雨 sideA
夜半に強く降りだした雨が、部屋の闇に、心の中に重く響く。
ーーーやはり・・・降りだしたか・・・。
雨が降る前は 古傷が 疼くように痛むと 聞いたことがある。
古傷などないし、傷めた覚えも無いのだが
手首が夕方から鈍痛を訴えていた。
雨独特の土ぼこりを伴った匂い、纏わり付くような湿度が部屋の
空気をさらに暗く重くする
そして私に 私の手に斬魄刀が敬愛していた彼の人の胸を骨を掠って
刺し貫いた感覚を思い出させるのだ。
優しい海燕殿の最期の言葉とともに・・・・。
思わず 暗がりにうっすらと白く浮かび上がる自分の手をじっと見る。
闇の中のその手は確かに白いはずなのに
こんな晩は私の瞳に赤く染まって見せつける
大量の血からの発する鉄臭さと虚の生臭さと
海燕殿の温かい血が冷えた私の身体を流れ伝った記憶とともに
不意に私に腕を貸して、私を背からそっと抱きかかえるようにして
寝ていた恋次が身体を起して私を覗き込む気配がする。
「・・・・・ん、すまぬ、恋次。 起したか?」
「いや、この雨音の所為だ。」
そう言って恋次が 私をきつく抱きしめて 自分にぴったりと寄せた。
「・・・・・・・・れんじ。 どうし」
「少しさみーんだよ。」
そう訊かれるのを予測していたかのように私の言葉を遮って返事がされた。
ーーーうそつき。
こんな時、思いやりある嘘をつく恋次に少し胸が痛む。
恋次の指が 優しく髪を撫でつけてくる。
ーーー優しくするな、馬鹿!
他の男を想って、眠れないでいる私なんか・・・・・。
「・・・・恋次、やめ」
「少しくらいいいだろ。 柔らかくって気持ちいいんだよ、てめえの髪。」
あくまでも自分の為に触れてるって言うその言葉は乱暴なのに
口調は穏やかで温かく
触れる指先があまりにも優しくて
言いようのない想いで胸が詰まり、涙が零れそうになる
無理矢理抑えた感情が 身体を小刻みに震わせる
ーーーダメだ。 恋次に気付かれてしまう・・・・。
「我慢なんかするな、ルキア。」
そう耳元で甘く囁やかれ、頬に口付けられた。
そんな恋次の優しさに自分の感情が堰を切ったように溢れて、
耐えられなくなる
「・・・・馬鹿・・・・恋次・・・・」
身体を捻って、恋次の袷を掴んで胸元に顔を埋める。
「・・・・・馬鹿はてめぇだろ・・・・・・」
言葉は いつもと同じ優しくないのに、響く声音は甘く優しい。
髪を優しく撫でられて 穏やかな息遣いと胸の鼓動が静かに伝わってくる。
恋次の匂いに包まれて、ふんわりと抱きしめられて
気持ちが だんだんと落ち着いて
とろとろと眠気に誘われる。
俺の胸の中で声もたてねえで 肩を震わせて静かに泣いていたルキアが
泣き疲れて眠っちまった。
ーーー馬鹿ルキア 堪らなく愛おしい
俺はもう双極の時に悟ってしまった・・・・・大事なのはお前だけだと
死神になって長生きしちまった所為で いろんなしがらみや意地、
名誉やプライドなんてもんに
いつの間にか がんじがらめに縛られて一番大事なもんを失うところを
あの黒崎に気付かされて 全てをかなぐり捨てた
お前に対する想いだけを残して
お前は 未だに俺に遠慮してるけれど、俺は俺の関われなかった
お前の過去もその想いも含めて
全てを 愛しいと思っている
もちろん、他の男を想って泣かれるのは 胸が痛まない訳じゃねえが、
それでもお前が 俺の胸の中で眠りつく事ができるなら、
腕の中で安心できるというなら
そのほうが大事なのだと それだけ大事なのだと
それをうまくお前に伝える術を持たない不器用な俺
今も雨は 激しく降りしきり、雨音は変わらず
不安や闇を呼び覚ますように強く響いてくる
ルキアの寝顔が 穏やかなのを確認して
涙を拭うと額にそっと口付ける
雨 sideB
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