黒い紐赤い紐 1



最初のそれは 日常の中でよく見かけるような事だった。

髪を結ぶ為の黒色の紐が 十三番隊の隊舎の入口横の木の誰でも
届くような場所の枝に蝶々結びにしてあった。
それを見た隊士達の皆誰もが落とし物が掛けられているのだと思っていた。

その日の帰り際に
『なんだぁ、早く気付いて取りに来いよな! 
 要らないなら、俺が貰っちゃうぞ!』

なんて軽口をききながら、副隊長の志波海燕が その黒い紐を外して
みるまでは・・・。

その黒い髪紐には 小さな紙が挿まれていた。 
その紙には 十三番隊隊舎の近くにあるけれど、あまり隊士達がわざわざ
行く事のない小高く広い草原を示した地図が描かれていた。

『なんだよ、こりゃ?
 俺の隊への果たし状か?!』

地図を見た志波副隊長の言葉にその場にいた15人くらいの隊士達が 
騒然となった。
それぞれが銘々に騒ぎたて、今すぐにその場所に行って打ち負かしてやる
と息捲く者まで現れた。
自分の周りで隊士達が騒いでいる中、「あぁ」とこの紐と地図が違う意味を
持っている可能性に気付いて、困った顔をした副隊長が慌てて制止する。

『まぁまぁ、待った。
 俺が悪かった。
 よく考えてみりゃあ、果たし状が蝶々結びの訳がないよな。
 そもそも オレとしちゃあ、こういうやり方は どうかと思うんだが。
 ・・それでも。
 人にはそれぞれ事情ってヤツがあるからな。
 差出人と受取人の名前の無え 場所だけを書いたなんていうかさ、
 そいつらだけの「言付け」を勝手に読んじまったみたいな感があってだな。
 とりあえず・・、まぁ、なんだ、
 この場は 騒がずにしておいてやろう! 
 な、頼むわ!』

志波副隊長に 申し訳無さそうにそう言われてはその場の隊士達も矛先を
収めるしかなかった。

しかし、この次の日の朝、副隊長の手で結び直された黒い髪紐は無くなって
いたが、替わりに前日と同じ様に地図を挿んで、黒い紙で拠られた紐、紙紐が 
同じ場所に蝶々に結ばれていた。 
その次の朝には その黒い紙紐は 今度は黒い組紐に替えられて、同じように
地図を挿んでまた蝶々結びをして掛けられていた。

明らかに素材を変えることで隊舎前の紐が何らかの合図を連日示していると
あっては 隊士たちが噂をしないでいられる訳がない。
ましてや、その合図がどうも色恋事らしいとなれば、尚更隊士達は興味深々だ。

事ここに至っては せっかくの副隊長の気遣いは 無効となった。
いろいろな憶測が飛び交い、とうとう現場に覗き見に行く者がぱらぱらと現れた。
だが、肝心の時間がわからない所為かその地図の待ち合わせ場所に現れた者を
見た者は一人もいなかった。


そうして、ついに四日目の朝、黒い組紐が 刀用の黒い飾り紐に結び直されると、
業を煮やした小椿仙太郎と虎徹清音の両名によって、組織的に待ち合わせ場所と
隊舎の入口横の木に24時間交代で見張りが置かれた。

「フザケるな! 
 隊長のお身体がご不調の時にいつまでも、隊舎の入口の木にこんな馬鹿な事を
 いったい何日続ける気だ!? 
 そんな暇があるなら 鍛錬の一つでもしろってんだ!
 俺様が ぜってぇ 説教してやる!!」
「いつまでも 女々しいぞぉ!! 
 隊長の御ためにも 副隊長が許しても 自分達が許さん!!
 十三番隊士として、しっかり鍛錬してもらうぞ!!」

しかし、不思議な事に結局、その晩に見張りをした小椿や虎徹を含む
誰もが 人影ひとつ見なかったにもかかわらず、翌朝、明るくなってから
確認すると 刀用の黒い飾り紐は黒い髪紐に替わっていた。

納得のいかない小椿と虎徹によって その次の晩の見張りの数を倍にされた。 
にもかかわらず誰一人何も見なかったし、何かの影一つ見落としたはずは
ないのに翌日の朝、髪用の黒い紐は今度は同じ素材の髪用の赤い髪紐が
隊舎前の木に揺れていた。

この赤い髪紐に結び直されたのを最後に 十三番隊舎のこの不思議な
出来事は 止んだ。 
つまり、赤い髪紐に換わってからは何日経ってもその後、新しい紐に
結び直されることはなかった。
結局 誰が何のために紐を結び また、どういう方法で紐を交換したのか
分からず仕舞だった。




ルキアも この隊舎の入り口の木に黒い紐が 何日間か結ばれていたのは
気付いていたが、(いったい何日結び放しにしておくのだろう )漠然と
そう思っていた。
素材が毎日替わっていた事には気付かずにいた。 

ある朝、その黒い紐が赤い紐に変わったのを見た時に、ふっと
真央霊術院時代に恋次と交わした約束を思い出した。  
それは・・・



真央霊術院の院生の頃、ルキアは 毎日恋次とあまり人の来ることのない
院舎のはずれで待ち合わせをして、いつも昼ご飯を一緒に食べていた。 

しかし、ある日、恋次が いくら待っても現れなかったことがあった。
なぜなら 恋次の組が急な授業の変更で現世に行くことになったのだが、
あまりに急だったのでルキアに連絡が 出来なかったのだ。 

だが、そんなことを知らないルキアは 一人で先に食べ始めるというような
ことも出来ず、もうちょっと待ってみよう、もう少ししたら食べ始めてやる!
などと、先延ばしにして待つうちに遂には 昼食を食べ損なってしまったのだ。



「貴様が連絡もなく来ないゆえ、昼を食べ損なったのだぞ!!!」

ルキアからすごい剣幕で 一方的に責められた恋次は いつもだったら、
『てめ! ガキじゃあるまいし、飯くらい一人で食えるだろ!!』
自分も負けずに言い返していただろう言葉を飲み込んだ。



真央霊術院に入学してから、日を追う毎になんとなくルキアの元気が 
無くなっていく様に感じていた・・・。 
(もっともルキアに直接聞いても 一笑に付されたうえに生意気な口調で
 交ぜっ返されていて、理由がわからなかった。)


「〜〜悪ーりぃ、悪かったよ。 
 ーーそうだ! 
 今後もこんなことがあったら、お互い困るよな。
 だから 合図を決めておこうぜ。
 ・・・・えーと、そうだな、よし!  
 俺が行けない時は おめぇの外靴の扉にえーと 
 そうだ 髪紐とか、刀の飾り紐とかなんか黒いモンを結んでおく。
 で、お前が来れなくなった時は えーと赤、なんか赤い紐を俺の外靴の扉に
 結んでおく。
 どうだ!? 
 これなら 外に出る前にぜってぇ 気が付くだろう!! 
 うんうん、名案。」
「・・ふむ・・。 ま、名案だな。
 だが、一つ問題がある。」
「はぁ?!
 ーー俺様の完璧な案のどこに問題があるってんだよ?!
 あぁ?」
「貴様は いつも髪を結んでおるゆえ黒い紐には こと欠かないであろうが、
 私は赤い紐なぞ持ち合わせてなどおらん! 
 ーーそうだ! 昨日の罰だ。貴様が赤い紐を用意しろ!」
「てめ、何勝手な事をぬかしてやがる?! あぁ!? 」
「・・・あ〜ぁ、昨日は 午後からすっごくお腹減ったなぁ〜〜。
 私は あんな思いを恋次にして欲しくはないんだけどなぁ〜〜。」
「・・・!!!
 ちきしょっ! てめ!!
 ・・・は〜ぁ〜・・はいはい、わかりました。
 俺が用意させて頂きます。」

勝ち誇ったように、とても嬉しそうにルキアは 恋次に極上の笑顔を向けた。
(くそぅ!! 
 この笑顔を見せられてしまったなら、理不尽に言い負けた事も
 どうでもよくなって、むしろこの笑顔をさせた自分の方が
 勝ちなんじゃないかって気になってくる。)

恋次も嬉しそうに笑いながら ルキアの柔らかな髪をくしゃくしゃに撫でた。



11/04/2007

黒い紐・赤い紐

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