学院で同期で同郷の幼なじみゆえ、  その・・・、恋次はそのように恐い男ではないと一応伝えておこうかと・・・・」 隠れてびくびくと話合っていた新人の隊士たちは 突然話かけられ、自分達が恐れて いる噂の人物の幼なじみと名乗る者の出現に一瞬 全員が身体を凍りつかせた。 だが、現れたのは小柄な少女のような隊士だと気付くと一様にほっとした顔をして、 意外なほどあっさりとルキアを迎え入れた。 小柄で華奢な体格、優しげな微笑を浮かべた美しい少女ーー あの副隊長とは天と地ほど対極にいるような女隊士から同期で同郷で幼なじみだと言われ、 その意外性に虚を衝かれた所為もあるだろうが、落ち着き、凛とした物腰から頼りになる、 救いの手が差しのべられたと判断したらしい。 藁にも蜘蛛の糸にさえすがりたいほど彼らはかなり追い詰められてもいた。 ルキアが驚くほど、わらわらと解決策を求めてきた。 「うむ・・・。  −−たしかに貴様らが言うとおり、阿散井副隊長は派手な身成りで、身振りも大きく、  目つきも悪く、言葉も荒い。  態度も威圧的で友好的とは言い難いのは認める。  いつも怒鳴り散らしているが、あれは怒っているように見えているが、本気で  怒っているわけではないのだ。  本気で怒ったら、言葉は無くなり、正直恐いなんて言葉では済まぬ・・・。  アヤツはアレで基本は気のいい、心の広い優しい男なのだ。  面倒見もいいし、意外にいろいろと気が回り、細かい心配りも出来るヤツだ。  ヤツの持ち物とは知らずとはいえ、手ぬぐいを勝手に破ってしまったとか・・。  他人の持ち物を遊びで破く諸行は確かに許し難い。  していい事ではないが、素直に非を認めてきちんと謝罪する事こそが肝要だ。  誠心誠意謝るがいい!  さすれば、アヤツとて心ある副隊長、許してくれるだろう!  アヤツはガタイ同様度量も大きく、小さい事に拘らないさっぱりした性格だからな。  なにより漢(おとこ)らし・・・・」 話の途中で霊圧を殺して後ろに黙って立っていた人物の存在に気がつき、口を噤んだ。 前に居並ぶ新人たちの表情からもその存在は間違いはなくーー それ以前にーー感じ慣れた気配は振り返らなくてもにやにやとした意地の悪い表情を 浮かべているのさえ分かった。 普段思っていも、絶対に言わない本音の「褒める」言葉を本人に聞かれた悔しさと恥ずかしさで、 ルキアの全身がか〜っと熱を帯び、握る手に汗さえにじんだ。 絶対に今のこんな顔を見られて堪るかーー顔を俯き加減にして、長い前髪に隠したというのに 「んで、その後は?」 屈んで耳元で続きを催促する恋次の意地の悪さに、「恋次! 貴様、いつの間に  湧いて出たっ!?」言葉と同時に素早く拳を伸ばしていた! いつもなら当るはずのタイミングの拳を 「ちょっ、沸いて出たはねぇだろ♪」 さらりと余裕で躱した恋次に余計に腹が立つ! それなのに、殴りかかった勢いを逆手にとられてあっさり抱きとめられてしまった。 「あっぶねぇだろーが!!」 返す言葉に嬉しそうな笑いがにじんでいるのがまた腹立たしくて、 すぐさま抗議しようと見上げたが、先に大きな怒声に遮られてしまった。 「あらかたは聞かせてもらった!  今回はコイツに免じて許してやるから、てめーら、さっさと言う事を言って、持ち場に帰れっ!」 「「「「阿散井副隊長、申し訳ありませんでしたっ!!」」」」 4人の新人たちは平身低頭、床に額を擦るほど土下座して謝罪した後、驚くべき勢いで バタバタとまるで狼に巣穴を荒らされ、逃げるウサギのように走り去っていった。 その勢いと早さにルキアはあっけにとられているとーー 自分を見下ろす嫌な視線・・・・・ その狼と目された人物に自分こそが捕まっている事に気が付いた。 そう、改めて気付けば、行き止まった廊下の奥に恋次と二人きりでとり残されていた。 殴りかかった腕を掴まれたまま、互いを向き合い、背中には力強く腕が回されており、 見下ろす恋次はいつになく上機嫌でにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。 しかもその薄笑いは過去の経験から性質のよくない笑いなのをルキアはよく知っていたーー 「恋次、手を放せ!! 私も仕事に戻ーー」「ルキア♪」 「俺の用は終わっちゃいねぇ。」 迫る恋次を強く睨みながらも、気圧されてじりじりと後ずされば、壁際にまで追い詰められた。 「な、何の用があるというのだ、戯け!」 「・・・ふ・・・ん、戯けで結構♪」 腕を伸ばして恋次との距離を空けようとしたが、回された腕はびくともしないばかりか、嬉しそうな 笑みを浮かべた顔との距離は縮まるばかりで・・・・・・。 自隊の隊舎内だぞ、馬鹿ーー 上等♪ーー 最後の切り札の言葉もあっさり返されては抵抗を諦めるしかなかったーー ゆっくりと瞳を閉じてーー 優しく落ちる口付けを受けたーー だんだんと荒々しく深く求められる吻に応じ 言葉よりも確かで強い愛情が惜しみなく、激しく伝えられて 実感する これが阿散井恋次・・・・なのだ・・・ 交わされた互いの霊圧と幸福感に満たされてーー これだけは誰にも伝えられぬな・・・・ーー そんな事を思っていた。


  ありがとうございました。 あとがきおまけ JAN.13 〜 MAR.19.2011