氷雨 1 




氷雨が降る中、恋次は家路への途を傘も差さずに歩いていた。 

今日は非番で午後から六番隊の玉蹴りの練習の日だった。
現世で見聞きしたその遊びを隊内で召集し、広めたのは 恋次だったが、やはり
同じ隊内で休みを同じ日にとるのは難しく、全員とまでは言わないが大体練習が
できるだけの人数が揃う事が出来る日は月に1、2度程度。 
今日がやっと揃って練習が出来る日だった。 

ここ数日のもやもやした気持ちを晴らしたくて、張り切って練習に行ったのに、
「ツイテねぇ!」丁度体も温まり動きも良くなってきたところで 黒く
張り出していた雲からとうとう雨が降りだした。

(雨雲のヤツ、もう少し保つと思っていたのによ。
 これじゃ俺の憂さ晴らしが出来ねえじゃねぇか・・・・
 なんだ、俺にも泣けってか・・・?!   //////---!! 
 俺ってば、ヤバイくらい凹んでねぇか・・・!?)

煙るように降る冷たい霧雨の中、天を仰いで大きく白い溜息を吐く。


大体、事の起こりは、いや、俺は 何も起こしてもねぇし
(たぶん。俺自身にゃぁ何一つ覚えがねぇ。)
何かが実際に起こった訳じゃない。 
ただ、何故だか俺はルキアにここ二週間ほど避けられていた!
  
 一ヶ月前にルキアとアイツの隊舎の前で軽く立ち話をして、いつものように穏やかに
(ルキアも普通に笑ってたし、絶対に間違いなく喧嘩別れはしていねえ!)
別れて以来、アイツの姿を見かけても話をすることが出来ずにいた。 

最初はただの偶然だと思っていた。 
だが、眼が合ったはずなのに、逸らされて逃げ出されたり、急に戻るといったことまで
されちゃぁ絶対に偶然の訳が無え!! 

訳も分からず避け続けるアイツから どうしても理由を聞きたくて待ち伏せて 
隊舎から出てきたところを無理やりその細い腕を捉まえたのは一昨日の事。

「てめえ、どういうつもりだ!? なんで俺を避ける? 
 俺がなんかおめぇにしたか? 
 避けるような訳分からねぇ真似をしていねぇではっきり言え!」
「!!・・・恋次・・・・!」
 
俺に気付いた時の俺を見上げるその顔は どう見ても困惑顔。 
次の瞬間、目を逸らして捉まれている手首を見ながらあのルキアが、
(憎まれ口を利く生意気そうな顔でなく、)辛く泣きそうな顔で 
「痛い、放せ!」と、言った。 
そんな顔でそう言われてしまっては、もう俺は 手を放さない訳にはいかない。 
アイツは俺の手を振り解くと泣きそうなルキアの表情に驚いて 何も言えずに
いた俺の横をあっという間にすり抜けて 隊舎に走り去ってしまった。

(汚ねぇぞ、ちきしょう! そんな顔を俺に見せて!
 訳が分からなければ、謝る事もできねぇじゃねえかよ!)







(くそ、やっぱり練習の後、飲みに行けばよかった。
 いや、行けば、情けない弱音をぐだぐだと吐くとか、性質の良くない酔い方をして
 理吉達の前で醜態を曝してしまいそうで無理やり断って帰って来たんだっけ・・・。
 家に酒なんて置いてあったか・・・・酒屋で買って帰!!)

と、そんな事を考えて歩いていると 突然、服の袖を掴まれた。 

振り返れば、全身びしょ濡れで重そうな死覇装を着た、いつもの勝ち気な顔が 
昨日迄の態度は 無かった事のように憎まれ口を利こうと俺を見上げていた。

「何を呆けた顔をして歩いておるのだ!? 変眉副隊長殿。
 相変わらず、奇天烈な格好をしおって・・・」
「!?!?はっ!!  ルキア! てめぇ・・・・何を?!
 散々俺を避けておいて・・・・」

(ーーー悩ませておいてーーー言いたくねぇ! ーーー第一声がそれかよ!?)

俺の抗議の思考は途中で遮られる。

「恋次、寒い!!  この雨の所為で体がすっかり冷えた! 
 家が近くであったろう、風呂を貸せ!」

(はぁ〜〜〜?!! 何言っちゃってくれちゃってるんですか?! ルキアさん?)
 
ルキアの突然の言葉に俺の頭の思考回路が怪しくなる。 
だが、俺の袖を掴んだまま体を摺り寄せてきたアイツの体は氷のように冷たかった。 

俺は慌ててルキアの濡れて額に張り付いた髪を掻き上げ 手を当てる。
かなり冷えきっていた。

「てめぇ、何こんなに冷たくなるほど雨に濡れてるんだよ。
 餓鬼じゃねえんだから、傘を差すとか雨宿りするとかできただろ!?
 何やってんだよ!?」
「貴様だとて、傘など差しもせず、歩いていたではないか・・・・」
「俺のこたぁいいんだよ。
 こんな冷たくなるまで濡れているおめぇの話をしてるんだからな!!」

俺はルキアの両手を自分の手で挟んで温める。 
小さく細い指先は氷のような冷たさだった。 
無言で俺を見上げるその眼差しは強く いつものルキアだったが、そぼ降る雨に
濡れる顔が 雨粒の付いた長い睫毛が 俺に泣き顔を連想させ、俺から思考力を
奪っていった・・・・。

「はぁ〜〜っ。 しょうがねえ・・・。」

俺は大きく溜息まじりにぼやきを漏らして、濡れた小さな身体をを担ぐようにして
片手に抱え上げて ルキアが抗議する前に瞬歩で家路に急ぐ。
一瞬抵抗するように身じろいだルキアだったが、すぐに俺の首に両手を廻して 
振り落とされないように掴まってきた。

首筋に触れた 降り続く雨より冷たいルキアの手と頬が 『俺』をぞくりとさせる。






俺は家へ入るとすぐにルキアにタオルを投げ渡して、風呂に湯に入れる。 
濡れた服を脱ぎ、自分の全身をさっと拭いてしまうと、浴衣に着替えて 寝室の暖炉に
火を熾して、再び風呂場に戻り、湯を止めた。  

気が付けば、ルキアの姿が部屋の中になかった。
慌てて玄関に見に行くとルキアはまだ、タオルを纏ったまま下を向いていた・・・いや、
よく見ると草履の片方を脱ぐのに奮闘していた。 

「・・ルキア、何をしていやがる!? 
 いいから、足を貸せ。 俺がやってやる。 
 ・・・いったいどんだけ鈍臭いんだ、 てめぇは!? 」
「・・・・煩い!
 濡れて結び目が硬い上に手が悴んで上手く解けぬのだ!!」

確かに濡れた草履の結び目は硬くなっていた。 
素早く草履を脱がせると 寒さから小刻みに震える タオルに包まったいつもより
小さく見えるルキアの両肩を抱え上げて、脱衣室に放り込んだ。 

「さっさと、入って温まりやがれ!」

俺は、台所に行き、お茶を入れるために湯を沸かした。
自分のためには酒を温める事にする。 

脱衣室から聞こえる濡れた死覇装を脱ぐ衣擦れの音が 嫌に大きく俺の耳に届く。
風呂場の扉が開く音に、俺はやっと意識を自分に取り戻した。 
大きく溜息を吐くと、それまで息を詰めていた己に気付いて思わず苦笑した。

ーー ざまぁねえな・・・・俺も。

冷静さを取り戻したところで、アイツが出てからの事を考えた。
ルキアが着れそうな赤い蝶柄の浴衣があったのを思い出し、寝室の箪笥から
引っ張り出して タオルと一緒に浴衣を持って脱衣室に行く。

「ルキア、着替えとタオルをここに置くぞ!
 どうだ、湯は熱すぎないか?」
「いや、丁度良い。 すまぬ、世話をかけた。
 ところで、恋次、貴様も大分濡れていただろう、入らぬのか?  
 風邪をひくぞ?」
「はぁあ〜?!  ルキア、てめぇ、馬鹿か?
 何を言ってるんだ?!」
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!? 
 貴様こそ人の話を聞いていたのか?! 
 私は貴様の体の心配をだな・・・・・・・・ いや 悪かった。
 そうだな、馬鹿は風邪をひかぬと申すゆえ要らぬ心配であった、
 変眉馬鹿の副隊長殿。」
「てんめぇ、言うに事欠いて、何だと、こるぁ?! 
 あったま来た! もう容赦しねぇ。 決めた! 
 俺も入る、入ってやる! 
 てめえが言ったんだぞ、覚えておけよ!!」

俺はそう言い放つと、どすどすと音を立てながら、火を止めるために台所まで行く。

(この間に 俺の言葉に驚いて慌てて、風呂から出ろ。 
 いや、俺の気持ちを思い知らせてやるから、そのまま待ってろ! ルキア。)

相反する気持ちを抱えたまま俺は火を止めるとまた、どすどすと音を立てて
脱衣室に戻る。 
ルキアはそんな俺の気持ちに頓着する事無く、のんびりと風呂の中で湯をかき
混ぜる音をさせていた。

軽くムキなって手早く浴衣を脱ぐと、タオルを腰に巻いて風呂の扉を開けて入る。

「入るぞ! 入るからな!!」

ルキアは俺が特注した大きな細長い洋風の浴槽の角に膝を曲げて座り、湯を
くるくると玩んでいた。 
しかも、白い肌着を着たまま。 

−−−俺が 脱力したのはいうまでもない!−−−−



「ははは、 恋次。 何を二回も言って・・・・・・!!///////////。」

笑いながら俺を見上げたルキアの顔が驚きに変わり、真っ赤になった顔を
慌てて反らした。  

(ーーーー嘘だろ・・・なんだぁ、その可愛い反応は?! )

「恋次?! なんだ、その格好は?」
「はぁ、何が?  俺は 普通だぜ。 
 むしろ、てめえの方が変だろ・・・。
 だいたい てめぇ、真央霊術院の寮でもそんな格好で風呂に入ってたのかよ。」
「/////・・・あ! 
 ・・・で、でもでもでも・・・・・朽木の家では・・・・・湯の中では
 いつもこの格好で・・・。
 侍女に洗ってもらう時も・・・・・ 洗った後もう一度着替えて、
 ・・・湯に入る時はいつもこの格好だから・・・・・」

ルキアが激しく動揺しながら、庶民とは違う貴族の変わった慣習を懸命に
説明し始めた。
そんな狼狽するルキアに構う事無く、俺は浴槽に入った。
 
座っているルキアの両脇の空いた隙間に足を差し入れて ルキアを脚の間に
挿む様にして 足を伸ばして座った。
浅目だが足が伸ばせるよう特注した細長い洋風の風呂に寄りかかり
反対の端に座るルキアから距離をとった。 
ルキアは 膝を抱えたまま俺に背を向けた。

「・・・・・私だとて、 最初は変だと・・・・・思っていたのだが、その・・・
 毎日の事ゆえ・・・・・」

ぼそぼそと言い訳するルキアの耳や首が赤く染まっているのが後ろからも分かる。 

「ふ〜〜ん、そう。
 じゃぁ、しょうがねぇな。
 なんなら侍女の代わりに俺が洗ってやるよ。 
 洗い方も忘れたんじゃねぇのか?! 
 な、ル・キ・ア・お・嬢・様vvvvv。」
「///////恋次!!」

茶化す俺に怒って振り向いたルキアは真っ赤な顔で睨みつけるが、迫力は全く無い。
むしろその様子は めちゃめちゃ可愛い、もっと揶揄い 虐めたいほどに。
 
あまりにルキアらしいオチににやにやとした笑いが止まらなかったが、なんとか
笑いを堪えて これ以上ルキアを怒らせない内に本題に入る事にした。

「−−−−−−ルキア、俺はてめえに聞きたいことがある。 
 今日 てめえは素知らぬ顔をしちゃぁいるが、ここ二週間ほど 確かに俺を
 避けていた!  だろう?! 
 俺は今日こそ その訳を聞きたい!」

そう言って俺は膝を曲げて、ルキアとの距離を縮めた。 
雨独特の匂いに混じってふわりとルキアの香りがした。 
その土煙に似た雨の匂いとルキアの香りに『戌吊』を思い出して 胸の奥を
一瞬ちりっと痛みが走った。 

ルキアは 俺の言葉にびくっと肩を震わせると膝を抱えていた腕の中に顔を埋めた。
その途端に、掻き分けられた髪から温められて桃色に染まった細いうなじが覗き、
俺を甘く誘う。 
火の点きそうな熱情から逃れるために慌てて反らした視線は 濡れた所為で
透き通った白い肌着が顕にしたルキアの滑らかな白い肌と柔らかなその曲線に
魅せられ、囚われる・・・。


ーー ちきしょ 
俺は ルキアと風呂に入った事を後悔した・・・・・。









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